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1日目

 茶髪のポニーテールを軽やかに揺らしながら、少女は鼻歌交じりに通学路を歩いていた。短く折ったスカートにお気に入りの赤いスニーカーを履いて、お目当ての後ろ姿を探す。


 モサッとした黒髪の、少し猫背気味で気だるそうに歩くその少年を見つけると、少女の口角はあがった。勢い良く走り出し、タックルさながらの力強さで少年の背中にしがみつく。



「おーはーよっ!!」



 ドンッ!と背中に力強いタックルを食らった少年はうぐっ、と蛙が潰れたような声を出し背中越しに少女を睨む。



「…痛い…」



 少年の背中越しの睨みを、少女はにひひっと笑って誤魔化す。ごめんって〜、と笑いながら少年の隣に回り込むとさり気なく腕を組もうと手を回した。



「そんなに痛かった?優弥(ゆうや)


「痛かった。そんでさり気なく腕組もうとしないで」



 優弥、と呼ばれた少年は慣れたように少女を冷たく見下ろし腕を振りほどく。



「や〜だぁあ」



 少女は振りほどかせまいと必死に優弥の腕にしがみつく。



桜雪(さゆ)



 優弥が凍えるような声で呟くと、桜雪はちぇっと軽く舌打ちをして渋々腕を離す。桜雪は納得の行かなさそうな顔をして頭の後ろで腕を組みながら優弥の隣を歩いた。



「今日も相変わらず冷たいね〜優弥く〜ん」


「煩い」



 こわ〜い、と桜雪はおちゃらけて笑う。毎朝行われる、この他愛のない会話が桜雪は大好きだった。…毎朝優弥の冷たさは変わらないけれど。



 …突然目先のビルの屋上からガチャガチャンッと金属音が響く。その音に敏感に反応した桜雪は思わず歩を止めた。目の前の優弥は、桜雪が隣にいないことなど気にも留めていない様子で前に進む。



「ゆ、」



 ビルの屋上から鈍い音をたてながらゆっくりと落下する鉄の塊。それに続いて慌てたように青褪めた顔を覗かせる男性。その落下地点にゆっくりと、確実に歩みを進める優弥。


 きっと本来なら数秒で終わる出来事が、まるで見せつけるように何分、何十分とも感じられる長さで最悪の結果へと向かっていく。



「…優弥!」



 吐き気がする程の既視感の中で最後に絞り出した叫び声は今日も君には届かない。…やめて、やめてくれ。とさっ、と鞄が地面に落ちた音を合図に、弾かれたように走り出す。



「優弥ぁあっ!!!」


「え、」



 桜雪の声に反応したのか、振り返るように上を見上げた優弥の顔面に、鉄の塊がゆっくりと撫でるように触れる。…刹那、鈍く響く生々しい嫌な音と共に優弥の姿は消えた。そこにあるのは、響いた金属音と鉄の塊だけ。遅れて赤黒い液体が、ゆっくりと流れ出す。


 …周りが何か喚いている。日本語であるのはわかるのに、その意味を理解するのをまるで脳が拒否しているかのようだった。


 心臓の音が、警告を鳴らすように耳に響く。息ができない。まるで全ての血液が抜かれたかのように急速に冷えていく身体をなんとか動かし、目の前のソレに向かって歩く。


 ひゅっ、と息の仕方を忘れたような呼吸音が桜雪の喉から出る。桜雪の目に映ったのは、愛しい人の腕だった。桜雪は膝から崩れ落ちるように液体の中に座り込むと、ダランと投げ出された腕を愛おしげに握る。


 嗚呼、今日も私は貴方の死体処理係なのか。


 震える腕をなんとか抑えつけ、乾いた指に力を込めて擦り音を出す。パチンッと軽快な音が鳴ると同時に、ぐわっと身体から魂が抜かれるような感覚に陥った。何度体験しても慣れない不快感に、思わず目を瞑り吐き気に耐える。


 駄目だ、どうにも意識が飛びそうになる…。




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