街に怪物が現れ、危機感なく「なにこれ超リアル! 映画の撮影?」とか言ってる奴が怪物よりマジで強い
ある晴れた日の午後、突如街に怪物が現れた。
人型で2メートル超、灰褐色の肌で鱗を持ち、頭部には黒く長い髪の毛とも触手ともつかぬものがうごめいている。
人々はパニックになった。
「逃げろーッ!」
「助けてぇ!」
「殺される!」
「グオオオオオオオオンッ!」
怪物は雄叫びを上げながら大暴れする。
車をひっくり返し、道路に大穴をあけ、信号機をへし折る。素人目にも拳銃など歯が立たない相手だと直感できる。
死者や怪我人こそまだ出ていないが、それが出るのも時間の問題だろう。
そんな中、全く逃げようとせずに怪物に近づく一人の男がいた。
「なにこれ? 超リアル! 映画の撮影?」
男はのんきにスマホを構え、怪物を撮影さえしている。
「すっげ~、あとで画像上げたらバズるかな」
怪物が現在進行形で破壊行為をしているにもかかわらず、全く危機感がない。
逃げる途中の会社員が忠告する。
「おい君! 早く逃げるんだ! 殺されるぞ!」
しかし、男は耳を貸さず、怪物にどんどん近づいていく。
「これ撮影でしょ? カメラどこ? スタッフは?」
ついに怪物が男に気づいてしまう。爬虫類のような眼光で睨みつける。
「グルルルル……」
「お? こっち見た? 中に人入ってるんでしょ? 背中にチャックある? サインとかもらえませんかね?」
これから起こる惨劇を予感して、周囲は悲鳴を上げている。
「グアオッ!」
怪物の拳が男を上から殴りつけた。
怪物の腕力を考えるなら、一撃で人間などミンチであろう。
しかし――
「いってぇ~! これ撮影でしょ?」
「!?」
ほとんど効いていなかった。
さらにスマホで撮影を続ける。
「近くで見るとすげえ迫力! これどうなってんの? ハリウッドの特殊メイクってやつ?」
「ガアアアッ!」
怪物が答えるわけもなく、さらに拳を振り回す。
鈍い音が何度も何度も響く。
「いたたた……スマホ壊れちゃうって。だけどすごいファンサービスだな」
男は自分の体よりスマホの心配をしている。
「グ……ガアアアアアアッ!」
怪物の攻撃が加速する。
パンチ、キック、チョップ、エルボー、頭突き、そこらの人間ならどれも一撃で死んでしまうような攻撃ばかりである。
しかし、男は多少痛がるぐらい。
「いや、すげえわこれ。撮影なんでしょ?」
「グルルァ!」
業を煮やした怪物、口を開け男の肩に噛みつく。
「うわっ!」
「ガルルルルル……!」
誰もが肩を食いちぎられる光景を想像したが、男の肩はビクともしない。
「いたたたた……今時の撮影ってすごいなぁ」
噛みつきも通じないと分かり、怪物はとうとう息切れを起こす。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「えーと、これって撮影だよね?」
全く変わらぬテンションで質問してくる男に怪物が怯む。
「撮影なんでしょ?」
怪物が後ずさる。
「撮影なんだよね?」
さらに近づいてくる男に、怪物は――
「ハイ……撮影デス……」
どう見ても撮影ではないのだが、ついに認めてしまった。
「ひゃっほう、やっぱり!」
「ハイ……」
「で、どんな映画? カメラは? 他のスタッフは?」
「カメラハ無イシ、スタッフイマセン……」
「あ、いないの!? 残念だなぁ~! カメラないのに撮影ってのもおかしな話だけどそういうこともあるか」
男は全く気にする様子がない。
「あ、そうだ! もしフリーでやってるんならよかったら俺と組まない?」
「エ?」
「俺、映画監督になるって夢があってさ。怪物が大暴れして……ってのが撮りたいんだけど、どうしても予算がないんだよね~。だからさ、俺が撮る映画に協力してよ! あんたとなら絶対すげえ映画が撮れる!」
目を輝かせる男に、怪物はどうすることもできなかった。なにしろ武力では敵わないと既に思い知らされているのだ。
「ハイ……」
こう答えるしかなかった。
***
手頃な空き地を見つけ、男はカメラを手に撮影を始める。
「じゃあにっこり笑ってー!」
「ハ、ハイ……」
「走ってー!」
「ハイ……」
「踊ってー!」
「分カリマシタ……」
映画というより『怪物に○○させてみた動画』といった風情だが、撮っている男は実に楽しそうだ。
男は撮った映像を人気動画サイトにアップする。
再生数は大いに伸びた。
怪物が暴れた事件は大ニュースになっており、その怪物が笑ったり踊ったりしている動画なのだから、伸びないはずがなかった。
「すげーすげー! あっという間に100万再生いったぞ!」
これを見て怪物も――
「ウ、嬉シイ……」
「そうかそうか! もっと色んな動画撮ろうぜ! そしていずれは映画監督だ!」
「ハイ!」
二人は動画を撮り続けた。
ファンは増え続け、再生数は順調に伸び、二人は動画サイトにおけるスター的存在となっていった。
ふと、男は怪物の変化に気づく。
「なんか……人間っぽくなってる?」
少し前まではびっしりと鱗に覆われていた肌から鱗が薄れ、頭に生えた触手のようなものも髪の毛に近くなっている。
化け物そのものだった顔も、だいぶ人間らしくなっている。
「あんた、もしかして女だった?」
怪物はうなずく。
「ワタシ……昔ハ女優志望ダッタ……」
「へえ、そうだったのか」
「シカシ、夢ハ叶ワズ、私ハ自ラ命ヲ絶チ……怨念デ怪物ニナッテシマッタ」
「映画みたいな話だな!」
男はさして驚きもせず笑う。
「ダガ、コウシテ動画ヲ撮ッテ、人気者ニナレタコトデ、私ノ無念モ晴レテキタノカモシレナイ……」
「ふうん、そりゃなによりだ」
男は怪物と化していた女の目を見て、こう宣言した。
「じゃあ一緒にもっともっと動画撮って、無念晴らしまくろうぜ!」
「ウン!」
二人はそれからも動画を撮り続け、やがて有名映画監督からオファーが来た。
「君たち映画に出てみないかね?」
二人は快諾し、あるサスペンス映画に出演。
怪物だった女は女優志望だっただけあって見事な演技を披露。男はひどい棒演技だったが、それはそれで味があるという評判を得た。
ますます無念が晴れたのか、女の容姿はだいぶ人間に近くなっていた。
言葉もだいぶ流暢に話せるようになっている。
「ここまで戻ることができたのはお前のおかゲ……本当にありがとウ」
「俺は大したことしてないよ。どっちかといえば俺の方が世話になってるし。しかし、あんた本当に綺麗になったな」
「そ、そうカ?」
照れる女に、男はあっさりとこう告げた。
「よかったら結婚しないか? 結婚して夫婦で動画撮りまくろうぜ!」
「私でよけれバ……」
突然かつ軽すぎるプロポーズを女は受け入れ、二人は結婚してしまった。
今や動画界・映画界の有名人である二人の結婚式には、ファンや報道陣が大勢押し寄せた。
「皆様、ありがとウ……」
手を振る女。鱗などは完全には消えないだろうが、もうほとんど人間といっていい容姿である。本人も完全に人間にならなくていいとは思っている。
そして彼女を救い、新郎となった男は大勢にこう叫んだ。
「みんな! 幸せ一杯な俺らのことをジャンジャン撮影してくれよ!」
おわり
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