表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/26

21.推しは唯一

あの日、セオドアからもらった大きなプレゼントである虹色の薔薇を王宮の薬物研究所へと預けて1週間。




なんで、こうなった―――??









薄暗く埃っぽい床の上。

私はそんな場所で、なぜか不自然な形で転がっていた。


「う……、いたた……」

ぐらぐら揺れるような鈍い頭痛がするが、意識ははっきりとしてきた。


「…そうだ……、マリア、様……」


最後の記憶は寮の自室を訪ねてきたマリア様の顔。

ハンカチのようなものを口元にあてられた瞬間意識が遠のいた。

そしてマリア様の「邪魔なのよ、モブの癖に」という呟き。


「一体、どうして…こんなこと………」




起き上がろうとして両手両足が不自由なのに気づく。

両手は後ろ手に縛られ、両足も縄のようなものでギチギチに縛られている。

すこし動くだけで縄が擦れて痛いくらいだ。

だけどもこの痛みのお陰で頭はクリアになってくる。

私はなんとか体を起こして辺りを見回す。

物置だろうか。

そこまで広くない部屋に木箱などが積まれている。




それにしてもわからないのは、なぜマリア様がこんな凶行に及んだのか。

この状態は私に対する拉致監禁だ。

バレればマリア様は犯罪者だ。

そこまでして私を拉致する意味がわからない。



考えられるのは未だ婚約者である私が邪魔になった……?

そう、実は私はまだアレン様の婚約者だ。

婚約解消もしくは破棄を言い渡されることは覚悟していたのだが、スペンサー家からはそういった申し出は今現在までこなかった。

だから私はまだアレン様の婚約者のまま。


でもだからと言ってそこまでするだろうか。

だってこの1週間でも私は学園で仲睦まじい二人の姿を見ている。

それが虹の雫という薬の所為だと思ってはいても、苦しくて見ていられないほど二人はずっと寄り添っていたのだから。



その光景を思い出してぎゅっと目を瞑ったところで、ギイっと軋んだ音が耳に入る。

見ると正面にあるドアが開き、一人の少女が中に入ってきた。



「あら、やっと目覚めた?結構効くわね、この薬」

そう言いながら私に近づいてきたのはマリア様だった。


「マ、リア様……、どうして、こんなこと………」

掠れた声しか出なかった。

マリア様の顔はヒロインとは程遠いほど悪意に満ちていたから。


「あんた、モブの癖に邪魔なのよ。アレンにはアイテム3つも使ったのに、未だあんたのこと忘れてない!婚約だって解消してないし…。そもそも婚約者だっていなかったはずなのに。…だからね、私たちの前から消えて欲しいの。婚約を解消して学園を去って領地に引きこもるか…、修道院なんてのもいいわね」

ふふふ、と目の前で笑われるも私は衝撃的なワードを聞いてほかのことは耳に入らなかった。


「え…、3つ……。ア、アレン様に虹の雫を3つも使ったのですか…?」

私が気になったのは、精神に作用する薬を3つも使ったことだ。

専門家でもないから虹の雫が精神にどれほど作用されるのかわからない。

それでもゲーム内では最強の好感度アップを謳うアイテムだ。

その精神への影響は計り知れない。



「虹の雫!!やっぱり!あんた転生者ね?」

私が言った虹の雫と言う言葉にいち早く反応したマリア様が勝ち誇った顔をして私ににじり寄る。

だけども私にはそんなことどうでも良かった。


「マリア様、あれは違法薬物です!精神が壊れる可能性だってある!」

「うるさいわね!そんなことより、これまで思い通りにならなかったのは、あんたの所為でしょ!バグかと思ってたら、まさかの転生者が紛れ混んでるとはね。…でも、あんたさえいなくなればちゃんとゲームの世界は正される」

マリア様の歪んだ笑顔に、私の背中に冷たい汗が伝う。

マリア様にとっては犯罪とかそんなことより、邪魔だから排除するということしか考えていないようだった。

これはゲームではないのに…。


「マリア様、これは犯罪ですよ……」

「何が犯罪よ。私はヒロイン!この世界の主人公なの。主人公である私のめざす逆ハーにあんたは邪魔なの。邪魔なものは無くしてちゃんとした逆ハーエンドを迎えるのよ」

「逆ハー……?」

「そう、裏ルートの逆ハーエンド。私が目指すのはそこよ。1年無駄にしたけど、学園はまだ2年残ってる。卒業までにみんなの好感度を上げれば達成される。そのために前世を思い出した子供の時からコツコツと虹色の薔薇を採集してきたんだから」

ゲームでそんな裏ルートがあったこと自体初耳だったが、問題はそこではない。


「ねえ、マリア様。ちゃんと聞いて。ここはゲームじゃない。マリア様も私も、もちろんアレン様や殿下たちだってちゃんとここで生きているの。ここが私たちの生きている世界だよ。裏ルートとかそんなのない。薬を使って人の気持ちを弄ぶことは犯罪なんだよ。お願いだからこれ以上罪を重ねるはやめて」

「はあ?何を偉そうにっ、あんたあれでしょ。前世ではリア充!だから私の気持ちがわからないんだよ。リア充どもが虫けらを見るみたいにオタクを馬鹿にした目をするのよ!あんたもそうでしょっ!前世で誰からも好かれなかったんだから、この世界でみんなに好かれて何が悪いの!そのために私をヒロインに転生させてくれたのよっ」


息を荒げるマリア様を見上げる。

私が前世で覚えているのは白い無機質な天井。


「私の前世は死ぬまでずっと病室だったよ……」

「は?な、なにを………」

「人と接したことも学校に行ったことも記憶にない。あるのはたくさんの本を読んだこととゲームをしていたこと。ずっと一人病室で…」


マリア様がどんな前世を生きてきたかわからない。

苦しい前世だったのかもしれない。

それでもそれを言い訳にしていいはずない。

マリア様がやってきたことは、やろうとしていることはここでは立派な犯罪なのだから。



「だから私はこの世界で、外に出られたことが幸せだった。走り回れることも、学校に通えることも。全部楽しくて幸せだった。ねえマリア様、ここはちゃんと私たちが生きている場所だよ。他の人たちだって登場人物とかじゃない。みんなそれぞれ人生があってみんな生きている人間だよ?そんな人たちの心を、精神を勝手に薬を使って手に入れようなんて、そんなことしちゃいけないんだよ。それはこの世界では違法だし、許されないことなんだよ」

「う、うるさいっ!私はこの世界のヒロインっ!この世界は私を中心に回ってるの!モブは黙ってて!それに違法って何?あれはれっきとした公式アイテムよ!」


髪を振り乱して叫ぶマリア様に、私は話が通じないことを悟る。

それでもこれ以上マリア様に罪を重ねさせるわけにはいかない。


「あれは、大昔にこの世界にいた魔女が創り出した精神に影響する薬で今は製造を禁止されている薬物なの。ゲームでは公式アイテムだったかもしれないけど、ここは現実なの。そのことをちゃんと考えて!使いすぎると精神が……心が壊れてしまうかもしれないのよっ!あなたはアレン様の心が死んでもいいと言うのっ?」

お願いだから私の言葉を聞いてほしい。

これ以上アレン様を、ほかの人たちの心を壊さないで欲しい。


「攻略者であるアレンはヒロインである私のものよ!それをどうしようと勝手でしょう!」


マリア様の言葉に私の頭で何かがちぎれる音がする。

漫画でよくあるブチっという擬音って効果音じゃなくて本当にするんだ、といたってどうでもいいことを考えてしまう。



「ふざけないでっ!!!」



未だかつてないほどの大声が私の喉から出る。

私の唯一にして最大の推しをもの扱いしたこと。

アレン様の心を軽んじたことに怒りを感じた。

この期に及んでまだアレン様のことをゲームのキャラクターだと思っているのだ。


「あなたの好きにはさせない。アレン様は私が幸せにする。あなたみたいな勝手な人に大好きなアレン様は渡さないからっ!」


私の大声に一瞬怯んだマリア様だったが、その顔をみるみる赤くさせながらブルブルと体を震わせた。


「なんなの、あんたっ!モブの癖にっ!」

怒りの形相で振り被った右手がそのまま私の頬を打つ。

動けない私はその衝撃をまともに食らった。

ビリっとした痛みと共に、口の中に鉄の味が広がる。

じんじんと痛む頬はマリア様のつけている指輪があたったのか、生温かいものが口の際を垂れる感覚がある。


「あんたの所為でゲーム進行が滅茶苦茶になったのよ。何が犯罪よ!こんなのただのバグじゃないっ!」


「ここがあなたの言うゲームの世界なら、なぜあなたは勉学に励まなかったの?たどたどしくも一生懸命にマナーも覚えていたゲームのヒロインがなぜカーテシー一つもできないの?努力家で健気なのがヒロインだったはず。私の所為でゲームが滅茶苦茶になったというのなら、それもそうかもしれない。けど私は後悔していない。私には推しを、アレン様を幸せにするという最大の目的があったから。だからアレン様がヒロインであるあなたに惹かれるのも仕方がないと思っていた。だけどもあなたはどうなの?ヒロインだと言うなら薬なんかに頼らずにみんなを幸せにする努力をしなさいよ!みんなを癒すヒロインでいてよ!」


「うるさい!うるさい!うるさいっ!!」


耳を塞いでいやいやをするように頭を振るマリア様。

そのまま俯いてぶつぶつと何かを言っている。

「そうよ、バグはなくせばいいのよ………。ここはゲームなんだから…修道院とかぬるいこと言ってないで無くせばいいのよ。そうすればゲームは正される……、ふふ、ふふふ…………」



顔を上げたマリア様の目は何も映していないようだった。

何かを呟いたまま私に近寄り、乱れた髪からすでにその意味を成していないリボンを抜き取った。


「…マ、マリア様……」

私はマリア様から距離を取ろうと自由の利かない手足の代わりに体を使ってなんとか後ろへ逃げる。

だが、それも壁が背中につくまで。


うつろな目で私の目の前にきたマリア様は、おもむろに私の首目掛けてリボンを巻き付けた。

私はイヤイヤをするように首を振って逃れようとするも、両手両足を縛られた状態ではその抵抗すら空しい。


首が圧迫されてすぐに頭が沸騰するかのような熱を感じた。

顔が真っ赤になるのがわかるほど、とてつもなく熱い。




……私、殺されるの………?



遠のきそうな意識の中浮かぶのはやっぱり最推しのこと。

走馬灯って本当にあるんだ、とアレン様と出会った時から今までのことが思い出される。


幼いアレン様、照れたアレン様、甘く笑うアレン様。

いつでも、どんな時でもずっと大好きです……。








「やめろっ!!」



幸せなアレン様との思い出が途切れそうななか聞こえたのは最推しの最上の声。




幻聴かな……。


だって死ぬならアレン様の声を最後に聴きたいと思ったから。

だけど、それと同時に首にかけられたリボンから圧迫感が消えた。



「うっ…、ゴホッゴホッ……っ」

急に喉から入った新鮮な空気に私の呼吸が追い付かずその場で咳き込む。

そんな私の目の前に私を庇うかのような人影が。



「あ、アレンさま……?」

後ろ姿であろうとも私が見間違うはずない。


「貴様………!許さんっ……」

ゆらりとアレン様から圧を感じたかと思うと、アレン様はおもむろに右手を腰に下げている剣へと伸ばした。

その迫力に私はひゅっと息を呑み、考えるより先に目の前のアレン様に体をぶつけた。

これが縛られた私にできる最大の行動だ。

私が足にぶつかったくらいじゃぐらつきもしないアレン様だが、どうやら剣から手を離してはくれたようだ。

この世界では罪を犯した者に対してだろうと殺人は重罪だ。

推しにそんなことさせるわけにいかない。



ほっと息をつきながら、マリア様の方を見るといつの間にかやって来ていた騎士団に取り押さえられていた。

助かったのだと、私はここにきて安堵の息を漏らした。




「リリベル……」


私の名を呼び、泣きそうな顔をしたアレン様に私は抱き起こされる。

ここに入ってきた時から思っていた。

このアレン様は、私がよく知るあのアレン様だ、と。


「ゴホッ……、ア、アレン様は、あの……」

「ごめん、リリベル。そしてありがとう。リリベルがフィリップに渡してくれた虹色の薔薇のお陰だ。薬の効力は切れている」


流石王宮の薬学研究室だ。

解毒できたんだ……。


「よ、かった……」

私を縛る縄を優しく解きながら、時折「ごめん」と呟くアレン様に私は首を振るだけ。



「フィリップ!俺は先にリリベルを連れて邸へ戻る」


アレン様の言葉にふと見ると入り口にフィリップ殿下もいた。

殿下が頷くのを見てアレン様は私を抱き上げた。


「わ……、アレン様、私歩けます………」

「ごめん、俺がこうしたい……」

眉を下げてそう言われてしまえば私にはもう何も言えない。



「マリア・ダントス男爵令嬢。あなたにはハートウェル伯爵令嬢を拉致し、暴行を加えた罪及び我らに魅了の媚薬を使った罪で王太子の名においてその身を拘束させていただく」


殿下の凛とした声を聴きながら私はアレン様に抱えられたままその部屋から出た。



令嬢一人を監禁、暴行。

さらには王族や高位貴族に対する禁止薬物の使用。

どれほどの罪がマリア様に科せられるかわからない。


だけども。

私がマリア様にできることはもうないのだと。



それだけはわかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ