1.推しのいる世界
転生もの始めました。
更新はゆっくり目になると思います。
よろしくお願いします。
リリベル・ハートウェル。
これが私の今の名前である。
辺境にある長閑な領地にある我が家は伯爵家。
伯爵家と言っても農業が主である我が領地は貧乏というほどでもないが、贅沢ができるほど豊かでもない。
ほどほどだ。
贅沢をしなければ食べて行ける。
これ大事。
衣食住に恵まれているのだ。
十分である。
そして私はただいま6歳。
3日ほど熱に浮かされて生死の境を彷徨って今目覚めたところだ。
この3日、ほんっとうに大変だった。
膨大な知識が頭に流れ込んできたことによる知恵熱だと私は確信している。
そう、私はたったいま全てを思い出し混乱の極みにいる。
外はまだ薄暗い。
目を覚ましたと言っても、意識があるだけで体はまだ動かせない。
この3日の熱ですっかり体も弱っているようだ。
目の前の白い天蓋を見つめ、私は記憶を整理する。
最初に思い浮かぶのはこことは違う白い無機質な天井。
白いシーツに消毒液の匂い。
ほぼ1日を過ごす部屋。
私は物心ついた時からずっとそこにいた。
窓から見える景色は四季を映すけど、部屋の室温は一定で肌で暑さや寒さを感じたことはない。
そう、私はずっと入院していた。
1日の大半を読書に費やし、成人を迎える前に人生を終えた。
亡くなる前は興味が読書からゲームに移りひたすらやりこんでいた。
家族や他の人の記憶はない。
あるのは読書やゲームの記憶のみ。
6歳にしては膨大な知識が入り込み、私は3日前の朝突然倒れたのだ。
気を失いつつもその間知識が頭に入ってくるのは止まらず、それは3日続いた。
そして今、なのだ。
リリベルとしての記憶ももちろんある。
優しいお父様にマイペースなお母様。
そしておしゃまで可愛い3つ下の妹マリーベル。
大好きな家族だ。
そんな家族に随分心配をかけてしまったとも思う。
朧気ながらも、倒れてからいつも心配そうに私を見つめる家族の姿は覚えている。
だが、もう大丈夫だ。
この知識はすでに自分のものとして整理されたし、だるかった体もいくぶん楽になっている。
朝までもう少し休息をとるため、私は静かに目を閉じた。
◇ ◇ ◇
「リリベル!!」
バアンと大きな音を立てて部屋の扉が開く。
そこにはわたしよりは少し濃いグレーの目を大きく開けたお父様。
すぐ後にお母様とマリーベルも見える。
二人とも涙を浮かばせながら笑っている。
「お父様、お母様、マリーベル。心配をおかけしま……ぐえっ」
途中までしか言えなかったのはお父様に抱きしめられたから。
その力加減に伯爵家令嬢とは思えない声が出てしまったが、これは不可抗力だろう。
「もう大丈夫なのかい?」
「はい」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられるが、すっかり心配をかけてしまったので私はおとなしくされるがままだ。
そんな中やっとこさお父様の力が緩んだのは、後から来たお母様にぺしぺしと叩かれたからだろう。
「ジェイムス、リリベルは病み上がりなのよ」
「ああ、すまない。つい嬉しくて」
お父様が離れたのを見てから次はお母様が顔を覗き込んでくる。
「顔色が良くなっているわね。リリベルの好きなケーキを焼いてもらっているから食べるでしょう?この3日何も食べていないからすっかりやつれちゃっているわ」
お母様、確かにケーキは好きですが、3日何も食べていない人に食べさせるものではありませんよ。
のほほんと笑うお母様に心の中でツッコミを入れる。
「お母様、私スープがいいです」
「甘いもの食べれば元気が出ると思うのだけど…」
渋々と言う感じでお母様はドア付近のメイドに言づける。
「ねえさま!もうげんき?」
ベッド脇でぴょこぴょこ飛び跳ねるマリーベルを見るときゅうっと胸が締め付けられる。
可愛い。
文句なしに可愛い!
「ええ。もう元気よ」
そう言えばマリーベルが満面の笑みを浮かべる。
「じゃあまたあそべるねえ!」
「ええ」
はあ、癒し。
推せるわ。
そう推せると言えば、私前世ではかなりの声フェチ。
誰に言えるわけでもない前世の話だが、ここにきてふと考える。
これって、よくある異世界転生ものかしら、と。
読書ではもちろんラノベも読んでいたからそういった知識も多少ある。
よくあるのは小説の世界やゲームの世界。
亡くなる前には乙女ゲームにはまっていたから、ここもその世界なのかと頭を捻る。
だが、私の記憶に自分の名前であるリリベル・ハートウェルという名はない。
知らない世界かもしくはモブか。
はまっていた乙女ゲームの中にはとにかくドストライクの声の持ち主がいて、一人ゲームをやりながら悶えていたものだ。
だからできるならその最推しの声をもつ世界ならと淡い期待も持っていたが。
そうそう人生上手くいくわけないか……。
なんて思っていた時期もありました。
そう、その声を聴くまでは。
「そこにいるのは誰だ」
そのまま耳が溶けるのではというほどの甘い声。
わたしの記憶よりそれは幼くまだ高い声だけども。
本質は同じ。
その声を聴き間違うことなんてない。
それほど大好きな声。
本当に?
この世界は、本当にあの世界なの…?
この声を聴きたいがために何周もして、全てのスチルを集めセリフ集のCDも買ったあの人のいる世界なの?
私はゆっくりと振り返る。
目に映るは夜の帳が下りたようなネイビーブルーの髪。
短めの髪ではあるがさらさらと風に流れてとてもきれいだ。
前髪から覗く目は蜂蜜色。
甘そうな色だが、今はその瞳は鋭く細められ訝し気に私を見ている。
私は確信する。
幼くはあっても間違えるはずがない。
そこにいるのは紛れもなく私の最推しの声を持つアレン・スペンサー様だ。