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エックスちゃんの非日常的な日常①

本編(https://ncode.syosetu.com/n3100gk/)最新話の先の内容を含みます。

 ベッドに飛び込んで。枕に頬ずりをして。無意識ににやけながらエックスは呟いた。


「えへへ。公平とボクの家だあ……」


 ただの家ではない。人間世界で建てられた一軒家である。二階建て。部屋数は一階に四部屋、二階に三部屋。当然キッチンもお風呂もエックスは使わないがトイレだって付いている。遂に彼女は公平と一緒に人間世界で暮らせることになったのだ。

 正直迷いはあった。本格的に人間世界へ居城を移すとなれば、ここが異連鎖の敵に狙われる可能性も高くなる。必然的に大事な人たちに降りかかる危険は大きくなるのだ。だが最終的にはエックスの欲が勝った。心配事はあるけれど、それよりもみんなのいる世界で公平と一緒に生活したい気持ちの方が強かったのだ。

 そっと右手を開いて、握りこんでいた公平に微笑む。そうして左の人差し指でからかうようにつんつんと突っつく。


「やったね公平!これでキミも一国一城の主だっ!」

「いやいやいやいや。この家は俺じゃなくてエックスがもらったもんだし」


 襲い来る巨大な人差し指を払いのけようと公平は足掻く。その微かな抵抗は一層エックスの悪戯心を刺激した。彼の抵抗を無理やり捻じ伏せて、右手に押し付ける。


「なに言ってるのさ。この家はボクたち夫婦のものなんだから。つまりは公平のものでもあるんだよ」

「苦しい苦しい!分かった分かった!」


 エックスは意地悪な笑みを浮かべつつ、指先は構えたままで公平から離す。いつでもぐりぐりしてやるぞと言っているみたいだった。


「……ったく。いつまでも嬉しいんだな。悪いことじゃないけどさ」


 既に引っ越して来てから一週間経っている。ここ最近、エックスは毎日にこにこだった。家を貰えたこと、ひいては人間世界の住人に自分の存在を受け入れてもらえたことが嬉しくて仕方ないのだ。だから意味もなく部屋のあちこちを歩き回ったり、ベッドに飛び込んでは掛け布団を抱きしめて身もだえしたりしていた。

 その一方で。エックスはああ言ったけれど公平の方はここが自分の家であるという感覚がまだ薄かった。理由は簡単。何もかもが魔女のサイズほどに巨大だからだ。

 この家で人間サイズなのは公平しか使わないトイレと、一階に在る彼専用の部屋だけである。よって公平の感覚としては今までと同じで、エックスの住む家に間借りさせてもらっているといったものだった。自分の持ち家であるという感覚は薄い。


「あっと。いけない。そろそろ学校行かないと」

「え。もうそんな時間?むう……もうちょっと遊びたかったなあ」

「まあまあ。終わったらすぐ帰ってくるからさ。じゃあ行ってくるから」


 そう言って公平はベッドから飛び降りて自室に戻り、学校へ行く準備をした。数キロはある長い廊下を魔力で強化した身体で一気に駆け抜けて玄関へ。土間と家の中とを分ける高い段差を飛び降りる。

 靴を履いてからまた少し走る。遥か高く、エックスの手元の位置にドアノブがついている扉にまで。そこに手を当てて魔力を流す。自動的にドアノブが動いて、扉が開いた。

 外に出てから後ろを振り返る。自分の手元に在るドアノブを持って扉を閉める。そうして今しがた自分が出てきた家を改めて見上げてみた。


「……変な感じだ。外から見たら普通の家なのに。これ全然慣れないな」


 公平の言う通り外観はただの一軒家である。実際これはただの一軒家として建てられた家だった。しかし完成後にエックスが家に魔法をかけたのである。それにより内部が空間的に拡張されて魔女用のサイズにまで巨大化され、見た目は普通の一軒家なのに入った途端に巨人の住処に変わるという恐怖の家に変貌したのである。


--------------〇--------------


 かちゃかちゃかちゃかちゃ。鍵穴をこじ開けようと専用の工具でいじくり回す。このタイプの鍵は開けたことがあるからと自信を持ってピッキングを始めたのだが、どうにも上手くいかない。


「いやあ、物騒な世の中ですねえ。この辺で婦女暴行殺人事件があったらしいっすよ。隣の県でも先月だけで二件あったらしいですし。恐ろしいっすねえ先輩」

「うるさいなあ。今集中してんだからよお。黙って見張りをしててくれよ」

「うっす」


 『先輩』と呼ばれた男は久長という。久長は泥棒を生業としていた。自称プロの泥棒である。これまでに忍び込んだ家の件数は優に五十を超える。盗んだ金額を全部足し合わせたら500万円前後だ。


「頼むぜえ。家主の女が戻ってくるまであと一時間しかないんだ。11時半に出て行って戻ってくるのが13時。今はもう12時。時間がねえ。集中させてくれよ」

「はいっす。それにしてもあの女の子可愛かったっすよねえ。外人さんかな。せっかくだし留守中じゃなくて、家に居る時に入って、いいことしたかったっすねえ」

「ヨッシー……。そりゃあ捕まる奴のやることだ。プロの仕事じゃねえよ。金だけ貰って帰っていく。それがプロなんだよ」


 家の前でスマホを弄りながら久長の叱責を受けている男は、彼の高校時代の後輩である。名は吉岡。久長にはヨッシーという愛称で呼ばれている。

 吉岡は不景気で仕事がないので困っているらしかった。かつての後輩。見捨てることも出来ず、久長は彼を仲間にした。一緒に仕事をするのは今回が初めてである。だからピッキングが終わるまでの見張り役をさせることにした。自称プロである久長は一分未満で鍵を開ける自信があった。故に本来なら見張りは不要なはずで、やるとしても簡単にすむ仕事になるはずだった。


「まさか三十分もかかるとはよ……」


 焦る久長とは対照的に、吉岡はあまり緊張感はない様子で、へらへら笑いながらスマホに目を落としていた。先輩の面目丸つぶれである。なんだか悔しくて、先輩として泥棒家業に役立つことでも教えてやろうかと思いついた。


「いいかヨッシーよお。どこかの小説に書いてあったんだけどな。泥棒を続けるコツは取り過ぎないことらしいんだよ。五万とか十万くらいなら警察呼ぶのも面倒だしってことで見逃してもらえる可能性もあるらしいからよ。まあ眉唾だと思うけど、俺はその手法で一回だって掴まってねえ。ヨッシーもそんな風にやれば安全に稼げるぜ」

「勉強になるっす。先輩」

「おお。大いに学べ。……くっそ。開かねえな」

「大丈夫っすか。俺やりますよ」


 そう言うと吉岡は久長の器具を奪い取り鍵穴に向かい合った。


「ばか。素人が簡単に……」

「あ、開きました」

「マジか。才能あるんじゃねえか?お前と組んだの正解だったかも」

「いいから行きましょう。先輩」

「おう」


 と、一緒に家の中に侵入する。その瞬間、目の前に広がった光景に二人は目を丸くした。


「……え」

「なんすかこれ」


 天井が高い。見上げる程に高い。高層ビルでも一個置けるのではないかと思えるくらいに高い。

 目の前にはヘンテコな形の巨大なオブジェが鎮座していた。それはよくよく見ると女性ものの靴であって、靴のその奥には見上げる程の高い壁しかなかった。


「お、おかしいですよ先輩」

「あ、ああ。ここは一旦退却……。あれ!?」


 振り返っても扉はない。正確には扉はあるのだが、それを開けるためのドアノブが数十メートル上方にくっついていて、とてもじゃないが手が届かない。


「こ、これじゃあまるで俺たちが小さくなったような……」

「どうするんすか先輩!?」

「ど、どうするって」


 かちゃ。音がした。咄嗟に久長と吉岡は音がした扉を見上げる。ドアノブが捻られているが、扉は開かない。


「あれー?ボク鍵かけたっけ?」

「俺が閉めたからだ……」


 もう一度、かちゃと音がする。その意味は分かる。鍵が開いたのだ。となれば次は扉が開くということ。


「……チャンスは今しかないなヨッシー。こんだけ小さいんだ。俺たちのことなんて気付くもんか。開いた瞬間に逃げるぞ」

「は、はい」

「~♪」


 外で家主の女がドアノブを改めて捻って、手を引いて扉を開ける。ここだ。危険はあるが今この瞬間以外に逃げるチャンスはない。久長と吉岡は同時に駆けだす。


「はいそこ」


 ずうん。目の前に靴が踏み下ろされる。二人はそれに激突して、その場で尻もちついた。

 慌てる不審者の様子を見て、家主の女──エックスはくすっと笑った。まさか忘れ物を取りに帰ったらこんな面白そうなイベントが待っているなんて。そう思いながら腰を落とし、手を近付けて、逃げようとする二人をひょいっと摘まみあげる。手の上に載せて顔を近付け、大きな緋色の瞳を一層大きくさせて、彼らをまじまじと観察する。


「やっぱり知らない人だなあ。どちら様?もしかして泥棒?」

「ち、ちが……」

「あ。もしかして大家さんの代わり?勝手に部屋を改造して怒っちゃった!?」

「そ、そう!大家の代理!勝手にこんなことをして……」

「ばーか。この家はボクの持ち家だから大家なんていないよーだ」


 エックスはけらけらと泥棒たちを嘲る。吉岡が拳を握り締め、自分をバカにする巨人を睨み口を開いた。


「このアマぶっ殺す……!」

「え?殺す?誰が?誰を?まさかキミがボクを?あはははは!出来るわけないじゃーん!」

「このっ……!」

「お、おいヨッシー落ち着けって」

「うるせえ!大体お前のせいでこうなったんだろ!」


 吉岡が久長を殴る。


「うげっ!?」

「お前のせいだ……お前の……」

「お、おいヨ……」


 馬乗りになって久長の首を絞める。どうしてこうなっているのか。何故後輩に殺されかけているのか。何一つ分からないまま久長の意識が薄れていく。

 一部始終を見ていたエックスにも意味が分からなかった。ちょっと煽りすぎたのかもしれない。反省しつつもそれはそれとしてやっぱりどうしてこうなるのか理解できなかった。取り敢えずここで泥棒の片割れに死なれたら困るので。


「えいっ」


 軽く手を握り締めた。手を開けば二人とも気絶していた。これで取り敢えず殺し殺されという事態は発生しないはずだ。


「さて、と。忘れ物忘れ物」


 玄関から家に上がる。忘れ物のスマートフォンはベッドの上に転がっていた。エックスはそれを手に取って、110に電話をかける。 


--------------〇--------------


「なるほど。すると久長。お前はあの吉岡と組んだのは今回が初めてで、アイツがやった他の事件には関与してないと」

「あの……刑事さん。あの、もう一回確認したいんですけど」


 久長が顔を手で覆い、刑事から言われたことを整理して、改めて口を開く。


「マジでその。ヨッシーが婦女暴行殺人事件の犯人?っすか?先月、隣の県であった二つもアイツの仕業?」

「おん。あんまり言っちゃダメなんだけどな。吉岡の犯行。証拠もある。指名手配にもなってたろ?」

「自分、あんまり交番とかそういう所には近づかないんで……」

「まあお前は事件の日にアリバイがあったから、そっちは違うってすぐ分かったけどよ」

「……っはー?」


 吉岡の手口はこうだ。

 ピッキングで鍵をこじ開けて侵入。中にいる女性に性的な暴行を加え、最後には首を絞めて殺害。金目のものがあればついでに盗んでいく。

 こんなことを吉岡は分かっているだけでも三回行っていた。他に彼の犯行と思われる事件も数件あると刑事は言った。

 全てを聞き終えた久長は天井を見上げた。そうして一言呟く。


「こっわ……」


 そりゃあピッキングも上手いわけだよ。

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