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箱庭の管理人 番外編  作者: つきたておもち
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best wishes ~誕生日~(前編)

 ディフの体力が少し戻ってきたのを確認したことと、ガイを手に入れたのを機に、アシアは自身に纏わりつく陰の気から逃れるようにオウカ国へと、ディフを図らずとも買ってしまったこの国の城下街を出立した。

 城下街を出立し6日目の夕方、辿りついた村にある唯一の宿屋の部屋を取り、荷を置いて階下の食堂へディフと供に降りる。

 降りた先の食堂は、陽も落ちた時間帯にもかかわらず、行商人の一行が一組だけ、といった淋しい限りの風景だった。オウカ国の宿屋の食堂だと、もっと人があふれ賑やかなのだが、と思いながらアシアはディフを促し、空いている席に座る。

 この村の宿屋で、この国での宿泊は3件目だ。1件目はディフを買った城下街の宿屋で、食堂は人であふれ、とまではいかなかったがそこそこ賑やかだった。2件目の宿屋は3日前に通った村の宿屋で、この宿屋と大差なく、アシア以外の旅人が宿泊している気配がなく寂れた感はあった。それを思えばこの宿屋はアシア以外に行商人一行が宿泊しているだけでも、まだマシな方なのかもしれない。

 食事を、と頼んで出てきた物も、固めの小さなパン1個とスープと、キノコを調理した付け合わせだけで、スープの中身も野菜が少し入っているだけの粗末なモノだ。ただ、その料理はアシアたちだけに悪意を持って提供した、といったのではなく、多分、この宿屋で出せる精一杯のメニューのようだ。アシアたちから少し離れて食事をしている行商人たちのテーブルを見ても、同じような内容の料理が並べられている。その料理を行商人は店主に文句を言うことなく諦めた感で、それぞれが口に運んでいた。

「パンはスープに浸しながら柔らかくして、ゆっくりと食べてくださいね。」

 アシアはこの量でも全く構わないのだが、ディフはそうはいかない。アシアの分のパンとスープをディフに分け与える。アシアが全く食べないとディフも食べ物を口にしようとしないので、キノコ類の付け合わせだけを、アシアは手元に残した。

 そうはいっても、ディフの身体もまだ回復しきっておらず、脂っこいものなどたくさんの食べ物を一気に口にしても、まだ消化ができないのではないかと危惧していたため、消化の良さそうなこの食事内容は、却って良かったと思う。

 アシアの言葉にディフは、はい、と答えると、アシアが付け合せを口に運んだのを確認してから、忠告どおりパンをスープに浸し柔らかくして、ゆっくりと食べ始めた。

 アシアたちが食べ始めて程なくして、がたがた、と椅子の引く音がしたのでアシアがそちらに目をやると、商人たちの食事が終わったようで、彼らは荷を抱えて部屋へ戻ろうとしているところだった。

「ディフ。少しの間だけ、ひとりで食べていてください。」

 アシアはそう言うと慌て立ち上がり、食堂から出ようとする行商人を呼び止めた。

「何か、御用ですか?」

と、アシアの呼び止める声に反応したのは、この行商人の中で一番年齢を経ているように見える中年男性だ。他の行商人に先に部屋へ戻るよう指示する姿から、彼がこの一行の責任者のようだった。

 アシアに置いていかれたディフは、アシアから食べているように言われたものの、『だんなさま』を差し置いて食事をするわけにはいかず、パンをスープに浸した状態のままアシアが戻ってくるのを待つことにした。

 食堂は決して広くはなく、食事を終えた行商人たちが席を立ったあとは自分たちしか残っていないため、ディフの座っている席からアシアと行商人の姿はよく見える。ディフは食事をする手を止め、アシアとアシアから話しかけられた商人のやり取りを、自席からぼんやりと見ていた。

 アシアに呼び止められた商人は、一瞬は怪訝そうにアシアを見たがアシアがひと言ふた言話すと、たちまちにこやかな商売人の顔を見せていた。何を話しているのか、どのようなやり取りをしているのかまでは、彼らの姿がよく見えるとはいっても、ディフにはそこまではわからない。ただ、何かを話していた商人がこの食堂から部屋へ戻ろうとしていた商人の一人を呼び止めると、その仲間の商人から荷を受け取り、その中から何かを取り出してアシアへ渡したのは見えた。

 やり取りの状況から、アシアが商人から何か品物を買ったのだろうな、とディフは思った。これから長い旅になりそうなことをアシアからディフは聞かされていたので、旅に必要な物を買ったのだろう、と。

 アシアが代金を支払ったことで売買が成立したようで、お互いが握手を交わしたあと、商人はそのまま食堂をあとにして出て行き、アシアはディフのもとへ戻ってきた。

「お待たせしました。」

 そう言いながら戻ってきたアシアの手は、何か小さな木の箱を持っている。

 アシアはその小箱をテーブルに置きながら、ディフの食事が進んでいないことに気が付いた。この子どもはお腹が空いているだろうに、アシアが席に戻ってくるのを律儀に待っていたようだ。

 今までのディフの生活から、彼のこの行動は彼を取り巻く大人たちから慣らされてしまったものによるのだろう。

「待っていてくれて、ありがとうございます。お腹空いたでしょう。」

 そのようなディフに、食べるように言っていたのに、と咎めるのではなく、アシアは柔らかな笑みを浮かべて、食べずに待っていた彼のその行為に感謝の意を口にした。

 アシアからの礼の言葉に、ディフはあからさまに戸惑いの表情を見せる。アシアの、このような対応を今まで誰からも受けたことがないからか、どのように反応したらよいのかわからないようだ。

 戸惑いの表情を浮かべ、どう反応してよいのかわからず困っているディフへ、さぁ、食べてしまいましょう、とアシアは再度、笑みを浮かべてディフにスープを口にするよう促し、自身もキノコの付け合わせをひと口、口にした。アシアからのそのように柔らかな微笑みで促され、アシアの食べる様子からようやくディフは、はい、と返事をするとスプーンを手にし、スープに溶けてふやけてしまったパンを掬って口に運び出した。

 とはいえ、そうたいした内容でも量でもない料理だ。ふたりの食事も行商人と同様にあっという間に終わり、食事を終えるとアシアたちも早々に2階の部屋へと戻った。

 部屋に入るとアシアは天井を仰ぎ見て、柔らかな暖色系の灯りを灯す。

 最初はディフはこの現象にとても驚き、アシアにどのようになっているのか、と訊ねてきたが、アシアの回答がディフには難しくて理解できなかったようで、今ではこういうモノなのだ、とわからないまま納得しているようだった。

 部屋に入り、アシアはベッドに腰掛けると入り口付近で佇んでいるディフの名を呼び手招きし、自分の隣に腰掛けるよう誘う。

 ディフはアシアから促されない限り、宿屋の部屋の中に入ってこようとはしない。何につけ、大人からの許可、もしくは命令がないと動くことができない状態だ。これも彼の今までの生活環境から染み付いた習慣のようだった。これらディフの萎縮してしまっている心が少しずつでも溶けるように、アシアが注意を払いながら関わっていくしかないのだろう、と思う。意図していなかったとはいえ彼を買い、オウカ国へ同伴させるということを決めたときに、そのようにアシアは心に決めていたことではあったのだから。

 アシアに手招きされ、ディフはようやく部屋の中に入ってくる。そして招かれるまま、アシアの隣に腰掛けた。

「体調は、大丈夫ですか?」

 ほんの数日前まで、彼は飢餓状態だったのだ。彼の栄養失調状態は、今回の飢饉で始まったのではなく、彼から聞き取る話からおそらく、彼が養親に引き取られた頃からだと推測される。もともとこの国の庶民の経済状況、食料状況は国王2世代に渡ってどん底だ。庶民の誰もが、飢えと栄養失調で苦しんでいる。そしてそれは今回の飢饉で、更に加速している。

 先ほどの行商人も中央に向かうほど、状況の悪さが際立っている、と言っていた。王都から離れ、隣国に近ければ近いほどまだ村や町には活気があり、飢饉の状況も食料状況もマシだとのことだった。彼ら行商人はここまで辿ってきた村々の状況から、このまま王都には向かわず道を逸れ、この国の南に隣接する国へ向かうと言っていた。この国は貴族や王族相手なら良い商売の対象だが、彼らと商談するには強力なコネがないと難しい。かと言って庶民相手ではとてもじゃないが商売にならないらしい。

「食事は足りましたか?」

 アシアのディフの体調を気遣う問いかけに、ディフはアシアの瞳をきちんと見て、はい、と力強くうなずいた。ディフの返事をする様から、あの食事内容で大丈夫のようだが、彼はとても我慢強い。食事量が足りているのかどうかは、彼のこの返答だけではアシアは判断がつかないところもある。

 体力の低下が著しいディフに体力を付けさせながらのオウカ国への旅路は、できるなら宿に泊まりたい。野宿だとあまり暖かな食べ物をディフに与えることができず、またゆっくりもできず、そのために疲れた身体が休まらないからだ。けれどもこの宿までの2日間は宿が見つからず、野宿せざるを得なかった。また、宿が見つかっても提供される食事内容が今後もあのような物では、ディフの体力を著しく回復させるものではない。

 ただ、アシアの瞳を見てうなずくディフの藍色の瞳は、アシアが買った時の、無気力の色はない。それだけが、安心材料だった。


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