第2話 理由
推敲していたら日付が変わってしまった件について。
「爺ちゃん、ただいま~」
俺は広い玄関で靴を脱ぎながら、奥まで声が届くように言う。
ここは、爺ちゃん兼俺の家で、入り口には立派な門構えがあり、そこにデカデカと『加賀崎道場』と文字が掘ってある木の板が掲げてある。
道場と住まいが一体型になった木造の平屋でかなり広く、門構えを抜けると庭があり、そこを抜けて初めて玄関にたどり着く。
街中から若干外れた山の麓にあるので、秋になると周りの山が紅葉し、それはそれは素晴らしい景色になるのだが、そのことはさておき。
「...返事がないな。門下生でも来てるのか?」
俺が昼間に帰ってきた時、挨拶をして爺ちゃんからの返事がないという事は、門下生が来ているときか、買いものに行ったときぐらいだ。
それ以外は絶対に、爺ちゃんが道場のどこにいようが返事をしてくれる。
爺ちゃんはここの道場の師範を務めている。
爺ちゃんは、そこの界隈だと何かと有名な人らしく、人数は少ないものの結構な大御所の人が来ることもあるらしい。
だから、門下生が来ることも珍しくはない。
うちの道場は門下生が住み込みで師範と一緒に修行する、というようなものではなく、定期的に稽古したい人が来る、塾のような方式になっている。
そして、大御所の門下生がいるためなのか、爺ちゃんがそういう方針なのかは知らないが、一人一人に教えていくマンツーマンで、そもそもの門下生の生徒数が大人数ではなく、少数精鋭の形をとっている。
その数少ない門下生からは「加賀崎先生」、もしくは下の名前で「道山先生」なんて呼ばれていたりもする。かくいう俺も門下生の一人ではあるが。
ここで教えているのは、纏龍剣術と言われる一種の剣術と、基礎的な身体を鍛える鍛錬術の二種類がある。
鍛錬術は言わずもがな名前の通りだが、纏龍剣術とは龍の形をしたオーラを身に纏い、もしくは刀に纏わせ、攻撃や防御に使用する一種の「技」だ。
そして、専ら教えているのは鍛錬術の方で、纏龍剣術は滅多に教えない。というか「人に教えたことがない」と爺ちゃんは言っていた。
曰く、「纏龍剣術は相性もある。尚且つ、私が認めた人間でなければ教えるようなことはしない。」だそうで。
俺も教えてくれと頼んだが「人を殺すことを目的にしている人間に纏龍剣術を使う資格はない。」と断られてしまった。
だから、俺が教わっているのは纏龍剣術ではなく鍛錬術の方で身体を鍛えている。
余談だが、能力ではなくあえて「技」と言ったのには理由があり、纏龍剣術もその「技」に分類されている一つだ。
能力として定義されていることの一つに〈個人の能力はその能力の効力でない限り、又、特例を除き、他人が使用することが出来ない。〉という事が科学的に言われている。
・・・能力、能力言いすぎて分かりづらいかもしれないが、簡単に言うと「そういう能力でない限り、他人が自分の能力を使用することはできない」という事だ。
それとは逆に、纏龍剣術は人に教われば、絶対ではないにしろ、その技を会得することが出来てしまうのだ。
それともう一つ、理由がある。
それは、そもそも技と能力の発動は使用する力が違う、という点だ。
所謂「能力者」と言われる人間が、能力を使用するときに消費する力のことを、一般的に「魔力」と呼んでいる。
ここでの「魔力」というのは、それこそ漫画やアニメに出てくるような魔法を使うための力ではなく、あくまで能力を使用するときに使う力だ。
そして、その「魔力」を使いすぎるとどうなるのか。
それは、精神的な疲労感や、倦怠感として現れる。終いには疲れすぎて能力が使用、若しくは発動できなくなる。だから肉体的には健康そのものでも、能力が使用できない、なんてことはざらにある。つまり精神的なダメージと言ってもいい。
だが、「技」は違う。
緊張や頭を使うなどの精神的な疲労はあっても、「技」を使用することでの疲労はない。その代わり、肉体的な疲労、ダメージがある。
具体的に言えば、疲労骨折したり、筋肉断裂、最終的には血管が切れて、身体中内出血になったり等。
「技」で使用する力のことを「気」もしくは「オーラ」と言ったりする。こちらの方は便宜上言っているだけで、正式に確定されているわけではないが。
そして、「技」の方は下手をすれば死ぬ。
能力も使いすぎると死ぬ危険性はあるが、そのリスクは「技」の方が遥かに高い。
まぁ、ぶっちゃけ正確に言えば違うというだけで、もたらす結果にあまり差異はないので、能力や技を使用している者にとっては些細な違いである。
そして爺ちゃん自身、固有の能力を持っていないため纏龍剣術という「技」は使用できるものの、定義上は「無能力者」なのである。
話が逸れたが、爺ちゃんが門下生に教えているときは専ら、ある特定の大きい部屋で教えている。
小さいころに爺ちゃんが門下生を稽古している最中にその部屋に入った時、もう火山が噴火したような勢いでしこたま怒らえたので、幼心ながらに「他人の稽古中は、絶対に部屋に入らないでおこう」と固く誓ったのだ。
だから俺はそそくさと、自分の部屋に急ぐ。
急ぐ...のだが。
「ん?音がしないな。」
この家の構造的に俺の部屋に行く途中に、その例の部屋があるのだが、稽古しているのであれば、何かしら音が聞こえてくる。
だが、今日は閑古鳥が鳴きそうなくらい、シーンと静まり返っている。
俺はここで少し、思考を巡らせる。
「ふむ。今日は水曜日だから買い物の日でもない。だが稽古の部屋にもいない。...という事は出かけた、ということか?あの爺ちゃんが?」
俺は一人、顎に手を当てて歩きながらブツブツと呟く。
うちの爺ちゃんは外が嫌いなのか、金曜日の買い物以外一切、外に出ない。根っからのインドアなのだ。
重ねて言うが、外出することは滅多にない。もう、一年中家にいる。それこそ、家から離れられない呪いでもかかってるのではないか、ぐらい居る。
「...まぁ、気にしてもしゃあないか。やることは変わらないし。」
一瞬、驚きはしたが考えても仕方ないので、思考を放棄する。
自分の部屋についた俺は大学に行く用の服を脱ぎ、ラフな動きやすい恰好に着替える。
そして、表の庭とは別の裏の庭へと歩を進める。日課である自主練をするためだ。
俺は爺ちゃんから課せられた、腹筋や走り込みなどと言った肉体的な鍛錬を一通り済ませ、15分の小休憩に入る。
この小休憩の後は、自身の能力強化に移るのがいつものルーチンだ。
能力というのは、先天的な強さもあるが、鍛錬をすることによって後天的に強化することもできることが、証明されている。
故に、毎日の自分の肉体的な鍛錬と、能力の強化は欠かさない。
全てはあの男を殺すため。父さんと母さんを殺したあの「仮面の男」を。
あれは、俺がまだ3歳の時だった。
俺が覚えているのは、周りに立ち込めた、木が燃えたような匂い。
俺を抱えたまま血だらけで息絶えている母さんと、同じく血だらけで右眼が無い父さん。
父さんはまだかろうじて息があったようで、母さんの死体を見て、残った黄金に輝く左眼から涙を流していた。
そして、抱きかかえられたままの俺の頭を泣きながら優しく父さんが撫でてくれた。
だが、そこに突如として、目の部分しか穴が開いておらず、楕円形の真っ白な仮面をつけた、真っ黒な恰好の、血だらけな日本刀を持った男が現れ、俺と、母さんと、父さんの目の前までゆっくりと歩いてきた。
その仮面の奥から、虚ろな眼でこちらを見下ろす仮面の男。
その男に向かって父さんは何か言っていたようだが、抱きかかえられていたこともあってか、俺には全く聞こえなかった。
父さんが何か言い終わると、その仮面の男は頷くような動作をしていた。
直後、その仮面の男は父さんの左眼を引き抜いた。
そう。
文字通り引き抜いた。
そして、その父さんから引き抜いた眼を仮面の男は一度、じっくり見た後に仮面の下から手を入れ、自分の左眼にあてがった。
数秒経ったあとだったろうか。
ゆっくりと、眼から手をどけると、その仮面の男の左眼は今までの通常の眼ではなく、瞳孔は黒く、その周りの黒目の部分は黄金に輝く、父さんの眼に代わっていた。
そのあまりの凄惨な光景に、俺は気を失ってしまったようで、その後の記憶がない。
気づいたときには、もう爺ちゃんの道場にいた。
正確には、玄関で気絶していた俺を爺ちゃんが気づいて介抱してくれたらしい。
父さんと母さんの死体がその後、どうなったのか。あの仮面の男は誰だったのか。どうやって爺ちゃんの家まで、俺が送り届けられたのか。
すべてはいまだに謎のままだ。
だが、手掛かりが一つもないかと言われると、そうではない。
一つは、父さんとの会話が成立していた、という点から日本語を使用、もしくは理解できる人間であるということ。
ただこちらに関しては、俺の記憶も曖昧なものなので、会話が成立していたかどうかは正直、怪しい部分ではある。
その可能性が高い、ぐらいにしか言えない。
だがもう一つ、決定的な手掛かりがある。
それは俺の父さんから奪い取ったあの黄金に輝く左眼だ。
爺ちゃんによれば、父さんは眼を使用する能力者で、常時能力発動待機型というものだったらしい。
この型は特に眼の能力者に多く、簡単に言えば、発動させようと思えば準備段階をすっ飛ばしてすぐ能力を発動できるもの、と言っていた。
その手の難しい本を読んだが、原理が難しすぎて内容がさっぱり分からず終いだった。
それはさておき、常時能力発動待機型がどう関係してくるのかというと、型の特徴として、望まなくとも常に能力使用時の眼の色や形に変化してしまう、ということだ。
つまり、その仮面の男は左眼がずっと黄金色のまま、なのである。
...正直、かなり薄い線ではある。
色々調べていくうちに、そもそも眼の能力者が少ないことなどは分かったが、あまりにも手掛かりが無さ過ぎて現状、それ以上のことは分からず終いである。
だからと言って、諦めているわけではない。その時に備えて日々の鍛錬は怠らないようにしているし、自分なりに色々、調べたりもしている。読書もその一つだ。
...最近、気になることもあるしな。
最初、これ以上の文章を書いていたのですが、長すぎるかなと思い、一旦区切ります。
それと、前回・今回・次回(予定)と設定説明回になりそうで、今回に関しては文字量が多かったため空白を0話。1話と比べて多くしております。
見やすくなっていれば幸いなのですが、逆に見づらくなっていないか心配です。
その他、誤字・脱字・文章的におかしいところなど指摘していただければ幸いです。