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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第五章 認めたくない現実
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いつからか無くなった飾り 4

「ブンカサイって何をするの?」

 帰宅してしばし、夕食に舌鼓を打っているとふいにウミが口を開いた。

 今まで静寂に満ちていたというわけではなかったものの、それでも聞こえてきたのはウミとイズミの取るに足らないやり取りのみ、甘えたがりの妹を相手にする姉の声だけだった。

 それがふいに俺のほうへとむけられたものだから、その言葉を認識するまでにいくばくかの間を要してしまった。

 ウミの作ってくれた生姜焼きをゆっくりと咀嚼し、飲み込む。

「なにって言われても、いろいろだな」

 一応は質問に答えてから、こちらも疑問を口にする。

「ってか、いきなりどうしたんだ」

 もしも、俺が帰宅したときに文化祭の準備でこれから忙しくなると話題に出していたのならばまだ脈絡があったけれど、いかんせん帰ってきてから文化祭の話題を出した覚えがなかった。もちろん文化祭というものの存在については軽く説明をしたが。

 だから、藪から棒にどうしたんだと思った。

 茶碗片手に首をかしげる俺に、ウミはにへへとにやけ面をさらす。

「アオイなんか楽しそうだから」

「……まあ、楽しみだからな」

 反射的にそんなことないと誤魔化しそうになったが、今更ウミに対してそんなけむに巻くような行いがまかり通るとは思えなかった。

 だから俺は観念して心情をそのまま吐露した。

「修学旅行いけなかった分も含めて、楽しみにしてる」

「シュウガクリョコウと関係あるの?」

「まあ学校行事っていうくくりでなら関係はあるな」

 言いながら、歯型の付いた生姜焼きを箸でつまみ上げる。ウミの作る料理は夏を過ぎたくらいからかなり俺好みの味付けになっていた。

 俺が何かこうしてほしいとリクエストをしたわけでもないのに俺の味覚に合わせてくる彼女の健気さも一緒に飲み込み、ほうと息を吐く。

「興味あるのか? 文化祭」

「アオイが楽しそうだなって思って」

「興味あるってことか」

「んー、にへへ」

 曖昧な返事とともに浮かべた笑顔からは何が言いたいのかは感じ取れないが、自ら話題に出すくらいなのだから興味はあるのだろう。そう勝手に結論付けて俺は問いかける。

「ウミも文化祭来るか?」

「……行っていいものなの?」

 その申し出は予想外だったらしく、ウミは生姜焼きへと伸ばしていた箸をぴたりと止め俺を見上げた。

「別に問題ない。気になるなら一回来てみるか?」

「行っていいなら行きたいかも。アオイが行ってるところどんなところなのか知りたいし」

「そうか」

 確かに、俺が修学旅行だのテスト勉強だのと我が儘を言い続けてきた原因とも呼べる施設だ、どんな場所か気になるのは当然のことといえる。そもそも俺の行動範囲において、ウミの知らない場所といえばもはや学校くらいしか思い当たらない。

 俺はならばと思い思案する。

「なら、店長に連れて行ってもらえ。店長も見に来るみたいなこと言ってたし。ウミ学校の場所分からないだろ?」

「アオイについていけばいいよ」

「いや、そういうわけにはいかないだろ」

「そう?」

「そう」

 部外者の入場は何時からと時間が決まっている。俺の登校と合わせて行ったとしても待ちぼうけを食らわされるだけだ。忍び込んだりでもすればいいのかもしれないが、わざわざそんなことをさせる理由もない。

 俺が学校まで案内してやれないことを思えば、店長の名前を出すのは妥当なところだろう。

 そう思った俺だったが、ウミは少し不満そうだった。

「アオイと一緒に行くのはダメなんだ」

「まぁ、入場時間が決まってるからな」

「そっか、残念」

 いったい何が残念なのかわからず俺は首をかしげる他ない。そんな俺を見たイズミがずっと閉ざしていた口を開いた。

「にい、ねえにやさしく」

「いや、これはそういう問題じゃなくてだな」

 ぼそりとつぶやかれたその声に勘弁してくれと嘆息交じりに言い訳をかますが、お姉ちゃん大好きっ子のイズミにそんなものが通じるはずもない。

 イズミは「やさしく」と念を押す。その声は決して大きいわけでも刺々しいわけでもないのにあり得ないほどの威圧感をまとっていた。

「とにかく、一緒に行くのはできないから、店長に頼んで連れてきてもらってくれ。店長はイズミのことも知ってるから二人とも一緒に」

 修学旅行のすこし前。思いもよらぬ形で店長にイズミのことを紹介しなければならなくなったあの日のことを思い出す。あの時は勘弁してくれと言いたかったが、今回のようなことを考えればそれはそれでよかったのかもしれない。

 まだ確認を取ってもいないが、きっと店長ならば二人の面倒を快く受け入れてくれるだろう。明日にでも頼んでみようと一人ごち、残りひとかけらとなっていた生姜焼きを口の中に放り込んだ。

「わかった。テンチョに連れて行ってもらう」

「そうしてくれ、話は通しとくから」

 もごもごと口を動かしながら相槌を打てば、ウミもそれを見て思い出したのか改めて生姜焼きに箸を伸ばす。

 異世界にも箸という道具はあるのだろうか。そんな疑問を持っていたのはずいぶん前の話だ。

 異世界といえば中世の石畳張りの街並みが真っ先に浮かぶ。馬車が駆け、青果の出店が客を呼び込み、道化師じみた大道芸人が人の目を引く。そんな景色が。

 だから必然、彼らの慣れ親しんだ食器はナイフとフォーク、あるいはスプーンだろうと考えてしまう。そしてそのイメージは別段間違ってなどいなかった。

 ウミがやってきて一か月もしない頃。梅雨の中ほどまで彼女は箸の扱いが下手糞だった。ありがちな差し箸でもって食事を進めるような、幼児に近しい扱いしかできていなかった。

 それが今となっては危なげなく二本の棒切れを操っている。俺がマナーがどうたらと口うるさく注意したわけでも指導したわけでもないが、気付けば彼女のその所作は日本人のそれに近しいものとなっていた。

 だから、余計に目に留まってしまった。生姜焼きを摘まんだそれが、するりと彼女の手から零れ落ちてしまうその瞬間が。

「あっ」

 声を上げるが、時すでに遅し。ローテーブルをたたいた箸先はかちゃかちゃと音を立てて転がっていく。テーブルの端から落ちそうになったところをどうにか受け止めることはできたものの、摘まんでいた生姜焼きはというとテーブルの上に転がっていた。

「にへへ」

 苦笑いを浮かべ、その生姜焼きを自身の茶碗の上に乗せる。

 怒られるとでも思ったのだろうか、その苦笑いに俺は何かを返すつもりもなかった。


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