抵抗と説得
俺がそう言っても彼女はすぐに傘を拾いに行かなかった。
「話してから。」
「はぁ…。」
俺は小さくため息を吐き、彼女の目を見て話し始める。
「…あのあと、菜月たちと別れたあと、優花に、その抱きつかれてキスをされて、普通の恋人の振りをされて…。その後も平気な顔して、いや、顔も心も分からないけど、メールで普通にいつも通りのメールを送ってきたんだ…。俺は分からなくなったんだ…。何が正しくて嘘なのか。」
そう言って静かに立ち上がり、俺は傘を拾い差して彼女にかかる雨を防ぐ。
そして、俺は続きを呟く。
「…馬鹿みたいだよな。」
本当に言いたかったことではないことを自嘲気味に呟くだけとなってしまった。
「それだけ?」
「えっ?」
「それだけ?」
「…ああ。」
「嘘つかないでもらってもいい?少しみくびりすぎじゃない?」
「えっ?」
「あなたのことをいつから知ってると思う??」
俺は頭の中で数える。
「…幼稚園からか?」
「そうよ。あなたがこれをどう思うかは知らないけど、その時から一緒にいれば、大体表情から分かるわよ。」
「…。」
「あなたのその顔はまだ何かを抱え込んでいる顔だわ。話して、勇くん。」
彼女は俺のことをじっと見つめる。
俺は居心地が悪かった。
俺が菜月といくら付き合いが長いからといって、言って良いことと悪いことは分かっているつもりだった。
「…失礼なことを言うぞ、今の俺は…。それでもいいのか?」
俺は答えが分かっていることを聞く。
「もちろん、私が聞いたんだから。」
彼女からは俺の予想していた通りの返答が返ってくる。
彼女は聞く姿勢に入ったのを俺は感じると話し出す。
「…怖いんだ。…誰が何を考えているのか分からない。…正直目の前にいるお前でさえ何を考えているか分からない。なんで俺がお前に話しているのかも。」
俺は息を吐き、雨で冷たく湿った空気を吸う。
「俺は、弱いんだ。逃げ出したい。楽に、平和に生きたい。…手伝ってくれって言ったのに身勝手なのはわかってる。もう嫌なんだ。気付かない振りをして、昔のように生きたい、そんな今となっては叶いようもない未来を俺は今見るしかないんだ。なぁ、俺はどうすればいいんだ?」
彼女は俺が話し終わると、無言で俺に抱きついてくる。
「はっ?」
俺の口からひょうきんな変な声が出る。
「ちょっ、話聞いてたのか?」
「聞いてましたよ。だからこそです。私が上書きしてるんです。勇くんが昔してくれたみたいに。」
彼女は俺の胸元で首に顔を押し付けながら言う。
呼吸が首にかかって地味にくすぐったい。
「やめてくれ、それこそ俺が分からなくなるんだ…。」
「キスもしますか?」
悪魔的な笑みを浮かべながら、彼女は聞いてくる。
「俺はそういうことを言ってるんじゃない。その…女子はそういうことをシンプルにしてくるから…怖いんだ。」
「私のことが信用できませんか?」
「いや、そのっ…。」
正直なところ、俺が彼女を信用しきれているかと言うと首をすぐに頷けるわけではない。
しばらく、俺と離れていた、奴と菜月が付き合っていた時間が十年という月日を無駄にしているというか…。
「勇くんが何を考えているかは分かりますよ。…でも、今あなたを助けられるほぼ唯一のパートナーですよ。」
「…。」
「今だけ、泣いても甘えてもいいですから。私を頼ってください。信じてください。」
「…。」
「彼らに復讐するのをやめるんですか?人を誘っておいて。まさか、勇くんはそんなことしませんよね。」
「…。」
俺が無言を貫いていると彼女は脅しを含めながら次々と力強い言葉、説得の言葉を紡ぎ、俺を前に進ませようとしてくる。
俺は悔しい、情けないなぁと思いながら静かに彼女に抱きつかれたまま目から水をこぼしてしまった…。