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12.推したちの出会いイベント

私は寮の部屋でぶつぶつ言いながら歩き回っている。

変質者ではありませんよ。


明日に迫った学園の入学式に想いを馳せているのだ。

というかおさらいね。

それはヒロインと攻略者たちの出会いイベント。

ゲームの始まりでもある。



出会いはそう、入学式が終わって教室へと向かう長い渡り廊下。

歴史あるローズ学園の重厚な柱が立ち並び、春の日差しが差し込むあの廊下。

何と言ってもビジュがいいのよ。

陽ざしに透けるはベビーローズの色と同じベビーピンクの髪。

ふわふわの髪をハーフアップにしたヒロインがその廊下でフィリップ殿下や側近たちとすれ違う時。

ふわりと落とした白いハンカチ。

はい、ここ王道展開です。

なにしろ王道なのが受けていたゲームだからね。


ここでフィリップ殿下とアレン様とギルバート様3人の出会いイベントが起きる。

ハンカチを拾うのがフィリップ殿下。

そのハンカチの刺繍が見事な出来だったため、フィリップ殿下の目に留まるのだ。

ここでの会話の選択によってそれぞれの好感度が上がるという仕組みだ。



このときの3人揃って談笑しているスチルも素敵なんだよね。

けど……。

実際に今その場面を楽しんで見られる自信なんてない。

怖い。

攻略者たちは全員ファーストコンタクトでヒロインに好感を持つ。

目を引く容姿をしていることとその純粋さが、普段貴族のご令嬢を相手にしている攻略者たちからは珍しく映り、そこに惹かれるのだ。

ルート外の攻略者たちはヒロインと恋をすることはなくても、特別な存在にはなるのだ。


前世ではあの時のアレン様に何度悶絶したかわからないけど、今その場面を…、私以外に優しい目をするアレン様を想像すると、勝手なことはわかっているけどやっぱりつらい……。



どんよりとネガティブなことを考えてしまっていた私の耳にノックの音が聞こえる。

今日も今日とてアレン様とお茶の約束をしているが、時間にはまだ少しある。

私は不思議に思いつつ部屋のドアを開けるべく玄関へ向かう。



「はい。……っ!」


ドアを開けた瞬間、私は息を呑んだ。


真っ先に入ったのはふわふわと柔らかそうなベビーピンクの髪。

こちらを見つめるくりくりとした瞳は、晴れた青空のよう。

その顔に笑みを湛えてその少女はそこに立っていた。


うわあ……。

本物だあっ…。


何度も何度もこの姿で攻略をしてきた、バラ君のヒロインがそこにいた。

私は先ほどのネガティブな考えも吹っ飛んで目の前の美少女をマジマジと見てしまう。

これは確かに見惚れてしまうやつだ。

辛い気持ちもあるが、やはり前世でやりこんだゲーム。

そのときはこの美少女となっていたのだ。

多少の、いやかなりの思い入れはある。



「初めまして、隣の部屋のマリア・ダントスです」

鈴を転がすような可愛らしい声でにっこりとほほ笑まれる。

可愛い。

声もいい。

さすがヒロイン。

というか、隣の部屋なの?

すごい確率じゃない?

ゲームで描かれなかった寮での生活も垣間見られるということ?

わあ、ご褒美ありがとうございます!


ついつい前世のオタクが出てしまう(顔には出していないはず)私に不思議そうな顔になるヒロイン、もといマリア様。


それにしてもなるほどマリア様。

必ず名前を付けないといけなかったこのゲームには、ヒロインのデフォルトの名がない。

だけどもマリア様。

うんうん。

美少女の名にふさわしい、ぴったりの名前だ。


「あの?」

「はっ!すみません。とても可愛らしくて見惚れていました!私はハートウェル伯爵家長女リリベルです」

私は姿勢を正しマリア様へと礼を取る。


「可愛らしい……」


そんな私に聞こえた小さな声。

そのすぐ後にマリア様がにんまりと笑う。

ちょっと黒い笑みに見えたけど、それすら愛らしい。


「可愛いだなんてそんな!リリベル様こそ素敵です」

うふふふ、と声をあげて笑いながら言うマリア様が尊い。

「いえいえ!」

私は目の前で手をぶんぶんと振りながらも目の前の美少女から目を離さない。


「お隣さんがいい人そうで良かったです!よろしくお願いしますね」

「あ、こちらこそ。よろしくお願い致します」

またしても礼を取るが、目の前のマリア様はなぜかその場で立ったまま。

不思議に思って目を上げるとにんまりと笑われる。

こういう時お互い礼を取るのが普通なんだけど……。

そうは思いつつ私もつられてへらりと笑う。



「ハートウェル伯爵令嬢、スペンサー公爵ご子息がお迎えに来られていますが」

お互い笑いあっていると、女子寮の管理人さんが私にそう告げてきた。


「え、わあっ、もうそんな時間ですか」

私はわたわたと時計を確認する。

もうすぐ約束の時間だった。


「すみません、すぐ向かうと伝えてもらえますか?」

そう言ってから私はマリア様に向き直る。


「スペンサーってアレン……?」

それは独り言のようでとても小さな声だったけど、私の耳に届いた。

んん?呼び捨て……?

いや、そんなまさか!

小さな声だったから敬称が聞こえなかっただけよね!


心の中で額を手でたたき、そんな訳ないないと否定する。

「あの、ダントス様。すみませんがこれで失礼します」

「え?あ、ああ…。あ、マリアでいいですよ。私もリリベル様と呼んでも?」

「え、はい」


本来は格下であるマリア様から名前呼びを提案されるのは失礼にあたる。

先ほどの礼もそうだが、ここはそういった貴族間の隔たりがなくなる学園内。

なので特に私はそのことは気にせずカーテシーをしてその場を後にした。








寮の外にはピシッとした様子で佇むアレン様。

スタイルがいい。

姿勢がいい。

オーラが半端ない。

ほう、とため息をつきつつも、私はこれ以上待たせてはいけないと駆け寄る。


「アレン様」

「リリ」


ぐっ!

眩しい笑顔いただきました。


アレン様は少し前から二人きりのときはたまに私を愛称で呼ぶ。

それがとても甘くて。

リ、という発音だけなのに特別な響きを持って私の耳に届く。

私、溶けてないよね…?

自分の身体を確認して私はアレン様の前に立つと、するりと指を絡ませて手を繋いでくるアレン様。

自然なその仕草に私の体温は急上昇中。


「明日は入学式だな」

街を歩きながら今日も素敵ボイスで話してくれる。

「はい…」

「明日、一緒に行けなくてごめん」

「いえ!そんなこと」

フィリップ殿下の側近になってから、アレン様は常に殿下と行動を共にすることになっている。

明日の入学式はもちろん、学園生活においても常に付き添わないといけないのだ。

気にしないでください、と続ければ蜂蜜色の瞳をこちらに向けて少し寂しそうな表情をされた。

「もっとリリと一緒にいられると思ったのに……」

するりと頬を撫でられそこが熱を持つ。

ああああああ甘い!!

あまーーーい!


「でも心配だな。リリ、迷子になるから」

真っ赤になった私に満足げに笑うアレン様。

「な、ならないです。もう子供ではありませんよ」

アレン様が言っているのは初めて会った王宮でのお茶会のことだ。

私が王宮で迷ったことを揶揄っているのだ。

そんな軽口を言ってくるアレン様も控えめにいって最高なんだけども。


もう私はあの時から3年も経っている。

前世も入れると相当な―――以下略。


もう迷子になる歳ではないっ!









なーんて思っていたのが昨日………。

いやあ、見事なフラグでしたね、アレ。


そうお察しの通り、あれ?ここどこ?状態の私。



入学式を無事に終えて教室へ向かっていたのだ。

そこまでは入学式で会ったアナスタシア様と一緒だったから良かった。

だが、途中でお手洗いに行ったのがまずかった。

気づけば人気がない。


そういえば王宮のときもお手洗いの帰りだったな、なんてどうでもいい記憶がよみがえる。

今はそんなことより教室だ。

焦りを覚えながらとりあえず道を歩く。

どこかで誰かに会うだろう。

そんな希望を胸にひたすら進む。

と、そこで前方に人影発見!

良かった!


………じゃないっ!


前方の人を見て私の顔が固まる。

ふわふわのベビーピンクの髪。

後ろ姿だけど見間違いようがない。

ヒロインだっ!

そしてなんで気づかないかな私!

ここ渡り廊下ーーーっ!

何度も見た出会いイベントもビジュアルとこの場所が完全に一致する。



「こ、これ…、ででで出会いイベント…」

しかもさらに向こうからはアレン様とフィリップ殿下とギルバート様の姿。

私は辺りを見回しとりあえず柱の陰に入る。

思いがけず出会いイベントを前にしてドクドクと胸が嫌な音を立てる。

私の脳裏には出会いイベントのスチルが蘇る。

可愛らしく微笑むヒロインに、眩しそうに目を細めるアレン様(と殿下とギルバート様)。


ずるずると柱に凭れながら蹲る私。

どんなにゲームが好きでも、どれだけマリア様が可愛くても。

この場面を見る勇気はない。

これから先もルートによってはきつい場面がいっぱいあるのに。

この最初の場面ですら直視できないことを思い知る。


「大丈夫、大丈夫……」

このためにアレン様とたくさん楽しい思い出を作ってきたのだ。

私は自分を落ち着かせるようにアレン様の顔を思い出す。


「これはまだ始まりなのよ。しっかりしないと……」

そう深呼吸しながら、この数年心のメモリーとして記録してきた最推しの声を脳内で何度も再生………。




「リリベル?体調が悪いのか?」

そうこれこれ。

これこそ最推しの……。



がばっと目を開け、上を見上げると心配げに揺れる蜂蜜色の瞳。

「ア!アレン様!?え…どうして……」

「遠くにリリベルが見えたけど突然柱に隠れるし蹲ってるし、体調が悪いのかと」

アレン様は跪き、私の頬を撫でる。

私は未だ固まったまま。


「アレン?リリベル嬢はいたか?」

「体調不良か?」

気づけばアレン様の後ろにはフィリップ殿下にギルバート様までいる。


はっ!

出会いイベントは?


アレン様に抱えられるように立ち上がった私はキョロキョロと見回して後方に佇む人影を確認した。

そこには悔しそうにこちらを睨むマリア様……。

その足元には白いハンカチが落ちている。


え?睨んで……?


「熱はないようだが、念のため医務室に行こう」

目の前にアレン様のドアップがきて、マリア様から視線が逸れてしまった。

額に手をあてながら顔を覗き込まれて私は口をパクパクとしながら、そのご尊顔を見つめる。

「…あ……、アレン、さま…」

ではなくてっ、マリア様は……。

私は視線を動かし先ほどのマリア様がいた場所を見るも、すでにそこには誰もいなかった。


「リリベル?何かあったのか?」

「あ、いえ!あの、だ、大丈夫です。昨夜は緊張して眠れなくて少し眠気が出ただけですので」


そう言いながら私は消えてしまったマリア様のいた場所から視線を外せない。


私もしかして……。

いやもしかしなくとも。


出会いイベントぶち壊したんじゃ……。



さあっと青くなった私は、結局心配したアレン様に強制的に医務室に連れていかれた。


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