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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
エピローグ
98/104

君のいない日常 3

 今年の梅雨はずいぶんと足早にやってきた。

 五月の上旬には太陽が顔を出すことも少なくなり、中旬に入ったころにはしとしとと弱く長く続く雨が降り出した。

 そんなじめっとした空気が肌に張り付く陰鬱な空模様を眺めながら、俺たちは眼前に迫った一学期中間テストのために礼によって勉強合宿を開催していた。

 場所はもちろん俺の部屋。参加人数は二人。

 健と、宮城――文化祭の時に裏方班をまとめていた彼だった。

 あの文化祭以降彼とは何かと一緒になることが多く、気付いたころには俺と健の間に入って昼休みを共にするようになっていた。

 最近はずっと三人でいるから、恒例となっていた勉強合宿に彼だけ声をかけないというのもおかしなことに思えて今回は彼も含め三人で執り行う運びとなった。

 学校が終わり集合し、いつものごとくローテーブルの前に胡坐をかいてノートと教科書をにらみつける健。そんな彼を見て俺と宮城は苦笑交じりに応援の声を投げていた。

「笹木、わからないとこあるなら教えるからな」

「健、今回は赤点回避じゃなく平均点目指すからな」

 宮城に対して俺のは脅し文句のようだったが、彼のことを思えば俺のほうが優しさにあふれているというものだった。

 俺たちもとうとう三年、受験生と相成った。まだ一学期とはいえ進学を考えている生徒はもう準備を始めている。一月後には夏期講習なんて言葉もどこからか聞こえてくるのだろう。

 そんなタイミングで平均点を目指しているというのは何とも志の低いことだが、まず何よりも卒業できるかどうかが問題の健は死に物狂いだ。

「赤点取ったら卒業できない……」

 テスト一週間前となった先週。健は担任に小言を言われていた。うちの学校は学年が上がっても担任が変わるようなことはほとんどなく、一年のころからクラス担任は固定のまま。当然前年度のテストの結果、及び内申を彼はよくわかっているのだ。

 二年度の学年末試験で赤点をたたき出した健に彼も思うところがあったのだろう。嘆息交じりに、小さな脅し文句をぶつけた。

『お前、三年生で赤点取ったら本当に卒業できなくなるからな』

 危機感を持てと言うほど切羽詰まった言い方ではなく、少し気をつけろと小言を口にしただけのつもりなのだろうが、脅かされてしまった健は筋骨隆々の体を縮こまらせて震えていた。

「卒業できないのはやばい。受験する必要ないからと思って甘く考えてた」

 うわ言のようにこぼす彼に俺と宮城は苦笑い。クラスメイトの大半はその受験のほうが一大イベントだというのに。

 健は卒業後すぐに家業を継ぐらしい。正式にはまだ親父さんが経営者なのだが、早いうちから家の仕事をこなして先に備えるとのこと。その考え自体は立派なものだが、それを聞いた俺は大丈夫かと思ってしまった。

 健は数字ができない。いやそもそも勉強ほぼすべて総じてできないのだが、その中でも数字は壊滅的だった。かろうじて足し算引き算掛け算割り算ならばミスをしつつできなくはないのだが、それでもミスをしつつなのだ。

 数字の管理、お金の管理をする経営者の立場になった時、果たして笹木パンは支出と収入を正しく測ることができるのだろうか。なまじ俺もお世話になっているので目も当てられないことになったらこっちが責任を感じてしまう。

 なので今回から今までのように赤点回避ではなく、平均点を最低ラインとしようと俺は提案していた。そもそも二年度学年末試験で健が赤点を取ったのは赤点回避という低いハードルを想定して勉強していたせいだ。

 実際に平均点を取れなくとも目指すことによって学力の向上は見込める。

 去年に比べてややスパルタになった俺を見て、健は宮城に泣きついていた。

「葵が怖い目をしてる、いやだ、脳みそを膨張させる気だ」

「そう簡単に膨らんでくれたら世話ねえよ。いいから手と頭動かせ」

「イースト菌もってきてくれ」

「それで脳みそ膨らませようとしてる?」

 そんな二人を見て腹を抱えている宮城。時折健の味方をしてはくれるのだが、特段どちらかを贔屓する気もない彼は純粋にこの会を楽しんでいるらしかった。

 去年までは健と二人だったのでギャーギャー騒いだり笑い声が響いたりすることもなかなかなかったのだが、一人増えただけで随分と変わるものらしい。

 音圧につられて高ぶりだした空気が、いつの間にか俺の頬にもしみ込んでいた。


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