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19.推しとゲームのアイテム

「お、お見苦しいところを見せて申し訳ありません………」

ぐずぐずと鳴る鼻をハンカチで押さえ、どうにか涙が止まったところでアナスタシア様に頭を下げる。

「リリベル様、私たちは友達でしょう」

アナスタシア様が私を覗き込んで力強く言ってくれる。

そんなアナスタシア様の綺麗な瞳も涙で濡れていた。


「あ、ありがとうございます」

「お茶が冷めてしまいましたわね。淹れ直してもらいましょう」

「あ、いえ。このままで……」

私は慌てて目の前のティーカップを手に持つ。

茶葉のいい香りが鼻に抜ける。

猫舌にはこれくらいがちょうどいい。

高級なお茶が体に染みわたる。





「実は少し前からスペンサー様とダントス様の仲が王都では噂になっていたのです」

「噂……ですか」

領地にいた私にとっては初耳だった。

アナスタシア様とはお手紙でやり取りをしていたけど、きっと私に気をつかって言えなかったんだろう。

今もすごく私を気にかけてくれていることは痛いほどよくわかる。

「たびたびお二人で王都を歩く姿を見られていて。スペンサー様がリリベル様以外と一緒にいるのは珍しいから、かなり早くに広まって。それにその、お二人の様子が……仲睦まじく見えたとかで……」

確かに、あの時の二人を見ればそれは一目瞭然だ。


「ですが、私はおかしいと思うのです」

「おかしいですか……?」

アナスタシア様の言葉に私は顔を上げる。

「はい。留学したというギルバートですが、私は彼とは親戚になるのですが、彼の様子も普通ではありませんでした」

「それ、は…、確かに…」

私は少し前のマリア様と一緒にいるときのギルバート様のことを思い出す。

どこか心ここにあらずな、そんな表情をしていた。


「それにスペンサー様だってそうです。昔から知っていますが、どうも様子がおかしいと思うのです。スペンサー様らしくないといいますか…」

さっきはあの光景がつらくて苦しくて、それだけでいっぱいになってしまっていた。


今までもらった言葉も態度もアレン様の本心だと信じている。

だからこそ、それがマリア様に移り変わったことが苦しかった。


でも……。



私は休暇前にアレン様に「信じていて」と言われたことを思い出す。

あの時のアレン様はどこか不安げだった。

何度も好きだとも言われた。





確かにそうだ。

私の知っているアレン様はそんな不義理をするような人じゃない。


私はそんな単純なことさえ見失っていた。

少し落ち着けばわかることなのに。

どこかできっとこんな未来がくるかもしれないと思っていたのだ。

現実だと言い張りながらも、私は結局ゲームに囚われていたのだ。

今までのアレン様の言動を私が一番に信じなければいけなかったのに。





「リリベル様は魅了の力を知っていますか?」

アナスタシア様が神妙な面持ちで私に問いかける。

「魅了……。はい本で読んだことがあります。特に異性に魅力的に映るという」

私は本で読んだ知識をそのまま答える。

確率的には多くはないが、今でも一定数生まれると言われている力だ。

「そうです」

「でもあれはそれほど強く人に作用しないからあまり危険視はされていませんよね?」

「確かにそうです。相手に想い人がいればその力に惑わされることもないし、何よりその力を持って生まれても故意に使うことができない。だけどもしそれが自在に操れるなら、話は変わってきます」

「そんなことができるのですか?」

私は驚きの声をあげる。

自在に操れるのなら、自ら精神に働きかけられることになるからそれは危険な力となる。


「ギルバートやダントス様に懸想する学園の令息たちは明らかに様子がおかしかった。前に殿下自らダントス様とお話をされたいと連れていかれたことがあったでしょう?あの時ダントス様は王宮に連れていかれたらしいの。密談のように何かを話されていたと王宮付きのメイドが言っていたわ。これは私の推測なのですが、ダントス様は魅了を意図して使ってその力を最大限発揮できるのではないかしら」

マリア様が魅了の力を最大限に使えたら……。

だけども元々それほど強くはないと言われている力だ。

そこまで人の心に作用するのだろうか。

だとしたらかなり危険な力ということにもなる……。




「なかなかにいい考察だな」

突然の声に振り向くと、ドアからフィリップ殿下が現れた。


「リリベル嬢、今回のこと、申し訳ない……」

落ち着いたとはいえ、よほど私の顔がひどい顔になっていたのだろう。

私の顔を見た殿下の顔色が変わる。

痛々しいものを見るかのように私を気遣いながら頭を下げるもんだから、それには私が飛び上がった。

王太子殿下が一貴族である私に頭を下げるなんてことあってはならない。


「でででで殿下っ!いけません。私は大丈夫です」

多少どもってしまったが、なんとか殿下の謝罪を押しとどめる。



「公務のことは詳しくは話せないが、少なくともリリベル嬢には事情を説明する必要があると思っている」

「それは先ほどアナスタシア様が言っていたマリア様の魅了のこととかですか?」

「ああ。確かにダントス男爵令嬢に魅了の力があると断定できた。ギルバートや婚約破棄などで問題になっていた貴族の令息もその力の影響だ。ただ魅了にしては強すぎると感じて、前にダントス男爵令嬢には聞き取りを行ったのだ。意図して魅了を使ったかどうかとか」

そこまではアナスタシア様の推察通りだった。


「聞き取りを行ったところ彼女はもててくがどうとかよくわからない言葉を言うだけで、その様子から自分の力すら把握できていないとこちらは判断した」


ん?モテテク?

モテテクってモテるためのテクニック?

私は前に考えたモテテク100か条を思い出した。

あれ、マリア様も前世で読んだとか?

すごいなモテテク100か条。

魅了の力と合わせると何か相乗効果でもあるのだろうか……。



「では、彼女は意図して魅了の力を使っているわけではないのですね…」

アナスタシア様の言葉に殿下が頷く。

「だが、とある筋からダントス男爵令嬢が妙な薬の開発をしているという情報を仕入れてな。魅了と同じ、いやもっと強い作用のある薬」

ハッとしたようにアナスタシア様が殿下を見る。


「それは禁止薬物では!まさかそんな……。一介の男爵令嬢である彼女が違法である薬を創り出せるものなのですか?作り方はもちろん、材料さえ秘匿されていますよね」

焦ったような声を出すアナスタシア様を見ながら、私は一つの可能性にたどり着いていた。



魅了と同じく人の精神に作用する薬。

それはこの国では禁止とされている薬物だ。


人の好意を自分に向ける…………。

好意……、好感度………。




それはゲームの世界にあったアイテム。

目当ての攻略者たちの好感度がなかなか上がらないときの救済的なアイテムとしてあったそれは、この世界の常識に照らし合わせてみれば確かに禁止薬物に当てはまる。


ゲームのそのアイテムは手に入れにくいが、効果は抜群だ。

なんせ好感度ゼロでも30パーセントは上昇する。

普通に考えれば惚れ薬のようなものなのだ。


私は地道に好感度アップをしながらクリアするのが好きだったからわざわざ苦労してそのアイテムを作ろうとは思わなかった。

だから今まで忘れていた。

そのアイテム。





―――虹の雫のことを。



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