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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
エピローグ
96/104

君のいない日常 1

 一か月が経った。

 冬はとうとうその姿を現し手先足先から体に入りこんでこようと画策する。首元の隙間など見つけようものならば服の内側に滑り込んでくる始末。吐く息は街灯の光も届かないこの場所で人知れず白く昇って行った。

「アオちゃん、終わったかしら?」

 背後からの声に振り返る。そこには俺と同じコンビニの制服に身を包んだブルーベースメイクを施した四十の男がいた。

「言われたのは全部出し終わってます」

 言いながら見下ろしたガラクタたちは、かぶっていた埃もそのままに段ボールに詰められている。いや、ガラクタと言ってしまうのは少し忍びないか。

 俺は段ボールに規則的に詰められた額縁たちを横目に改めて店長に問いかけた。

「本当に捨てちゃうんですか?」

「ええ、もう置き場所もないし。十分満足したから」

 よどみなく答える彼に気を遣う必要などないのかもしれない。けれど俺はどうしたってそう問い掛けずにはいられなかった。

 段ボールに詰められた額縁の束。それは店長の趣味であるパズルの集大成だった。

 隙間に指を差し込んでそれぞれの絵柄を覗き見れば、アンデルセン童話の人魚姫、グリム童話のヘンゼルとグレーテル。そしてシェイクスピアのロミオとジュリエットが複数枚。

 どれもこの一年の間に彼が作り上げてきたものだった。

 どこに飾るでもなくコンビニの倉庫にしまわれていたそれらを見て、俺はやっぱり彼に問いかけてしまう。

「飾ったりしないんですか? ロミオとジュリエットのやつなんて先月作ったばかりじゃないですか」

「言ったじゃない。もう満足したのよ」

 しつこいわよ、なんて言いたげな彼が何を考えているのかよくわからない。

 パズルが趣味という人は作ること、取り組むことそのものに価値を見出している。それは前にも考え至っていたことだが、だからと言って完成したものをこうもやすやすと手放してしまうものなのだろうか。

 せめて直近で取り組んだものくらいは残しておきたいと、そう考えるはずだとばかり思っていた俺はどうにも納得がいかない。

「……まぁ店長がいいって言うなら、止める理由もないですけど」

 言いながら膝に手をつき腰を上げる。ただしゃがんでいただけなのに爺臭いうめき声が漏れていた。

 そんな俺を待っていてくれた彼はくすりと微笑を浮かべた。

「お店の大掃除、手伝ってもらって助かっちゃったわ。年末に面倒なことさせちゃってごめんなさい」

「仕事の一環なので気にするようなことでもないですけど」

 コンビニの裏に並べられたガラクタは店の倉庫、あるいはロッカールームやバックヤードにあったものだ。そのほとんどが店長の私物ではあったのだけれど、この店の主なのだから外野が職権乱用だなんだと騒ぎ立てるのもおかしな話だ。そもそも店長の不真面目さは今に始まったことではない。常日頃からバックヤードに籠ってはパズルに興じているのだから。

 ほかにも折れた箒やチリトリ、書類を管理するのに使っていた小さな棚なんかも見て取れる。

 まだまだ使えそうなものもあるのでもったいないと感じてしまうが、貰ってもいいかと口に出すつもりもない。

 代わりに俺はもう一度彼に問いかけた。

「あれも、捨てるんですね」

「そうよ」

 指差すまでもなく視線だけで問えば、彼は予期していたのか間を開けずに答えた。

 店の裏口のすぐ横。そこには壁に立てかけるようにして四枚のベニヤが並んでいる。一枚一枚ではそれはただの廃材にしか見えないが、四枚パズルのように正しく並べば意味のあるものに変わることを俺は知っている。

「もう必要ないから、ですか?」

 その役目はもう終わった。一月前に異世界人が元の場所へ帰ったあの時に。

 残しておいても仕方のないものだし、そもそも彼らがいなければただの廃材にしかならない。捨てるという決断は理にかなっていると思った。

 けれど、文化祭の時に彼にそのベニヤをもらえないかと直談判したときに、彼は言ったのだ。

 必要ないものだけれど大切なもの。

 その言葉を覚えていたから、やっぱり俺は首をかしげてしまった。

 そんな俺に目も向けず、彼はベニヤを眺める。

「違うわ。手放すタイミングと、折り合いの付いたタイミングが重なっただけよ」

 そう言った彼はベニヤに向けていた視線をこちらに移す。

 それから不格好な笑みを浮かべると控えめに問いかけてきた。

「アオちゃんは、折り合い付けられそう?」

「…………今はまだ」

「そうよね。まだ無理よね」

 店長は俺の肩を優しく叩く。焦らなくていいとそう言ってくれているような気がする。

 俺は焦ってなどいなかったけれど、まだこの思いを抱えていても許されるのだと実感して少しばかり心が軽くなった。

 もう少しだけこの苦しさに身を浸していたい俺は、冷たい空気を肺一杯に吸い込んだ。

「ところでアオちゃん、あなた年明けからバイト増やすって言う話はどうなったのかしら?」

「あー、それはもう決まってます。駅前の居酒屋で」

「そう。……まあ忙しくしていれば気も紛れるわよね」

「いや、そういうのじゃなくて借金を返すために」

「あなた借金なんてしてたの!?」

「父親にです。マンションの家賃分、早めに返したいので」

 そう言うと店長は感心したような声を上げた。それから数度頷くと彼は今一度こう宣った。

「しばらくは忙殺されたい気分にもなるわよね」

「……まぁ」

 決してそんなつもりはなく、単純に時間が有り余っているからだったのだが、その説明もなんだか面倒で俺は玉虫色の返事を返した。


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