遊び
「ふーん……。ボランティアねえ……」
玄関ポストの入っていた紙。町内のボランティアで行われる清掃活動の案内文書。エックスは魔法で大きくしたそれを読みながらリビングに戻る。一週間後に行われるというそれをエックスは読み込んだ。
内容としては、周辺の草刈りと側溝の掃除、それからゴミ拾いらしい。「ふうん」と言いながらエックスはチラシを折り始めた。
「あれ。それいらないのか。もしかして行かないの」
「行かない」
近隣の住人から受けたデモ運動をエックスは根に持っていた。あの一件は彼女の魔法によって無かったことになったけれど、エックスの心の中からは消えていない。
だから町内のボランティアになんか参加するつもりはなかった。普段から無償で世界を守っているのだ。これだってボランティアである。町内のボランティアに参加しなくても許されるだけのことはしている、と自分に言い聞かせた。みみっちいことを言っている自覚は、ある。
「何だったら税金だって免除されてもいいくらいの活躍だと思うんだけどなあ」
「税金ってなんだよ」
「こっちの話……。よしっ。出来た」
言うとエックスは公平を摘まみ上げた。「うわっ」と抵抗する彼を問答無用で紙ヒコーキに乗せて「えーいっ」とはしゃぎながら飛ばす。
紙ヒコーキは公平が暴れるせいで揺れながら緩やかに落ちていき、最終的に箪笥に激突して、墜落する。咄嗟に公平は魔法で身体を強化して、無事に着地する。
「び、びっくりした……」
「おーっ。これ結構面白いかも」
どすんどすんと足を立てながら近付いてくるエックスを睨みながら「面白くないっ!」と公平は怒る。
「人のことなんだと思ってんだ!」
「えー?玩具?」
「怒るよ!?」
「ごめんごめん」
悪びれた様子もなく、エックスは公平と紙ヒコーキを拾う。それから両者を順番に見比べて、「あのさ」と口を開いた。
「なに?」
「ダーツの的みたいなものを作ってさ。真ん中に公平を」
「やだよ!」
「それでこのヒコーキを飛ばして命中したら」
「やだって!紙ヒコーキじゃなくてもっと他にやることあるだろ!」
「えー……だってなー。今って面白い映画もやってないしー。ゲームは大体クリアしちゃったしー」
言いながらちらちらと、エックスは指先に摘まんだ公平に視線を送る。何かを期待している目だ。仕方ないかと公平は諦める。
「分かったよ、付き合うよ。どうせ今日は休みだし。その代わり安全な遊びにしてな」
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「安全な遊びにしてくれって言ったのになあ……」
苦笑いしつつ、『箱庭』のビルの窓から外を見た。巨人の女が作り物の街を闊歩している。巨大なハイヒールが魔法で作られた人形たちを踏み躙る。自動操縦の兵器たちによる攻撃を物ともしない。
「……あれを倒せばゲームクリア?」
「うん!協力プレーでやっつけよう!」
人間サイズに縮んだエックスが朗らかに言った。
『箱庭』の街を進む巨人もエックスの魔法による人形。今回はそれをエックスと協力してやっつけるという趣向の遊びであった。エックスが敵役をすると、魔力探知のせいで公平の居場所が分かってしまい、面白くない。特訓ならばともかく、今回はただの遊び。そういうわけでこういう形式となった。
万全の状態では簡単に倒せてしまうので、使える魔法に制限を入れたり、エックスが魔女サイズに戻らなかったりなどの制約を加えている。
「……ところであの人、どっかで見たことあるような」
「あ……やっぱ覚えてないな。公平が見惚れてた人でしょうが」
「……えっ!?」
エックスがジトっとした目でこちらを見つめている。何かを訴えてくるような目だ。慌てて公平は巨人の姿を再度確認し、「あっ」と思い出した。
長いブロンドをした碧眼の女性。風邪をひくのではないかと思ってしまいそうな、露出の多い服。思わず目を奪われてしまうような体つき。
連休中にエックスとご飯を食べに出かけた時に見かけた女性である。ドキッとしてしまう恰好をした美人だったので、つい目が行ってしまったのを今になって思い出した。
公平は恐る恐るエックスに振り返る。相変わらずおっかない目で彼女は公平を見つめている。
「は、ははは……。あの人見かけたの何か月か前じゃなかったっけ……?」
「何か月前だろうが一年前だろうが百年前だろうが、ボクは忘れないからね」
「ははは……。ごめんなさい……」
「許してほしかったら一緒にやっつけるよ?」
「あ、うん……」
嫉妬深く悪趣味だ。するつもりはないが、間違っても浮気なんてできないなと公平は改めて認識する。何か魔が差して不貞を働き、それがもしも彼女に気付かれたら、どんな目に遭うか分かったものじゃない。
「さてどうやって攻略するかな……」
エックスが呟く。張り付いた笑顔で人や戦車を踏み潰し、戦闘機を墜とすその姿を観察している。
「公平ならどうやって攻める?」
「……そうだなあ。……取り敢えずハイヒールの踵でも折ってみるかな。運が良ければ転ぶかも」
「なるほど……。よしっ。それで行こう!」
言うや否や、エックスは公平の手を引いて窓から飛び降りる。
落下しながら、エックスは魔法で巨人に攻撃を当てて、意識を自分に向ける。
「今だ!行ってこい公平!」
「うわあっ!?」
同時に公平を巨人の足元に向けて放り投げる。エックスの意図を察した公平は、体勢を立て直して、『裁きの剣』を発動させた。
巨人の目はエックスに向けられている。着地した彼女を踏み潰そうと右足を上げた。
「今だ!」
左足のハイヒールの踵を、『裁きの剣』が切断する。バランスを失った巨人は、そのまま後ろに倒れていく。巻き添えを喰らわないようにと公平は巨人から距離を取った。
ずずんと音を立てて巨人が尻餅をつく。そのタイミングでエックスが跳躍して、巨人の胸元に着地をし、『裁きの剣』を構える。
「ふふふ……とどめだ……!」
そう言いながら、エックスは剣を掲げる。
そこに、雷が落ちた。『きゃあっ』という悲鳴。爆音が響いて、酷く眩しい光が公平の視界を完全に奪う。
「な、なんだ……。なんで雷が『箱庭』に……?」
雷光に眩んだ視界が回復した時、エックスは元の魔女の大きさとなって、人形の上で仰向けに倒れていた。
「は……。おいおい制約はどうし……」
そこまで言ってからもっとおかしなことに気付く。エックスの身体がまだ大きくなり続けている。その勢いも徐々に早くなっていった。咄嗟に公平はエックスの顔の上に飛び乗った。彼女に声をかけなくてはいけないし、それに今一番安全なのは彼女の身体の上である。
「エックス!どうしたんだよ!」
「ううん……」
「え?」
ゆっくりと開く巨大な瞳を見つめて、「気絶してたのか」と公平は呟く。言いながらあり得ないとも思ってしまう。ただの雷でエックスが気絶するほどのダメージを受けるわけがないのだ。
「はっ!」
完全に覚醒したエックスはいきなり身体を起こした。落ちそうになった公平は、咄嗟に彼女の下まつ毛を掴む。
「な、なんだ!?なんでボクこんなに大きく……!?」
この時点でエックスの身体は10kmを超える大きさにまで巨大化していた。既に人形は彼女によって無意識に潰されている。『箱庭』も同様。彼女の腕や脚や臀部の下敷きになっていた。
そして巨大化は未だに収まっていない。もうすぐに『箱庭』全部を呑み込んでしまうことが想像できた。
その瞬間、エックスの頭の中で浮かんだのは公平のことである。今彼はどこにいるのか。まさか自分の身体で潰してはいないだろうか。
「公平……。公平どこ!?」
「ここ!ここだよ!」
「え?」
ぎょろっと巨大な瞳が声のする方に目を向ける。
だが、あまりに巨大になった彼女は下まつ毛にしがみつく公平のことを視認できない。代わりに魔力探知にて公平の存在を確認し、ほっと胸を撫でおろした。
「これ一体どうなって……」
「縮小魔法が壊れた。そのせいで元の大きさに戻りかけてる」
「……いや、もう元の大きさぶっちぎってるだろ!?」
「……とにかく!公平は先に戻ってて!ボクは魔法を直してから帰るから!」
「いやエックスだけ置いていくわけには……」
「ああもうっ!言うこと聞く!」
そう言うと、エックスは人差し指で軽く公平を撫でて、まつ毛から落とした。突然のことに困惑しながら落下する公平に軽く息を吹きかけて吹き飛ばすと、移動魔法で作った空間の裂け目の中へと放り込んで、家にまで帰す。
「……これで良し、と」
エックスはその場に寝転がる。まだまだ身体は大きくなる。もうすぐに『箱庭』の領域を超えてしまって『箱庭』を突き破りながら世界の外側に身を預けることになる。
「まあ仕方ないや。そこまで行ったら魔法を直して帰ろ……」
これが『箱庭』での出来事でよかったとエックスは思う。もしも人間世界だったら、元の大きさに戻りながら大好きな街も人も全部を磨り潰して、宇宙ごと破壊してしまうところだ。
「うーん……公平にボクのホントの身長バレたかな……」
ランク100になってからのエックスの本当の身長は100mではない。それでは桁が幾つも足りないし、m単位では表記も煩雑になってしまう。光年の単位を使った方がまだすっきり表記できる。勿論比較的というだけで、それでも十分に長ったらしいのだが。
「……まあいいさ。いずれバレることでしょ」
エックスは目を閉じて巨大化が収まるのを待つことにする。
瞼の下の暗闇の中で、あの雷を落とした者が何者なのかを考えてみる。




