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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第六章 終わりを迎える非日常
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無意味で手放し難い思い出作り 5

 チェックアウトを済ませると俺とウミはすぐに新幹線に乗り込んだ。帰る時間を決めていなかったため席の予約をしていなかったのが幸いした。昨日とは違い土曜日ということもあって自由席で腰を落ち着けるのは難しいかとも思ったが杞憂に終わり、彼女と二人高速で流れる景色を横目に二時間。

 戻ってきたと実感するころには目的の場所についていた。

 ベニヤと細い木材で製作された入場ゲートのアーチ。喧騒の合間に聞こえてくるギターやドラムの音。すれ違う人の手元から時折香る空腹を刺激する砂糖菓子と濃厚なソースの匂い。

 普段の姿を知っている俺からすれば別世界ともいうべきそこで、ウミは口を半開きにして感嘆の声を上げ、あたりを見回していた。

「アオイ、いつもこんなところに来てたの?」

 うわ言のように尋ねるウミに俺は思わず苦笑い。その言い方だとまるで俺が普段からお祭りの最中に向かっているようだ。

 俺は繋いだ手をゆっくりと引きながら説明を試みる。

「今日は年に一度のお祭りみたいなもんだ。普段はみんな死んだような目をしてノートに文字を書いてるような場所だよ」

 俺の説明もたいがいだった。それだとまるで監獄か何かみたいだ。反省文でも書かされているのかと問いたくなってしまう。

 決してそんな鬱屈とした場所ではないのだが、どうにも人の目が気になって何もかもを省略した短い言葉になってしまう。

 昨日の夜。俺は布団にもぐったウミに提案をした。

『学校見に行かないか。気になるって言ってただろ?』

 ウミが気になると口にしたかどうかは憶えていないが、彼女の興味を引いていたのは事実だった。だから俺は今日の残された時間を右も左もわからない観光地ではなく、通い慣れた学校で過ごす提案をした。

 ウミはその提案がいたく気に入ったらしく、おやすみと言い合ってからもしばらく口の端から笑い声を溢していた。

 そんな経緯もあってこの場所にやってきたのだが、いかんせん俺は挙動不審だった。

 それもそのはず。俺は今日この学校を欠席している身なのだ。適当に作った体調不良とかいう理由を携え教師に連絡を施し欠席の旨を前もって伝えていた。

 だというのに今ここにいることが知られてしまったら何を言われるか分かったものではない。

 ずる休みが露見するだけに飽き足らず、虚言で手に入れた自由を本来訪れるべき場所で使おうというのだ。訝しまれるのは当たり前。もしかするとそのあまりのおかしな行動に教師の怒りも何処かへ失せてしまうのではないかと思うほど。

 自分がどう見てもおかしな行動をしていることを理解しているから、俺は気が気ではなかった。挙動不審も相まって俺はもう不審者と言える。

「とりあえず、なんか食べるか?」

 かといって、右も左もわからず俺に手を引かれている彼女を気にかけない理由にはならなかった。

 俺は少し後ろを歩いていたウミを振り返り尋ねる。彼女は俺に話しかけられるまできょろきょろしていたらしく、それが惰性して俺の目を向けようとしてまた明後日のほうを見た。

「なんか好きなものがあれば買ってやるけど……。ウミ好きなものってなんだ?」

 口に出してから、俺は彼女の好みなど何も知らないことに気付いた。

 何か月も共に食事をしていたというのに彼女の食の好みも、色の好き好きも、それどころか好き嫌いがあるのかどうかも俺は知らないままだった。

「ウミ、何か食べたいものとかあるか?」

 今なおあたりを見回す彼女に再度問いかける。

 彼女はせわしなく目を動かしつつうめき声をあげた。

「んー、よくわかんないからアオイにおまかせ」

「いや、お前の食の好みが聞きたかったんだけど」

「嫌いなものはないよ」

 好きなものも語らない。そういうところを見るとやっぱり彼女は我慢が上手なんだなと思った。我慢し続けていたのだろうなと。

 好みを語るどころか確立することもできないくらい、彼女は我慢を強いられていたのだろう。気遣い上手な彼女は誰かの出したものにケチをつけることなどできるはずもない。そうやって誰かから言われたわけでもないのに自分で自分に我慢を強いてきたのだ。

 もしかすると、彼女は自分のこともあまりよく知らないのかもしれない。

 こう言っては何だが、彼女自身の個性というものはどこか希薄に感じられる。特徴的な笑い方、宝石のような群青色の瞳、今は身に着けていないがぼろ布にしか見えないローブ。そういった外見的な特徴はいくらでも見られるが、彼女の内側に関してはどこか半透明だった。

 多分、それは俺も同じなんだと思う。彼女と違い気遣いができる人間ではないけれど、俺も自分の意思で物を決めるということを今までしてこなかった。一人暮らしのことも、今の学校に進学したことも半ば無理やりだった。文句の一つも言えなかった。

 友人関係に関してもそうだ。狭く深くと言えば聞こえはいいが、結局のところそれだって俺が自分からそう働きかけたわけじゃない。健と仲良くなれたのは彼自身が俺に向かってきてくれたからだ。他の交友関係が皆無なのも俺が歩み寄らなかったからだ。

 彼女を匿うときに俺は願った。

 昔の俺が救われる可能性がどこかにあったのだと証明したい。

 その願いは確かに俺の自己中心的なものだったけれど、彼女を見てそう願ったのはおそらく、彼女が俺に似ていたからだったのだろう。

 俺と違って彼女は笑顔を浮かべることのできる女の子だったけれど、その笑顔は気遣いの象徴で、自分の願望など表に出せずに生きてきたのだと本能的に理解できてしまったんだろう。

 初対面の彼女に俺はむかついていた。

 我慢の上手な、子供らしくない女の子だと感じたから。

 だからこそ、俺は彼女の手を今一度強く握った。ウミが俺に言ってくれた。我慢なんてしたことないと、したいことは全部ぶつけてきたと。

 我慢ばかりだったのだろう彼女が俺にそう望んでくれたのなら、精一杯受け止めたい。

 もうすこし、もうすこしと願う彼女に答えたい。

 俺も同じ気持ちなんだと伝わればいい。

 もう少し一緒にいる理由を、俺が精一杯作ってみよう。

 俺は彼女の手を引きながら、てきとうに目についた屋台へ向かう。看板にはフライドポテトの文字。そういえばウミが揚げ物を食べたことはなかったなと思った。

「いろいろ分け合って食べてみよう。腹いっぱいになるまで」

 時刻は正午を回ったところ。お昼時にはちょうどよかった。

 ウミは俺の隣までやってくるとにへへと笑って見せた。満足そうなその顔を見て俺の口元もいつしか緩んでいた。そんなとき。

「え、島崎?」

 ふいにそんな声が耳に届いた。祭りの喧騒の中でもその声ははっきりと耳に届く。

 自身の名前だからか、それとも声の主と最近言葉を交わしていたから耳になじみ始めていたのか。

 名前を呼ばれた俺はしまったと思いつつも反射的に振り返ってしまった。

 裏方班のまとめ役。名前もわからない彼がそこにいた。

「え、今日体調不良で休みって……」

「あー、これは……」

 どう弁解しようかと頭を巡らす。しかし言い訳など思いつくはずもない。赤裸々にずる休みをしたと語ってもどうしてここにいるのかと問われている今的をはずした答えになってしまう。

 俺はどう言い訳しようかと先ほどのウミのようにあちこちに目を向けた。救いの手がどこかにあればいいと本能的に願ったのかもしれない。

 当然そんなものはあるはずもなく、目の前の彼は眉を顰めじっと俺を、そして俺の手元からその先にいる彼女を見つめていた。

「……あー、そういう」

 すると彼は一人納得したように声を上げると、素っ頓狂なことを言い出した。

「まあ、恋人優先だよな」

「…………は?」

 俺は驚愕のあまり攻撃的な声を上げた。けれどまとめ役の彼は怯むはずもなくにこにこしながら手を振る。

「いや悪い、邪魔するつもりじゃなかったんだ。じゃあ」

 矢継ぎ早に言うなり踵を返そうとする彼。そのまま去っていく後姿を眺めていればいいものを、俺は慌ててその背中に声を投げていた。

「いや勘違いしてるぞお前。あれ、前話しただろ、妹」

「いやいや、いいって。言いふらしたりしないから」

 しかし彼は生温かい目を向け姿を消そうとする。別に意地になって否定するようなことでもないけれど、俺はなぜか彼を引き留めていた。

「いや、年の差見ろ、兄妹にしか見えないだろ」

「…………」

 彼は俺たち二人を交互に見据える。それから顎に手を当て顔を顰めて見せた。

「……いや、恋人にしか見えん。じゃあ」

 言うが早いか、彼は踵を返して何処かへ行ってしまった。もしかすると劇の準備だろうか。動転した俺はそんなことにも思い至れずどこに行くんだと口にしそうになっていた。

 しかし、声を上げようとしたころには彼は雑踏の中に消えていた。残ったのはなぜだか顔の熱にうなされる俺と、

「にぅへふぇ」

 これまでで一番だらしのない笑みを浮かべたウミだけだった。


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