ロックオン
「そうだ、その…、一つやりたいことがあるんだけど…。」
「ん?」
「まぁ、まだいいや。」
「そうか?」
優花のやりたいことか…嫌な予感しかしない…。
そうしてしばらくして4時半、小学生の門限を知らせる鐘が近くの小学校で鳴ったとき、彼女はバッグの中からウェットティッシュを取り出して俺の近くに来る。
「あの、勇樹くん…。そのシャワー浴びれないでしょ。だから…、拭いてあげるね。」
「えっ?いや、大丈夫だけど」
「私が気になるの。」
俺はまた後ろに後退り、壁に背をぶつける。
先程とは異なり、スマホの音も鳴らず、邪魔も入らない。
俺は抵抗しようとするが風邪のせいか体がうまく動かなかった。
彼女は俺のパジャマのボタンを外し、俺のシャツをしたから捲る。俺の筋肉質な胸板が露わになる。
彼女が更に近づいてくる。俺が寝ていたふりをしていた時とは訳が違い、彼女の上気した顔もしっかり見え、彼女の心臓の音まで感じられるようだった。
そして、彼女が俺の腹に触ろうとした時…、俺は抗ってしまった。
俺は彼女を押し退けてベットから落としてしまった。
「あっ…、ごめん…」
「…いや、その…私も…。もう帰るね。お大事に。」
「ちょっ、待っ…」
彼女は顔を隠しながら俺を無視して俺の部屋を出ていき、家を出てしまった。
「…はぁ…」
俺は後悔のため息を吐いた。
そして、俺はメールを彼女に打った。
「ごめん。」
ベッドに再び倒れ込み、過去に思いを巡らせた…。
俺が小学生の頃、よく分からない30歳ぐらいのお姉さんに多目的トイレに連れ込まれ、服を脱がされ、腹の辺りを触られそうになった。お母さんが警備員さんを呼んで多目的トイレを開けてもらえたからほぼ無傷であったが当時誘拐事件も多発していた時期であったためか、母親が泣いて俺を抱きしめていたのを俺は覚えている。その時からか俺は人に腹を触れられるのが怖かった。俺は過去にいつまでも囚われている…。
これは俺が彼女に話していなかったのが完全に悪かった。
俺はフラフラしながらスマホを持ち、彼女を追って、駆け出す。
スマホで電話をかけながら走る。彼女はでない。
走っていると彼女の背中が見えた。
俺は彼女の背中に向かい、ガラガラの大声で叫ぶ。
「優花!」
彼女は驚いた顔で振り向く。
彼女の足は止まり、俺は彼女に追いつく。
「なんでここに?体調悪いんだから早く戻って。」
「ごめん。ちょっと話を聞いてくれ。」
俺は彼女の手を掴み、彼女の目をしっかりと見る。
そして、俺は過去の話をする。
彼女の表情が変わる。
「今まで話せてなくてごめん。気遣わせたくなかった。結局傷つけることになっちゃたけど」
「…そうだったんだ…。ごめん…。」
「謝る必要なんてないよ。僕が全部悪かったんだから」
「…それでもごめん。」
「…だから、謝らなくて大丈夫だって。まぁ、これからゆっくり深め合っていきたいな、君と」
プロポーズのようなセリフを嘘と偽りだらけの心で俺は言う。
すると、彼女ははに噛むように笑い、俺に手を差し出してくる。
「手繋いで。」
「それくらいならお安い御用」
彼女は俺と手を繋ぎながら俺を家まで送った。
「あの、逆なんじゃ…」
「体調悪い人に無理はさせられません。ゆっくり休んでね。バイバイ。」
「今日はありがとう。送れなくてごめん。おやすみ」
彼女は俺に手を振って、彼女の家の方に向かい歩き出す。
俺はそれを見送って部屋に入る。
彼女がいなくなると俺は楽にはなった。ただ、俺は複雑な心境だった…。
彼女を俺は騙している。俺は彼女に騙されているふりをしている。
俺は虚しさと罪悪感に包まれた…。