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貰って困る贈り物の話

--------------現在--------------


「貰って困る貰い物って、あるよね」


 いつになく、深刻な面持ちでエックスは言った。「たとえそれが善意でもさ」


「そうかな。善意でもらえるものなら何でも嬉しいよ、俺は」

「じゃあ知らない人から三億円入ったスーツケース貰って嬉しい?」


 公平は黙りこくってその状況を想像した。三億円を。見知らぬ人が。ポンとくれる。善意で、とのことだがこちらには相手の感情を知る術はない。仮に相手が笑顔の紳士だったとしても、その笑顔の裏には何の他意もなかったとしても、恐いかもしれない。何かトラブルに巻き込まれるような気がする。そもそも贈与税とか面倒くさそうだ。


「確かに困るかも」

「でしょ。そういうものをボクも貰ってしまったんだよ」

「三億円を?」

「三億円ではないけどさ」


 彼女は困ったようにため息をした。ともかく、エックスはその贈り物をどうするかで困っているらしい。


「なら、その贈り物を返せばいいんじゃない?」

「それが向こうもどうしても受け取ってほしいみたいでさ。『お願いだから受け取ってくださーい』って勢いなんだよねえ」


 「困った困った」と腕組しながらエックスはぼやく。

 こうなってくると気になるのはその贈り物の正体だ。一体エックスを困らせる贈り物とはなんだろうか。

 三億円だったらエックスは困らない気がする。巨人の魔女である彼女は人間のルールに縛られる生き物ではない。その気になれば全地球と一人で喧嘩できるのだ。知らない人から貰った三億円でトラブルが起きたとしても、三億円程度のスケールのトラブルであれば彼女は一人で解決できるはずである。

 つまり、もっととんでもないもの。或いはもっとしょうもないもののどちらかだ。


「じゃあ、結局誰から何を貰ったんだよ。それが分からないと、相談にも乗れないって」

「うーん……話すと長くなるんだけど……お昼のお話ね」


--------------5時間前--------------


 相沢一の目が、一つの予知をした。空を覆いつくすほどに巨大な円盤。直径8km以上もある、未確認飛行物体。円盤は、その底面から地上に向けて光を放つ。光は高層ビルも道行く人も、問答無用で溶かしていく。

 滅びの予知だ。相沢一だけが見ることのできる、五分以内に起こる人類滅亡の未来。荒唐無稽な光景だが、彼はそれを信用する。これは放置しておけば、絶対に起こる。相手の目的は侵略だろうか。少なくとも無差別で地球人を溶かして殺すことに躊躇はない、残虐性を秘めた侵略者である。

 相沢一は電話を取った。この災害を回避できる可能性のあるものに連絡をする。理不尽な暴力には、それを上回る圧倒的な暴力をぶつけるよりほかない。


--------------現在--------------


「えっ。ちょっと待って。そんな大事件あったの?今日?」

「あったっていうか。あるかもしれなかった。ある前にボクがやっつけたからさ」


 「それで」とエックスが話を進めようとするので、慌てて彼女を止める。もう贈り物の話はどうでもいい。


「それより謎の円盤の話の方が気になる」

「えー。大した話じゃないってば。かるーく捻り潰してやっただけだよ」


--------------5時間前--------------


 相沢からの連絡を受けて、エックスは地球を覆う形で、複数の魔力のフィールドを発動させた。円盤がこの魔力フィールドに入れば、その瞬間に相手の位置を特定し、撃退することが可能となる。

 1分後、何か巨大なものがエックスの作り出した魔力フィールドに突入。彼女はそれを件の円盤であると察知した。

 自宅の庭先で思い切りジャンプする。彼女の自宅と、その周囲の空間とでズレていたサイズの差異が修正されていき、完全に元の大きさへと戻って、地球の大気圏を脱出する。

 魔女は宇宙空間でも生身のまま突入して、活動可能である。泳ぐように宇宙空間を進んでいきながら、徐々に徐々にと身体を大きくしていった。円盤と遭遇した時、エックスの身体はその円盤を片手で握り潰してしまえるほどに巨大化していた。

 その巨体で円盤の前に立ちはだかる。


「ほらっ!あっち行けあっち!大人しく帰りなさい!」


 虫でも追い払うみたいに、「しっしっ」と手を振って円盤を追い返そうとする。彼女なりの温情だった。戦いになれば円盤サイドに勝ち目はない。それこそ虫を相手するみたいに、簡単に叩き潰せてしまう。予知ではどうだったか分からないが、現時点ではまだ彼らは何もしていない。地球に近づいてきただけだ。大人しく帰ってくれるのならば、それ以上追い詰めようとは思っていなかった。

 だが、円盤はエックスの期待とは真逆の反応を返してきたのだった。天面が開いたかと思うと、そこから三角柱が伸びてきて、エックスを向いている角から光線を発射したのだ。仮にだが、これが、相沢が予知した高層ビルを溶かす光線と同等のものだとして、相手がエックスでなければドロドロに溶けて死んでいただろう。それを分かって相手も攻撃してきているはずだ。


「なるほど。そういうことするのね」


 それならば、容赦する必要はない。

 いつまでも溶けない巨人の姿に焦っているのか、円盤はなおも光線を撃ち続ける。エックスは構わずに右手を挙げた。そうして、チョップを、光線を放つ三角柱目掛けて思いきり叩きこむ。彼女の手はあっさりと三角柱を叩き潰し、円盤を真っ二つに割って、爆破させた。

 慈悲を断ってきたのは相手方である。ならば相応の対応をするのみだ。機械天使の一件があって以降のエックスは、大切な世界を守るために、敵対者の命を奪うことを躊躇わない。


「ふうっ。おしまい、っと。さて、晩御飯の支度もあるし帰らないと……」


 と、地球へと戻ろうとしたその時である。彼女の周囲に、先ほどと同様の円盤が幾つも出現した。仲間がやられたのに気付いた侵略者たちは、ワープドライブを用いて、報復にきたのだろう。その数は100を優に超える。

 これらを放置しても結局地球が襲われるだけ。ふりかかるひのこがボヤになったように思えたが、こうなってしまってはとことんやるしかない。

 円盤たちはエックスの周囲360度を完全に包囲し、ほぼ同時に件の光線を放つ。もしかするとこれが唯一にして最強の兵装なのかもしれない。あらゆる物体を溶かしてしまう光線は、確かにそれだけで十分強力で、それ以外の用意など不要に思える装備かもしれない。

 そんな光線は、果たしてエックスに直撃した。光線同士が重なることで、威力が上がる。単独の光線とは比にならないほどの破壊力。


「けど、ボクには効かないんだよねー」


 相手がエックスでなければ。魔女が相手でなければ、この一撃で終わっていたことだろう。

 果たしてエックスは当然のごとく無傷であった。それどころか彼女の服すら傷つられていない。円盤たちを涼しい顔で嘲笑う余裕さえある。


「じゃあ、次はこっちの番ね」


 カッとエックスの身体が発光した。円盤の乗り手たちの視界が奪われる。光が収まった時には既に半数の反応が消失していた。生き残った者の意識も、次の瞬間には磨り潰されてしまう。

 エックスはただ手を振っただけだ。今の大きさから更に100倍にまで巨大化すれば、元々握り潰せるくらいの大きさだった円盤は、相対的に塵の大きさにまで縮んだことになる。手を振るだけで十分なのだ。

 100機以上の円盤を、二回手を振り回しただけで全滅させたエックスは、今度こそ地球に戻ろうとした。そんな彼女の前に、再びワープドライブしてくるものがある。母艦と呼ぶにふさわしい、今のエックスにも匹敵する大きさの円盤だった。


「……これキリがないな?」


--------------現在--------------


「ちょ、ちょっと待って」

「ん?」

「これなんの話だっけ」

「貰って困る贈り物の話」

「いつ出てくるんだよ、贈り物が」

「だから大した話じゃないから割愛しようと思ったんだ」


 言わんこっちゃないとエックスは呟いた。


「もうすぐだからちょっと待ってて。結局母艦も壊して、中にいた操縦士を一人捕まえたんだけど……」


--------------5時間前--------------


 捕まえた乗員はヒトの形をしていた。大きさは50m弱。一般的な魔女の半分くらいの大きさだ。それが今、エックスの魔法で死なないようにしながら彼女の目の前に浮かべられて、捕らえられている。現在のエックスは10万キロメートルに近いサイズ。50mしかない人間など、それこそ塵だ。いつでも潰せる状態である


「貴方の星に案内しなさい」


 乗員は何か分からない言葉で喚いた。魔法を帯びた言葉なので意味は通るはずである。「嫌だ」とか「断る」とか言っているのだろう。エックスは「じゃあいいよ」と言いながら、その目の前に人差し指を近付ける。要求を呑まないのであれば、生かしておく必要はない。

 脅しのつもりではなかった。本当に潰すつもりだったからだ。だが乗員が先ほどまでとは異なる雰囲気で騒ぎだしたので、その手を止めてあげることにした。


「案内するの?嘘言っても分かるんだからね」


 乗員は手を挙げて左右に振った。これが肯定を表すジェスチャーなのだろうなとエックスは判断した。


--------------現在--------------


「で、連中の母星に行ったんだけど。どうも彼ら侵略で星を奪うことを良しとする文化らしくてさ」


 より強い種が支配するのであれば、その星はより良くなると信じているのである。その考え方で彼らは既に億を超える星を自分たちのモノにしていた。


「で、今回ボクに負けちゃったわけでさ。連中の星と連中が侵略した億以上の数の星の主権が今ボクのところにあるんだよねー」


 公平はエックスの話を聞きながら数回瞬きをした。嘘を言っている雰囲気ではない。どうもこの話は本当に、ほんの5時間前にあったことらしい。


「いらないって言って返したいんだけど、どうしても貰ってくれって言うし……。これどうしようか?」


 まるで姑が、誰も食べない食べ物をプレゼントしてきたみたいなテンションでエックスは言う。億を超える数の星の主権の所在について、公平が言えることは何もない。何もないが、彼女は何か言葉を期待している。


「……まあいいんじゃない。貰えるものは貰っておけば。損はないだろ」


 こんなことくらいしか、言えることなんてないのだ。

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