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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第六章 終わりを迎える非日常
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無意味で手放し難い思い出作り 8

 帰宅した俺たちを待ち構えていた四人は一様に深刻そうな顔をしていた。

 店長とミナモ、そして隣人の茜さんとその居候のミサキ。四人は俺たち帰還を認めるとすぎ様その視線をミサキのほうへと、ミサキの背におぶわれている少女へと向けた。

 彼女は、もはや体を支えることもできないと言った様子だった。

 俺は言葉を失った。

 どういうことかと問うこともままならず、呆然自失としてしまった俺は玄関で靴を脱ぐこともできない。

「イズミに魔力をもらってたの。だから私は今日体調がよかった」

 そんな俺を横目で見ながら、ウミは靴を脱いでイズミに歩み寄った。

 いったいいつ、と問いかけそうになって気付いた。あの時だ。

 あの行為がそうだったのだと悟った。一度だけ覗き見てしまった姉妹のふれあい。家族間で行うにはいささか熱量の多いそれを、イズミはイチャイチャと言っていた。

 あれは応急処置だったのだ。限界の近いウミを支えるための、妹の献身だった。

 自然の多い環境だから体調がよかったわけではない。単純にウミは妹から魔力を分け与えてもらっただけだったのだ。

 そのことを誰もがわかっていたのだろう。みんなにつられるようにして入ったリビングには魔方陣の描かれたベニヤが用意されていた。

「イズミ、辛い思いさせてごめんね」

「ねえ、楽しかった……?」

「うん、楽しかったよ」

 姉妹のそのやり取りの間にも準備は進んでいた。いやもはや準備とすらいえないものだった。

 イズミを背負うミサキに連れだって歩くウミ。三人はそれが当たり前のことであるかのようにベニヤの上へ歩みを進める。

 見ればベニヤは一枚ではなく数枚が組み合わされていた。その大きさ、いやに年季の入ったそれはバイト先のロッカールームにあったものだった。

 ミナモも三人を追うようにベニヤの上へ向かう。ウミが時折転びそうになるのを見かねて彼は手を差し伸べた。

 ウミは申し訳なさそうに笑い、ミナモは溜息を吐いた。

 それから、俺に振り返る。

「この子たちが世話になった」

 ミナモにそんな風に言われたけれど、俺は相槌の一つも打てなかった。代わりに俺の隣にいた店長が声を上げた。

「ミナモ、これでちゃんとさよならね」

「ああ、さようならだ」

 店長はミナモと何やら別れの挨拶をしているらしい。もの悲しさを内包しつつもその声には清々しいものを感じる。

「ミサキ、元気でね」

「お世話になりました。茜さんは……片づけとか、がんばってください」

 視界の端では茜さんとミサキも何やら話をしていた。茜さんはいつもの通り眠そうな目をして飄々と、ミサキは不安をにじませながら。

 みんな最後に言葉を交わしたがっている。これが最後だとわかっているんだ。だから伝え忘れたことがないようにと向き合っている。

 俺も彼らのようにそうしたいと思った。けれど、どうにも言葉が出てこなかった。

 見かねた店長が俺の顔を覗き込んでくる。

「アオちゃん、別れはもういいの?」

「あ、はい……」

 条件反射で頷いただけで俺の意思は全く組み込まれていなかった。

 けれど店長は頷いた俺を見ると柔和な笑みを浮かべた。

「そう、納得がいく別れができたならよかったわ」

 そんなことを口にした彼を、俺は恨めしく思った。

 悔いを残さないなんて不可能だ。納得のいく別れなんてできるはずもない。どれだけ時間を費やして、これからの糧となりうる思い出を作っても納得なんてできるはずがない。

 だって最初から別れなんて望んでないから。

 悔いを残さないようにもがけばもがくほどそのことを実感して、そのたびに次の一歩が重くなる。どうやっても悔いが、苦痛が残ることを実感してしまうから。

 それを改めて実感するためだけの、無意味な時間だった。

 無意味で、けれど諦め手放すことのできない時間だった。

 納得なんて出来るはずがなかった。

 けれど、駄々をこねて手に入れた時間はもう使い切ってしまった。

 異世界人は魔方陣の中に立つ。ウミはミナモに寄りかかり、イズミはミサキにおぶわれている。改めて振り返った彼女らは微笑すらたたえていた。

「……それでは」

 ミナモがつぶやくと魔方陣が淡く光り出す。それはいつかウミに見せてもらった光景で、魔法が行使されることの合図だった。

 視界にウミの姿が映る。

「…………」

 俺はやはり何も言えない。

 やるべきことはやり遂げた。約束を果たし、別れの言葉も伝え合った。不条理を嘆き合いもした。だからもう言葉が出てこなかった。

 もう言うべき言葉を持ち合せていない。

 また会おうなんて叶わない約束も。

 行かないでなんて情けない泣き言も。

 声にすれば途端に震え出していろいろなものがあふれてしまいそうで、もう一言だって口にすることができない。さよならの一言も嗚咽にかき消えてしまう。

 自分に言い聞かせるための言葉なんてごめんだった。

 ウミもきっと同じ気持ちで、だから俺たちの間に言葉はなかった。

 けれど眼だけはずっと合わせていた。じっと、刻み付けるように見つめ合った。

「本当に、世話になったな」

 ミナモがそう締めくくると魔方陣の光が増した。ふいに差した木漏れ日のようなそれに目を細めると、彼女の仕草が映った。

 ウミが小さく手を振った。大きく手を上げることもなく胸よりも少し低い位置でささやかに。

「ッ、ゥ――」

 彼女の名を叫ぼうとした。精一杯彼女のことを呼ぼうと。

 けれど、そうしようとしたころには魔方陣の光は弱まっていて。

 ベニヤの上には誰の姿も残っていなかった。


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