巨大娘的悪戯 その①『寝たふり』
「……んう」
薄く瞼を開いて、朝が来たことを認識する。一度欠伸をして瞼を擦る。ベッドから身体を起こしたエックスは枕元で熟睡している小さな公平をジッと見つめて、それから時計を見た。午前6時。今日は土曜日。お休みだ。
なんだか愉快な夢を見ていた。夢の中で自分は大学生になっていて。人間であって。公平と一緒に勉強をする学生だった。一緒に数学の勉強をして、一緒にご飯を食べて、講義の後は一緒にスーパー小枝で買い物をして。公平と一緒に住んでいるアパートに帰って。ご飯を作ってあげて。そんな、普通の恋人としての二人の姿を夢見てしまった。
「……ふふっ」
今の現実が不満なわけではない。今は今で、これはこれで楽しいのだ。2mほどの身長もない小さな公平と身長100mである大きな自分の同棲生活。アンバランスで色々な意味で危険な関係である。だがこの関係だからこそ、他の恋人では出来ない遊びが出来るのも楽しみもある。
ただ。あの夢が心地いいものであったのも本当のことだった。エックスは再びベッドに横になって、布団に包まる。どうせ今日は用事もないのだから、二度寝してしまおう。堕落してしまおう。もう一度あの夢を見たいのだ。
枕の上ですうすう寝息をたてている小さな姿を暫く見つめ、それから悪戯っぽく微笑んで、頬っぺたを彼の上に載せ、すりすりと頬ずりしてみる。小さくうなされる声が聞こえてきて、少しだけ可笑しくなった。
「……よし。このまま寝ちゃえ」
魔法で公平を守ってやり潰れないようにした上で目を閉じる。枕の下に物を入れると、それにまつわる夢が見られるという。今は枕の下よりもずっと近い位置に公平がいる。だからきっと、彼の夢が見れるはずだ。そんなことを思いながら、目を閉じる。
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「ううん……。えっ?」
目を覚ました公平は、自分がエックスの頬の下敷きになっていることに気付いた。つけものになって重たい漬物石の下敷きになる夢を見ていたと思ったらこういうわけかと納得する。分かってしまえばこっちのものだ。魔法で脱出をしようと試みる。
「……おや?」
だが出来ない。何故なら魔法が発動しない。どうして。公平は不思議に思った。
原因はエックスが二度寝する際に、『公平の夢を見たい』と思った事である。その為に彼を頬っぺたの下敷きにするという遊びを決行していたのだが、そのせいで『公平の夢を見るために公平が離れては困る』と心の何処かで思ってしまっていた。それが無意識のうちに公平の魔法や魔力による肉体強化の発動を阻害しているのであった。
しかしそんなことを公平が知る由はない。脱出できないことを理解した公平は途端に焦りだした。
「や、やばいって……。エックスに起きてもらわなきゃずっとこのまま?え、エックス!?エックス起きてくれえ!」
「ううん……?」
「起きたか!?起きたのか!?」
「…………ふふ。そんなに食べられないってばあ」
「寝言かよチクショウ!」
どうにか脱出しようと全身の力でもって抜け出そうとする。しかしエックスの頭は圧倒的に巨大で、重い。彼女に守られているから潰れていないし痛くもないだけだ。それだけの重量が彼にはかかっているのである。脱出など、出来るはずもなかった。
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エックス起きてくれえ!
夢の中で公平の声を聞いた彼女は目を覚ましていた。
「ううん……?」
何を公平は騒いでいるのだろう。疑問に思いながら状況を確認し、すぐに把握する。
(ああそういうこと。ボクが無意識に使ってた力のせいで魔法も魔力も使えなくなって逃げられないのか)
「起きたか!?起きたのか!?」
(ふうん……。そっかあ……)
その頬っぺたの下敷きになっているだけなのに逃げられずに困っているという状況が。エックスには可笑しくてなんだか胸の奥がくすぐったくなって。だから。
「…………ふふ。もう食べられないよお」
「寝言かよチクショウ!」
イジワルすることにした。このまま頬っぺたの下敷きにして遊んでやれと。こういう遊びが出来るから、この関係が楽しいのだ。こんな遊びは、普通のカップルには絶対に出来ない。
「く……この……」
公平が必死に腹ばいをして脱出しようとしている。腕を前に出し、引き寄せる力で少しでも前に進もうとしている。しかし現実は無情である。彼の身体はエックスの頬の下から1ミリも進むことはなかった。あまりに非力で小さくて。
(ああ……。可愛いなあ……)
頑張っている公平はかっこよくて大好きだ。でもこうして無駄な努力をしている公平も可哀想で可愛くて大好きなのだ。とどのつまりエックスは公平のことが大好きなのだが、一方で今のように公平にイジワルをするのが大好きな自分はどこか歪んでいるのかなと思ってしまう。
(うーん。それもなんだかなあ。……仕方ない。少し緩めてあげますか)
わざとらしく『ううん』と寝言を言いながら、少しだけ顔を浮かせてやる。眠っている際の生理現象として自然に起こったことのフリをする。
「よ、よし!今なら……!」
(さあていけるかなあ?)
顔を浮かせたと言っても本当にほんのちょっとだ。辛うじて彼の身体にかかる力が弱くなったというだけの話である。それでも公平は日々、エックスに鍛えられている男だ。彼の身体が腹ばいで芋虫のように進んでいき、少しずつ少しずつ彼女の頬から抜け出していくのが分かった。
「よし……。よし……!これ、で……!」
(……うーん)
彼の肉体的成長は喜ばしいことである。今後魔女や聖女と戦うことになった際の生存確率が上がったということだ。肉体が鍛えられていくとはそういう意味である。
ただ──。
(……うん。やっぱちょっと面白くないな)
「よし、抜け……!」
(だーめっ)
笑いを堪えながら頭をころんと転がす。突然襲ってきた津波や雪崩のように、エックスの唇がぐあっと襲い掛かって、公平を下敷きにした。
(……ふふっ。キスしちゃったあ)
などと思いながら、エックスはふんわりとした唇が受ける抵抗を楽しんでいる。一方で公平の状況は数秒前より悪くなっていた。頬の下敷きになっている時はまだ腕が使えた。まだ辛うじて脱出が望めた。だが今は全身がエックスの唇の下敷きである。出来ることと言えば彼女の唇を叩いてどうにか起きてもらおうとすることだけ。既に目を覚ましているエックスにとっては、その弱々しい刺激はただ心を悦ばせるだけである。
(もっと)
そっと唇を開けて、口内から舌を伸ばして、公平の顔をぺろんと舐めてみる。
「よ、よせっ。俺は食べ物じゃない!」
(うん。知ってる)
心の中でくすくす笑いながら、舌先で何度か彼を舐めてやって、最後には下で拾い上げて口の中へと招き入れた。『うわー』という悲鳴が口の中で響いていて、なんだか面白い。
(さて)
ここでエックスは身体を起こした。思い切り背伸びをして、ベッドから飛び出る。そうしてまずはお風呂場に行き、バスタブに湯船を張り、お風呂の用意をする。この後公平を口から出すことになる。その時彼の身体はエックスの唾液でべとべとだ。
(流石にお風呂に入れてあげなきゃ可哀想だよねー)
そんなことを考えている間も彼女の舌は口の中で公平を弄んでいた。頬の内側に押し付けてみたり、歯の上に載せてみたり。
お風呂の用意が出来たら続けて台所へと向かう。朝食の用意である。公平の実家から送ってもらったお米を研ぎ、同時進行で煮干しをお湯に入れて沸騰させて、だし汁の準備をする。そうこうしているうちに口の中の公平が騒ぎ出した。
「おーいっ!エックス、お前!本当はもう起きてるな!」
「えー?ボクまだ寝てるよー?」
「やっぱり起きてるじゃないか!あとで覚えてろよー!?」
「きゃあ恐い。なら……こうだっ!」
「うわあっ!?やめろっ!」
くすっとエックスは小さく笑って、お味噌汁用のネギを刻んでいくのであった。