そして糸は解かれる
俺は家に帰ると口を濯いだ。
「気持ち悪ぃ…」
俺の口の中に彼女の唾液が入った、そう思うと彼女の前では見せなかったが悪寒に顔を歪ませた。
何故か亜美は俺の様子を見ても何も言ってこなかった。
正直、今話しかけられるのは少し厳しいものがあったので、俺にとっては有り難かった。
俺はその後シャワーで体を流し、部屋に引っ込んだ。
俺は部屋の中でどうしても今日のことと今までのことを考えようとしてしまっていた。
あと、一週間。あと、一週間なんだ。しかも、優花とのデートも当日以外ない。
俺は自分自身にそう言い聞かせ、心を鎮めようとした。
だが、俺の努力も虚しく、俺はまた吐き気を催し、トイレに駆け込んだ。
そして俺はまた吐き出した。
「なんでなんだよ…。あと、一週間堪えるだけなんだぞ…」
吐きながら自分自身に言い聞かせる。
それで吐くこと自体は治ったが依然として気持ちは悪かった。
そうして、俺がトイレを占領しているとトイレのドアがノックされた。
「ねぇ、お兄ちゃん。私トイレ行きたいんだけど。あとどれくらい?」
「ああ、ごめん」
俺は亜美を待たせるわけにもいかないので仕方なくふらふらと立ち上がり、トイレを流す。
衛生上、問題あるかもな、なんて思いながらトイレから俺は出た。
「亜美、ごめん。籠ってて。ただ、トイレちょっと掃除するから待っててくれ」
「お兄ちゃん、大丈夫。私、トイレに行かないから」
「…はっ?」
俺がわざわざ出た意味とは…。
「じゃあ、俺、もう少し籠もってても良かったの?」
「ううん、ダメ」
「…」
俺には本当に亜美が何をしたかったのか分からなかった。
「ええっと、質問変えるぞ。なんで俺をトイレから出そうとしたんだ?」
「お兄ちゃんが逃げてるから」
「…」
どこまで知ってるんだ?俺は特にまだ何も話していないんだが。
「お兄ちゃんが吐いてるのは知ってるよ。音と雰囲気で分かったし。別に今日何があったかは別にいいの。お兄ちゃんが一週間くらい前からなんていうんだろう…、なんか気負ってる気がしたんだよね…。なんか一人でやろうとしている感じが」
「…」
「それで今日、お兄ちゃんは帰ってきてちょっとするとトイレに籠っちゃった。何もしないでね」
いつもなら電話とかしてるのにと亜美は付け加えるように言ってくる。
「お兄ちゃんに一週間前と今日、何があったかは知らないよ。でも、お兄ちゃんが一人で悩んでいるのは分かったの。だから、引き摺り出したの。ごめんね。こんな形で引き摺り出して」
「…」
俺は無言を貫いていた。気負ってる?一人でやろうとしている?確かにそうかもしれない。でも、これはしょうがないんだ。俺の戦いなんだから。
「お兄ちゃん、甘えたっていいんだよ。一人で立ち向かわないで。これは“チーム戦”なの」
「…っ!」
何故だろうか。どこかで見たことのある文字な気がした。
「ねぇ、お兄ちゃん。お願い。心に負担をかけ過ぎないで。壊れちゃうから」
「…」
「お兄ちゃん。今はもう一人じゃないんだよ」
「…」
良いのか?俺はまた甘えて。
一人じゃ何もできないただのヘタレに戻っても良いのか?
「お兄ちゃん、はい」
そう言って亜美は笑って両手を広げた。
俺はもうダメだった。俺は亜美に倒れ込む。
そうすると亜美は無言で俺を包みながら、俺の背中をさすってくれた。
妹に甘えるなんて、情けないな。俺って。
俺はそう思いながらも、妹に体を預け続けた…。
ーーーーー
「…ん」
俺はいつの間にか泣きながら寝てしまっていたようで翌日、俺の部屋のベッドの上にいた。
俺が寝ている隣には亜美がいた。
「一緒に寝てくれたのか。ありがとな」
俺は笑ってそう言い、亜美のおでこを軽く撫で起き上がった。