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箱庭の管理人 番外編  作者: つきたておもち
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best wishes ~誕生日~(後編)

「なら、良かったです。」

 アシアの問いにうなずいたディフに、アシアはそう言いながら手に持っていた木の小箱を渡した。

 アシアから手渡されたその小箱の蓋と側面には花を模ったものが彫られている。彫られているその花は、ディフは今まで見たことがない知らない花だ。

 これは?と、その木箱を受け取りながら、首を傾げアシアへ訊ねるディフに、

「開けてみてください。」

 そう答えるアシアは、何故か少し嬉しそうだ。

 促され、ディフが開けてみた小箱の中には、自分の親指の爪より少し大きいくらいの丸い琥珀色の玉が幾つも入っていた。

「口に、入れてみてください。」

 そう言いながら、アシアがその箱から玉をひとつ取り出すと自分の口の中に入れる。それは、アシアが促してもディフが口に入れるようなことはしないと踏んだからだ。

 アシアがその玉を口に入れる様子を見たディフは一拍間を置いたあと、アシアに倣い箱から玉をひとつ取り出す。手にしたその丸い玉はアシアの瞳と同じ琥珀色をしているが、アシアの瞳の色より薄い茶色だ。アシアの瞳の色は茶色、というよりは金色に近い、綺麗な琥珀色だ。

「口に入れても、噛んだり飲み込んだりしないで、転がしながら舐めてくださいね。」

 手に持つその琥珀色の玉を不思議そうに眺めるディフへの、アシアからのその注意事項にディフはうなずくと、口の中にゆっくりと入れた。

 とたん。

 ディフは驚いたかのように2、3回ほど瞬き、黒かと見紛うほどの深い藍色の瞳を、零れ落ちるのではないかと思うくらい、大きく見開いた。そして、アシアを見る。

 アシアはそのディフの様子に、とても嬉しそうに、ふふっ、と笑うと、

「甘いでしょう?噛まないで、飲み込まないで、ゆっくりと舐めてくださいね。」

と、アシアも口の中に入れた飴玉を、ころころと転がす様をディフに見せた。

 アシアのその言葉に、ディフは大きく瞳を見開いたまま、大きく2回うなずく。

 ディフの口の中のソレは、ディフが今まで食べた事のある物の中の、何よりも甘い食べ物だった。こんなにも甘い食べ物があるのかと、驚くほどだった。しかも、ただたんに甘いだけでなく、なんとなく花の香りがしている気がする。

「これは砂糖と花の蜜を練り込んでいる飴玉、だそうです。良い香りがしますね。」

 ころころと口の中で転がすたびに、甘みとほんのりと花の香りが鼻を抜けていく。美味しい、なんて言葉だけではこの衝撃はディフには言い表すことができないほど、とても美味しい。

 アシアの言うとおりにころころと転がして舐めてはいたが、口の中の飴玉は少しずつ小さくなり、そして最後は口の中でほろほろと崩れ、砕けてしまった。

「美味しかったですか?」

 ディフが最後の欠片を飲み込んだことを確認したアシアが、ディフに言葉をかける。それにディフは大きくうなずくと、

「ボク、こんなに美味しい食べ物を食べたのは、初めてです。」

頬を紅潮させたまま、瞳をきらきらと輝かせた。

 本当に、こんなに甘くて美味しい食べ物を口にしたのは生まれて初めてだった。世の中にはこんなにも美味しい食べ物があったのか、と驚いてしまった。装飾が施された木箱に入っている状態から、この飴玉は決して安いものではないだろうと、ディフにでもわかる。どうして、このような高級な食べ物をアシアは、従僕であるディフに分け与えてくれたのか、とディフは不思議に思う。

 その疑問が表情に出たのか、アシアは、

「遅くなりましたが、ディフの誕生日のお祝いです。こんなにも喜んでもらえると、僕も嬉しいです。」

柔らかな眼差しでディフを見て、そう答えた。

「誕生日?」

 誕生日、という意味は、ディフも知っている。養親が義兄にそう言って祝う様を何度か見たことがあるからだ。けれども、ディフは自分が生まれた日を知らない。それは養親たちも同じようで、ディフは誕生日を祝ってもらったことが一度も無かった。それは生まれた日がわからないから、仕方が無いことだと思っていた。

「ボク、誕生日はないんですけれども。」

 だから、そのようにアシアに言う。誕生日のわからない者に、誕生日の祝いはできないのだ、と。

 その、ディフの言葉を聞き、アシアの心は少しの痛みと締めつけられる思いがした。しかし、それを表情に出すことは、ディフを傷つけることになるだろうとも思い、

「ディフの誕生日は、僕とディフが出逢った日、ですよ。嬉しい記念日です。これはそのお祝いの、ディフへのプレゼントです。」

ふわりと笑んだまま、そう言葉をかけた。

「アシアとボクが出逢った日が、ボクの誕生日、ですか?」

 アシアと出逢った日、というのは、貧困街の路地裏で捨てられそうになっていたところを、アシアに買われた日のことを指すのだろう。誕生日というのは、生まれた日、でなくても良いのだろうか、とディフは思ったのだが、ディフを見るアシアの琥珀色の瞳はとても優しげで、そのアシアの瞳はなぜかディフが知ることのないはずの両親を彷彿させる。そのアシアがそう言うのだから、あの日がディフの誕生日なのだ、とディフは納得した。

 自分には一生、誕生日とは縁がなく、誕生日という日はできない、と思っていたものができたのは、純粋に嬉しい。アシアは嬉しい記念日だとも言ってくれることも、さらに嬉しさの感情がわいてくる。

 はにかむ笑顔をアシアに向けるディフに、アシアは、

「もうひとつ、いかがですか?」

と、ディフが手にしている小箱の中身を食べるよう、勧めた。

 アシアに勧められ、ディフは手の中にある小箱の飴玉を見る。そして次にアシアを見た。

 この飴玉はディフが知っている言葉だけでは表現できないくらい、とても美味しいモノだ。当然、もっと食べたい、という思いは強い。でもそれ以上に、ディフひとりが食べるのではなくてアシアも一緒に食べて欲しい、という思いのほうが強かった。けれども、アシアはいつもアシアの食事をディフに分け与えてくれて、ディフの食事の確保をアシアの食料よりも優先してくれていた。そのような今までのアシアのディフに対するその行為から推測すると、ディフがこの飴玉を一緒に食べようと言っても、彼は、今夜はもうこの飴玉を口にすることはないだろうと思う。

 なので、ディフはアシアの勧めに首を横に振ると、

「今夜は、もう止めておきます。明日にします。」

そう答えた。明日なら、アシアはまた一緒に食べてくれる可能性が高いと考えたからだ。飴玉はディフが吃驚するぐらい美味しいものであることには間違いはないが、アシアと一緒に食べるからこそ、なおさら美味しかったに決まっている。

 ディフのその答えにアシアは少しがっかりした様子を見せたが、だからといって無理強いをすることはなく、

「じゃぁ、カバンに仕舞いましょうか。」

との提案にはディフはうなずき、立ち上がってカバンの中へ小箱を大事そうに仕舞った。小箱を仕舞い、再びアシアの隣へ腰掛けたディフへ、

「ほかに、何かして欲しいことはありますか?」

アシアはそう、訊ねた。

 そのアシアに、ディフはすかさず頭を振る。これだけでも、アシアの従僕であるディフに対するモノとしては身に余ることだ。これ以上、望むものなど何もない。

 けれども、アシアは、

「お祝いが遅くなってしまったので、割り増し分です。ディフの望みを言って欲しいのですが。」

少し困ったような顔を見せる。

 アシアにとってこの飴玉は、誕生日祝いのほんの前振りだ。本当はもう少しきちんとした形で祝いたい気持ちがある。けれどもこの国のこの状況では、この先もディフに誕生日祝いとしての何か特別なことや、物を与えることは難しいことだと目に見えている。今回はこの宿屋でアシアはたまたま行商人と出逢い、彼らはたまたまアシアの眼鏡に適う商品を持っていただけだ。なので、せめて、何かディフの望むことを聞き取り、その望みを叶えたい、とアシアは思うので、そのように訊ねる。

 ディフは、ディフがアシアの言葉に頭を振ったことで、アシアがなぜか困ってしまっていることはわかった。従僕が『だんなさま』を困らせることは、あまりよろしくないことだとも、わかる。しかし、ディフにしてみれば、アシアに買われてからのこの数日は、今までの生活から照らし合せても、とても心穏やかな日々だった。殴られることも、怒鳴られることもアシアから受けたことが一度もない。アシアから受けるのは、いつもディフの心をぽかぽかと暖かくする、柔らかな笑顔だ。だからこれ以上、望むモノは何もない。あえて望むなら、このままアシアとずっと一緒にいたい、だ。

 しかしその望みは、ディフは何故か口にはできなかった。口にすることは、何故か躊躇われた。

 だから、

「ボク、本当になにも思い浮かばなくて。」

そう、口にする。

 ディフのその言葉にアシアは、そうですか、と言うが、すぐに、

「では、何かして欲しいことが思い浮かんだら、遠慮せずに言ってくださいね。」

ふわりとした、優しげな瞳でディフへ伝えた。

 アシアのその言葉にうなずくディフをアシアは確認すると、

「では、明日もオウカ国に向けて出発しなければなりませんし、今夜はもう寝ましょう。」

と、ディフにベッドへ入るよう促す。

 しかし、それにはディフは、一拍の間を置いて頭を振って拒否を示した。ディフには気にかかっていることがあったからだ。

 先日の宿屋では、アシアはどこで眠ったのだろうか、と。

 アシアに買われてすぐに連れて行かれた宿屋はベッドが2台あり、それぞれが1台ずつ使っていた。けれども先日宿泊した宿屋はベッドがひとつだった。そのベッドはてっきりアシアが使うものだと思っていたのだが、アシアはディフに、先にベッドで寝るように言い、ディフはアシアが、ディフが眠ったあとで、ディフと一緒にベッドを使うものだと思っていた。けれども、ディフが眠る前にはアシアは起きていて、ディフが目覚めたときにはすでにアシアは起きていた。ディフが眠っていたベッドを一緒に使った形跡は感じ取れず、もしかしたらアシアは床で眠ったのだろうか、と懸念していた。

 よくよく思い返してみれば、あのベッドではふたりが眠るには少し窮屈だったかもしれない。だから、アシアはベッドで眠ることを諦め、床で寝るしかなかったのかもしれない。『だんなさま』を床で寝かせて従僕である自分がベッドで眠るなんて、あるまじきことをしでかしてしまっていたのではないかと、心配していた。

「今夜は、アシアがベッドを使ってください。」

 この宿のベッドの大きさは、先日泊まった宿屋と同じくらいの大きさだ。ディフがベッドを使ってしまうと今夜もアシアが床で寝てしまうことになる。だから、ディフはそう言って腰掛けていたベッドから立ち上がり、床に座った。床で眠ることは養親宅では珍しいことではなかったし、特段ディフにとって不自由だと思うことでもない。

 しかし、ディフのその提案にアシアはいったんディフの気持ちを受け止め、礼の言葉を口にするが、

「ベッドはディフが使ってください。オウカ国までまだまだ旅は続くのですから。ディフが一番にすることは、しっかり食べて、きちんと眠って、体力を付けることですよ。」

ベッドをディフが使うことの理由を口にして、再度ベッドに入るようディフを促す。

 そう言われてみれば、アシアの言い分はもっともだともディフは思った。ディフが体調を崩せば、アシアの迷惑になるし、旅の足を引っ張ることになる。

 ディフはアシアに買われた子どもだ。アシアの足手まといになれば、捨てられてもおかしくはない立場にいる。

 アシアには、捨てられたくない。ずっと、その傍にいたい。

 アシアと出逢って数日なのに、ディフはアシアのことをとても信頼している。離れがたく思っている。傍にいたいと願う自分がいる。

 アシアの傍にいたいのであれば、アシアに捨てられたくなければ、アシアの言うことは聞かなくてはならない。そう考えに至り、ディフは、はい、と首肯すると、大人しくアシアに促されるままベッドに上がり、布団に潜り込んだ。

 けれども、アシアにもベッドを使って欲しいディフの気持ちは消えない。どうにか良い方法はないか、とぐるぐると考えていたディフの頭に思い浮かんだのは、

『では、何かして欲しいことが思い浮かんだら、遠慮せずに言ってくださいね。』

今先ほど、アシアがディフに向けた言葉。

 アシア、とディフはアシアを呼びかけると、ディフが眠るまで傍にいるつもりでベッドに腰掛けたままのアシアへ、少し遠慮しがちな小さな声で、

「ボクと一緒に寝てくれませんか?」

と、ディフの願い事を口にした。

 一緒に眠るには、このベッドの大きさは窮屈かもしれない。それでも、アシアがこの冷たい床で眠るよりマシだと思う。

 それに、ディフには『添い寝してもらう』ことに、憧れがあった。義兄が時々養親たちと一緒に眠る様子は、自分の手に届かない羨ましさがあった。

 ディフのその願い事に、アシアは軽く目を見開く。

 そのアシアの様子から、ディフは自分はとても図々しい願い事を口にしてしまったのだ、と瞬時に後悔の念がわいた。しかし、口にしてしまった言葉はもう取り消せない。

 あの、とうろたえたディフにアシアは、

「ディフが望むなら、一緒に寝ましょうか。」

と、ディフを安心させるかのように、ふわりとした微笑を浮かべる。

 少し狭いだろうが、ディフは小柄な子どもだ。ふたりがくっついて眠れば眠れないこともないだろう。人買いへ売られ、捨てられそうになっていた彼の経緯を鑑みれば、ここまでの道のりも本当は心細い思いをしていたのかもしれない。

 それ以上に、アシアにしてみれば、ディフのその願い事は、子どもらしくてとても可愛らしい、好ましい願い事に感じた。

 上着を脱いで、アシアもベッドに上り、ディフの隣に身体を横たえる。

 まさか自分が口にした図々しい願い事を叶えてくれるとは思わなかったディフは、緊張してしまい身体を固まらせてしまった。

 緊張してしまっているディフの様子に気付いたアシアは、その、少し緊張気味なディフの固まってしまった背中を彼の眠気を誘うように、小さな子どもをあやすかのように軽くとんとんと叩き始めた。ゆるりと、リズム良く優しく背を叩きながら、アシアは遥か遠い昔に、自分の育ての親で導師の師でもあるノアに、同じようにあやされながら眠りについていたことを思い出した。心を許している他人の体温は、健やかな眠りを誘うものだった。

 良い夢が見られますように、と願う優しいその手は、ディフにとって思いもがけない、とても嬉しい誕生日のプレゼントだった。飴玉もとても嬉しいものだったが、アシアが隣で眠ってくれることは、その比にならないぐらい嬉しい。そのうえアシアの手は暖かく、その暖かさはディフの心にも移ったようで、ディフの心もぽかぽかと暖かくなってくる。

 暖かい優しい手にあやされ、そしてディフは嬉しい気持ちのまま、ゆっくりと眠りに落ちて行った。


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