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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第六章 終わりを迎える非日常
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見えない気持ちと残った願い 3

「ちょっとミナモひどいわねぇ。あたしよあたし。覚えてるでしょ?」

「知らん。お前は誰だ。人が重要な話をしている最中に割って入ってきて」

「重要な話だから一方的じゃだめだと思って割って入ったのよ。私の顔よく見なさい」

「近づくな気色悪い。お前の顔など見ても思い出すことなどない」

「もぉ照れちゃって。ほら、よく見なさいミナモ」

「待て、近づくな抱き寄せるなやめろ近い近い!」

 つい先ほどまで機械のように淡々としていた彼はどこへやら。にじり寄ってくる店長を前に男はたじろぎ後ずさり怯え切っていた。

「んもぉ、ひどいわねぇ。あたしよ。山吹。覚えてない?」

「……は? ヤ、マブキ? お前が?」

 しかし店長が名乗った途端、ミナモは故障したかのようにぎこちない瞬きを繰り返した。

「ヤマブキ? 嘘を言うな。ヤマブキはもっと目鼻立ちが整っていた」

「そりゃ年を取ればこうもなるわよ」

「なるわけないだろ!」

 そんな二人のやり取りを前に俺たちは完全に蚊帳の外だった。俺は今だイズミを抱いたまま、ウミは棒立ちのままただ事の成り行きを見ていた。

「ミナモだって随分変わったじゃない。昔はもっと背が小さくて生意気な子供だったのに」

「それこそ年を取ったということだ。だがお前は時間による変化で片付く話ではない」

 二人のやり取りを聞きながら、俺は笹木パンでの出来事を思い出していた。

 大学生時代の笹木夫婦。そして店長の姿が写った写真のことを。

 一組の男女を結び付けた達成感からか、あるいは野次馬根性からか笑みを浮かべていた背の高い男。いわゆるイケメンなんて言葉がぴったりな大学生の姿を。

 確かにあの姿を知っているのであれば、今の店長と同一人物だとはとても思えないだろう。第三者からの説明を受けた俺ですらいまだ半信半疑だ。

 だから、今のミナモには店長のことが知り合いの名をかたる何者かに見えているのだろう。

 警戒心むき出しのミナモに、店長は微笑む。

「見てくれなんていくらでも変わるものよ。それとも二人で過ごした思い出でも語らいましょうか? この部屋であなたと過ごした思い出を」

「…………」

 その言葉を聞いてミナモは黙りこくった。同時に店長はくすりとほほ笑む。

「見てくれは変わったかもしれないけど、あたしはあなたと二か月を共に過ごした山吹よ。それとも十年以上前のことなんて忘れちゃったかしら?」

 まるでいたずらでも仕掛けるみたいな顔で店長は言い放つ。

 それをじっと見つめていたミナモはというと、観念したとばかりに深くため息を吐いた。

「本当にヤマブキなんだな」

「そうよ。久しぶりねミナモ。…………ずっと会いたかったわ」

 静かに吐露したその表情はどこからどう見ても笑顔のはずなのに、なぜだか涙を流していないことに違和感を抱いてしまった。

「そうか」

 短い相槌を打ったミナモもまた、同じような顔をしていた。いやむしろ店長のそれに比べてミナモの表情は悲哀に近かったように感じられた。

 温かな再会とはとても思えない。会いたいけれど会いたくなかった相手と対峙してしまったような、払しょくできない気まずさが二人の間には蟠っていた。

 だからだろうか、ミナモは一つ息を吐くと視線をこちらに戻した。

「早く別れを済ませろ。こちらも時間を無駄にはできない」

「ミナモ、あたしとの話が終わってないわ」

「今はそれどころではない。再会を喜んでいる場合ではないんだ」

「あたしはあなたと会えて嬉しいわ。思い出話に花を咲かせたいくらいね」

「もう大昔のことだ。今更語ることなどない。無意味だ」

「そういうぶっきらぼうなところは変わってないのね。まだまだ子供ってところかしら?」

 話しかけ続ける店長と拒もうとしても拒みきれずにいるミナモ。その場にいる全員がその二人を交互に見ることしかできなくなっていた。

「ミナモ、唐突すぎる別れは心を蝕むわ。この子たちに時間をあげてほしいの」

「それができないという話をしていたんだ」

「少しくらいはいいじゃない。それともあたしと喋るが嫌だから帰りたがるのかしら?」

「ッお前は、またそういう言い方を」

「あら、怒らせちゃったかしら? 短気なところも変わってないわね」

「ッ…………」

 とうとうミナモは唇をかんだ。それを見た店長は満足そうに笑うとこちらに向かってウィンクをかました。

「あなたたちも、今のままじゃ納得なんてできないでしょ?」

「あ、ぇ?」

 そこでようやく俺たちは話の主題が自分たちであることを思い出した。ウミもはっとすると早足気味に俺のそばまで寄ってくる。

 店長はそれを見るとやはり満足げに笑みを浮かべる。

「限られた可能な時間で目いっぱい後悔のない別れをなさい。二度と会えなくなるかもしれないんだから、それくらいは許されるべきよ」

「あ、あの…………」

 言いたいことはいくらでもあった。いきなり入ってきてなんなんだとか不法侵入じゃないかとか。鍵がかかってなかったかとか、ミナモという男との関係とか、この部屋で過ごしたとはどういうことか、そもそも今起きていることを理解できているのかとか。

 疑問は潰えなかった。しゃべりだせば矢継ぎ早に問い掛けてしまうのはわかりきっている。だから発言を自制したというのもあるけれど、何よりも俺はまず今起きていることよりも今までのことのほうに意識が向いていた。

 だから俺はうわ言のように彼に問いかけた。

「いつから……?」

「最初から全部わかってたわよ」

 まばたきの仕方を説くような軽さで彼は言い放った。

 息を飲む。それ以外の反応などできるはずもなかった。必死になって隠してきたこと。誤魔化してきたことが無駄であったことに落胆することもできず、店長がその事実を理解したままにこれまで過ごしてきてくれたという事実にただ息を飲むことしかできない。

「言いにくいことだっていうのはあたしが一番よくわかってるわ。そもそも信じてもらえないだろうって思うのもよくわかる。だから、気にすることじゃないわよ。あなたの今までの行いをあたしは責めるつもりもないし、むしろ一人でよく頑張ったって言いたいくらい」

 店長が何かを言う。けれどそんなもの耳に入ってこない。

 混乱しているんだ。一瞬のうちにいろいろなことが起きすぎて何もわからない。話の軸がどこであるのかも次の瞬間には忘れてしまいそうなほどだ。

「だからこそ、こんな強引な終わり方は受け入れられないわよね。こっちの事情なんて何も考えずに今すぐに連れ帰るなんて言う戯言なんて」

 ちらりと向けられた視線はどんな色をしていたのか。店長から目をそらした俺にはわからなかった。

 けれど、視線の先にいたミナモが苦い顔をしたのははっきりと目に映った。

 ミナモは、苦虫を噛み潰すような顔で口を開く。

「戯言なものか。必要なことだからそうすると言っているんだ。何が正しいのかもわからないまま正義を語るような顔をするな。お前のそういうところが僕は――」

「あら、一人称は私じゃなかったのかしら?」

「お前はそうやってすぐに横槍を入れる!」

「あらごめんなさい。ミナモがかわいいからつい意地悪しちゃうのよ」

「ぐ、ぅ……」

 店長を相手取ると、ミナモは途端に発言力を低下させる。いや、逆だ。店長がそういう思惑のもとミナモと向き合っているのだ。のらりくらりと話をわけのわからぬほうへと誘導している。

 どこまでも余裕そうな店長は、その笑みを絶やすことはない。表情が変わるとするならば、その笑みの種類がいたずらっぽくなるくらいだ。

 たとえば今のように。

「それに、自分が正しいって顔をしてるのはお互い様じゃないかしら?」

 にこにことその表情は無邪気にも見えるのに、その奥には深い思慮が確かに存在している。その底の深さすらもにじませる彼のやり口は、ミナモでなくとも押し黙ってしまうだろう。俺も今まさに、彼に暗く深い何かを感じて身震いを抑え込んでいる最中だ。

「ミナモ時間をあげましょう? 数日でいいわ。それだけで満足はできなくても、精一杯をこなすことはできるわ」

「お前が取り仕切るんじゃない」

「このままお互いの願望をぶつけあっても話は進まないわよ。落としどころを見つけるべきだとあたしは思うわ」

「そう言ってこちらに譲歩させる気なのはわかっている」

「もちろんじゃない。さ、何日なら待てるの? できるだけ長い時間のほうがいいわよねぇ?」

 こちらに視線を投げる店長。もう完全に彼のペースだった。

 その事実がよほど受け入れがたかったのか、ミナモは頭を掻くと乱れた髪を握りしめながら言った。

「明日ッ、二十四時間待ってやるッ」

 そう力強く言い放った彼は、この数分の間に随分と様子がわかっていた。


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