強すぎる恋は凶器と化す
「…でも、勇樹くんのためなの!」
小泉はそう言った。違う。そうじゃない。俺はそう言いたかった。そう言おうとしても乾いた空気のみが俺の口から出て行く。
「優花さん、あなた勇樹くんのことが好きなんですよね」
「ええ、好きだわよ、たまらないほど」
「それなら放してあげてください。勇樹くんが苦しむ姿を見てて楽しいんですか?」
「…ううん、でも違うの!私も勇樹くんがいないと駄目なの!」
そう言って小泉は立ち上がりフラフラと俺の方に来る。
彼女の手が俺の顔に当たる。
菜月が間に入り、小泉の手をどかそうとするのを俺は手で止めた。
「勇樹くん?」
「そろそろ自分で言わなきゃ駄目だよな…」
俺が言わなきゃこれは終わらせられない。
幕くらい自分で下ろすべきだ。
俺は優花の手をとり、ゆっくりと口から言葉を吐き出した。
「もうやめてくれ、…金輪際、俺に近付かないでくれ。…もう何があっても、優花、君を好きになることはないよ…、愛してた、…今まで、ありがとう、じゃあね」
俺はそういうと彼女の手から俺の手を離してフラフラと立ち上がった。
そう俺が言ってから少しして小泉の喚き声が響き渡った。
「なんでなんで、なんで!勇樹くん!」
俺は少し冷たくなることにした。小泉を上から見下ろしながら言った。
「…うるさい」
「えっ?」
一度言ってしまえば止まらなかった。
「うるさいって言ったんだよ。耳障りだ」
「えっ?嘘だよね?」
「嘘なわけないだろ。…もう諦めて現実を見ろ」
俺はそう言い、彼女に背を向けた。
彼女はそれで何かを察したのかいきなり立ち上がると泣きながら会場を走って出て行った。
これで完全に裏切り者の内の一人は脱落した。
俺は菜月に支えられながら、もう一人の裏切り者を終わらせに進む。
「なぁ、菜月、これは罠なんだ。俺はやってない。そいつが嘘を吐いてるんだ。騙されないでくれ」
そうNは菜月に言って、足掻く。そのNの希望を打ち砕くように菜月は言った。
「その汚い口を閉じてもらえる?」
「なっ!」
「あのね、私も見たの。あなたと優花さんが一緒にいたのを」
「…」
奴は黙りこくってしまった。
「随分と楽しんでたわね」
「…」
「私は勇樹くんみたいに優しくないから、さようなら」
「…悪かった…。もうやらないから許してくれ」
奴はここで自分の行ったことを初めて認めた。
「…そんな安い言葉で誰かが信用すると?」
「思わない」
「それなのに?随分と勝手ですね」
「…分かってる。でも」
「私の考えが変わることはありません。諦めてくだs」
菜月がそう言っている間に急にNは暴れ出し、野中先輩の抑えつけから脱出した。
Nはまっすぐ俺を支えている菜月の方に走ってきた。
何故か急に世界がスローモーションになった。漫画の一コマ一コマみたいに動く。
Nが一歩また一歩と近付いてくるのがひどく遅く感じられた。
俺の左手が無意識に動いた。
そして、俺の左手は、奴の頬を捉えた。