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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第五章 認めたくない現実
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見てはいけないその姿 1

 翌日になってもウミの体調は戻らないらしかった。

 そんな曖昧な言い回しになってしまうのは、はた目からはそれほど苦しそうに見えなかったからだ。むしろ俺が心配するそぶりを見せればいつも以上に気の抜ける声音でにへへと笑うのでどちらかと言えば上機嫌にすら見えた。

 けれど、イズミはそんな姉を見て無理をするなと言いたげだったし、そんな妹を見たウミも又自ら進んで家事をするとは言いださなかった。

 押し黙り、眉尻を下げながら思案顔を浮かべるウミ。ちらちらと俺の顔色をうかがう様は何かを恐れているようにも見て取れて、昨日の態度はいささかとげとげしかっただろうかと反省した。

 そんな状況の二人を置いて出てきたものだから、学校にいる間は落ち着かなかった。

 昨日までならば浮足立つという意味でのものだったが、今日のそれは違っていた。

 ウミの体調が悪化していたらと考えると、文化祭の準備とは関係のない授業などすっぽかしてしまいたくなった。

 しかし今日はそうもいかなかった。約束があったのだ。

 その約束を果たすべく、俺は一連の授業が終わると自転車を走らせた。

 急いだところでそれほど意味もないというのに、荒い息を吐く程度には足を回した。

 そうしてたどり着いた二十四時間営業のそこでは、女のような男がパイプ椅子に座って、同じくパイプ製のテーブルにいつものごとくパズルを広げていた。

「店長、俺がいないときも仕事してないんですね」

 脱力してしまい、気づけばそんなことをため息交じりに口にしていた。

「んー、アオちゃんの来るタイミングが悪いのよ」

 言いながら、店長は二つあるピースの山のうち片方をかき分ける。彼にしては珍しく難しい顔で。

「アオちゃん。悪いけれどちょっと一緒に探してくれるかしら?」

「いや、遊びに来たわけじゃないんですけど」

 仕事をしに来たわけでもないが、慣れ親しんだ職場ということもあってついバイトの時のような気持ちになってしまう。

「いいから、ちょっと手伝ってちょうだい」

「手伝うって何を」

 このままでは堂々巡りだろうと察した俺は手招きされるままに店長の傍らに。

 彼の手元を覗き込んでみれば、絵画の破片の山の中から目当てのピースを探し当てようとしているらしい。

「あの、本当に遊びに来たんじゃないんですけど」

 彼は昨日の約束を忘れてしまったのだろうか。そんな風に思いつつ意味もなくパズルを見て、ああこのピースはこの部分だと脳を働かせる。

 今日は人魚姫だろうか。海とそこから飛び出した岩。その上に座る下半身が魚の女性と彼女の視線の先にいる一人の男性。

 作りかけのパズルからでもそんな絵が見て取れた。

「いいから、一緒に探してちょうだい。端のピースの数が合わないのよ」

「端のピース?」

 オウム返しをしてみれば、店長は然りと頷いて見せた。

「そうなのよ。パズルって周りのところは一辺が平らになっているじゃない? で、その端のピースから嵌めていくのが定石なんだけど、どうも足りないみたいなのよ」

 彼が指さすのは手元ではなくもう一方のピースの山。山というにはふくらみの小さいそれは見ればどれも一辺が平らになっていた。

「ピースが一つ足りない?」

 彼の言いたいことを代弁すればそういうことらしい。

 就業時間中にパズルに熱中するのはどうかと思うが、本当に困っていると言いたげなその顔を見てしまえば無碍にもできない。これから彼に甘えようとしている手前、早く用事を済ませたいなどと言えるはずがない。

 俺は店長の手元のピースの山を半分引き寄せ、一辺が平らになっているピースを探す。

 それほど難しい話でもない。内側のピースを一つ探し当てろと言われているわけでもないのだ。二人で探せばいかに山のようなピースの数と言えどそれほど時間はかからないだろう。

 そう思ったのだが、確認し終わったピースを右から左へとよけつつ探しているうちに確認すべきピースが底をついていた。

 店長のほうに目を向けるが、彼は俺よりも早く確認を終えている。

「見つかったかしら?」

「いや、ないですけど」

 言うと店長は唸り声をあげた。困ったわなんてつぶやきながら分けてあるもう一つの山を見つめる。

「あの、とりあえず進めたらどうです? そしたら見つかるかもしれないですよ」

 そもそも半分程度しか組みあがっていない状態でピースが足りないことに気付けづけるものなのか甚だ疑問だった。

 ただ数え間違い、あるいは読み違いなのではないのかと思ってしまう。

 けれど店長の中ではそうではないらしく、唸り声をあげ続けた。

「アオちゃん。こういうのって取り換えてもらえたりするのかしら?」

「いや、知りませんよ。店長のほうが詳しいんじゃないですか?」

「こんな事初めてなのよぉ」

 言いながら店長はそのパズルが詰まっていたのであろう箱を足元から取り出し裏面を確認し始める。表面には思った通り人魚姫がモチーフとされるイラストが描かれていた。

「んー、一応足りないピースを請求することはできるらしいわね。でもその足りないピースの場所がわかるまではしっかり組み立ててどのピースが足りないかを明確にしなきゃいけないのね。他に足りないピースがある可能性を考えてそうするらしいわ」

「そうですか」

 説明されたところで、今後パズルに興じることなどないだろうから何の役にも立たない。

 解決策が見つかった店長は安堵からか深く息を吐き、それから笑みを浮かべて見せた。

「よかったわ。やってたことが無駄にならなくて。もしこれで総取り換えなんてことになったらもう一度やりなおしになるところだったわ」

「それでもよかったんじゃないですか?」

 パズルを完成させることよりも組み立てることのほうが店長は好きなのではないかと思っていた。というか、パズルを好きだという人はそういうものだと思っていた。

 その先入観は的を射ていたらしく、店長は頷く。

「そうね。それもいいけど、今までのことが無駄になるのは悲しいじゃない」

「そうですね」

 適当に相槌を打つ俺は、どう本題に移行しようかと考えていた。

 パズルの話など心底どうでもよかった。その楽しさを俺は分かち合うことができない。

 だから早いところ目当てのものを受け取り、ついでに彼の手を借りて運搬してしまいたいとそればかり考えていた。

 しかし、店長は一度始まったパズル談義に歯止めが利かなくなったのか、やや早口気味に続ける。

「それにピースを送ってくれるんじゃなくて、新しいものを送るなんて言われたら作りかけのこれどうすればいいのかしらって思ってたの」

「普通に捨てればいいんじゃないですか」

「それは悲しいじゃない」

「でも、完成しないパズルなんて持ってても仕方ないじゃないですか」

 早くこの話を終わらせてしまいたくて俺のほうも早口になる。

「わざわざそんなもの持ってても仕方ないですよ」

 そう言い切れば、店長はくすりと笑った。

「わからなくもないけれど、持っていれば何かの役に立つかもしれないじゃない」

「何の役に立つんですか……」

 完成しないパズルなど手元に置いておいても、どこかに飾ることもできなければ組み立てる喜びを得ることもできない。ただ何処かへ仕舞われて、埃をかぶって、日の目を見ることもなくなって。そんな何の価値もないものになってしまうだけだ。

 ならば――。

「素直に捨てるのが一番だと思いますけど」

 言い切ると店長は今一度微笑んだ。それから自嘲気味に言う。

「昔ならあたしもそうしたわね。けど年を取ると絶対にいらないとわかっているものでも簡単に捨てることができなくなるものなのよ。それが取るに足らないものでもね」

 言い放った店長は、少しだけ切なそうな目をしていた。

 それはきっと憧れを思うような、幸せな未来を夢想するような子供と同じで。

 輝かしい過去を回想する大人の顔だったのだろう。

 ふいに、店長の学生時代はどうだったのだろうという疑問が沸いた。彼も最初からここでコンビニの店主をしていたわけではない。もしかするとどこか遠い町で生まれ育ったのかもしれないし、今の姿からは想像もできないが学生時代はそれなりに青春を謳歌していたのかもしれない。

 一つまみの興味がわくが、それでも俺の中でその疑問の比率は大きくはならなかった。

 今はそれよりも重要な話がある。俺は少々不作法ではあるがこちらから切り出すことにした。

「店長、昨日の話なんですけど、段ボールとかもらっていっていいですかね?」

 不義理を働いている自覚があるから問いかけの形をとった。昨日のうちに了承は得ているのだからそんなこと必要はないのに。

 そう思ったのは店長も同じらしく彼はウィンクをかました。

「もちろんよ。今更確認なんていらないわ。車停めてあるからその中に積み込んで持っていきましょう」

「すみません、お願いします」

 昨日の話をしっかりと覚えていてくれた店長に深く頭を下げ、それから彼のあとを追うように裏口から彼の車へ向かっていった。


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