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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第五章 認めたくない現実
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いつからか無くなった飾り 2

 元々健は人当たりのいい男だった。

 それなのにクラスメイトとどこか疎遠だったのは俺という存在があったからだ。

 休み時間は決まって俺と過ごしていた健は、ほかのクラスメイトと積極的にかかわるようなことはなかった。それは実家の手伝いをするというのも理由の一つではあったのだけれど、それにしたって交友関係を極端に狭める理由にはならない。

 俺と一緒にいることが多いせいで、健は交友関係が広がらなかった。

 俺が不特定多数の友人を求めていなかったからだ。

 俺が多数の浅い友人よりも少数の深い付き合いを求めたから健は俺だけと一緒にいた。

 いや俺が健と一緒にいたのだ。俺が健を縛っていたせいで今まで健の交友関係は広がらなかった。

 それが修学旅行をきっかけに大きく変わった。俺がいないことで、健の交友関係が広がった。

 だからといって俺が健から離れるつもりなどないが、ただ事実としてそうだったという話だ。

 修学旅行が明けてから、健はクラスの中でも中心といっていい場所に立っていた。

 だから、今回の話の流れもありない話でもなかったのかもしれない。面白半分に提案されたコメディ路線。その主役に抜擢された健は早くも台本を片手に唸っていた。

 片や俺はといえば、健の隣を陣取るでもなく教室の後ろに集合した舞台装置の製作班の片隅にいた。

 当然、俺が舞台に上がるはずもない。そんなことができる人間ではないし、あり得ないことだがもし指名されるようなことがあれば全力で拒否したはずだ。

 そんな輩の集まり大道具小道具班は、しかし活気のあるクラスメイトが多かった。

「段ボールは事務室に行ってもらえる分もらってきたけど、全然足りないよな」

 そう言いながら今しがた持ってきた段ボールを見下ろすクラスメイトA。視線の先にあるのは雀の涙ほどとは言わないが、明らかに不足している資材たち。

 どのクラスも当たり前のように段ボールやベニヤといった資材を必要としている。均等に分けられていたわけではないそれらは動きの速いクラスがほとんど持って行ってしまっていた。

「とりあえずある分で何かできることをやって、あとはその都度必要なものを用意してやろう」

 そう言ったクラスメイトAに皆覇気のない返事を返す。声を発さなかった俺が言うのもなんだが、やはり裏方というのはそういった人間がたまりやすいのかもしれない。

 そう考えるとクラスメイトAは少々場違いといったところだ。

 目鼻立ちも整った彼は明らかに裏方向きではない。上っ面どころか遠目から見ただけでしかないが、誰がどう見たって演者側に回るべきだろう。それこそコメディ路線でなければ彼がロミオをやるのが順当だ。

 しかし彼は裏方作業が好きらしく、誰かが彼を演者に推薦するよりも早く裏方の班に名乗りを上げた。

 当然やる気のある彼が現場指揮を担うこととなり、今に至るといったところ。

 そんな彼を筆頭に各々覇気のない声で話し合いを重ねつつ、今できることを最大限遂げようと動き出す。

 覇気のない声、陰気なものの集まり。などと言ってしまったがそれは何もやる気のを持たない者の集まりというわけではない。

 爪先ほどのやる気もない人間はいるものの、大方は自らに課せられた仕事に責任を持っていた。

 俺もその例にもれず、できることをこなすべく話合いの中に参加する。文化祭を楽しみにしている俺の心情はといえば、遠足前の小学生と同じようなものだった。

「足りない分の材料買いに行くのか?」

「実費で買うんじゃなくて先生に出してもらおうよ」

「段ボールとかなら家にあるの持ってきたりすればいいんじゃない?」

 手元では小道具の製作を進めつつそんな会話を聞き留める。

 ふと思う、俺の家に段ボールなどあったかなと。通販なんてほとんど利用しない俺の家にはそんなものあった覚えがなかった。

 しかし、あのマンションの一室でなければ心当たりはあった。

「あー、じゃあ俺バイト先からもらってくる」

「…………え?」

 起き抜けのような声でそう提案した瞬間、空気が緊張した。

 何事かと思って手元から視線を上げてみれば、話合いをしていた全員が漏れなくその手を止め信じられないものでも見るような目を俺に向けていた。

「え、なに」

 注目を受け居心地が悪くなった俺はやや棘のある声で問いかける。するとやはりというかまとめ役のクラスメイトAが言いにくそうに声を上げた。

「あー、いやその、島崎がそんな風に言うと思わなかったって言うか……」

「はぁ……?」

 彼はいったい俺にどんなイメージを持っているのかと怪訝な顔を浮かべれば、どうやらそれはこの場にいる全員の意見だったらしく周りのクラスメイトも小さく頷いていた。

 人当たりがいい自覚などかけらもないが、不真面目に思われるような行いをした覚えはなかった。授業をさぼったこともなければテストの点数だっていいほうだ。問題のある行動を上げるとするならば、それこそ彼ら彼女らとコミュニケーションを取らなかったことくらい。

 しかしそれはこの場においてとても大きな要素であることは事実だった。今までクラスメイトとろくにコミュニケーションを取ってこなかったのだから、勝手なイメージを抱かれていても仕方ないかと嘆息する。

「いや、やることはやるよ。こういう行事好きだし」

「…………マジか」

 次の声を上げたのは、どちらかといえばおとなしい男子。クラスメイトAと同じく彼の名前を憶えてすらいないが、上がった声に目を向けてみれば彼はじっと俺のことを見ていた。

「修学旅行も休むくらいだから、学校行事興味ないんだと思ってた」

 その言葉を聞いた瞬間。彼ら彼女らの認識と実際の俺とではかなりの齟齬があるのではないかと思い至った。

 いや、いまさらそんなことを確認するまでもない。俺自身がこの場にいる誰の名前も覚えていないのが何よりの証拠だ。俺は彼らとまともに会話すらしたことがなかったのだから。

 彼らも彼らで俺と話したことがなく、いってしまえば他人とかかわりを持ちたがらない男を勝手なイメージで判断するしかなかったのだ。

 俺は自身の怠慢さに嘆息を漏らしつつ、弁解を試みる。

「いや、修学旅行はただ風邪引いただけ。いろいろ無理が祟ったらしくて」

「バイト先って言ってたけど、結構バイトやってるの?」

「週四か五ってところ」

「なんか趣味のためとか?」

「いや俺一人暮らししてるから、普通に生活費」

「え、一人暮らししてんだ」

 そんな風に言葉を交わすたび、彼ら彼女らからは驚きの声上がった。

 そんなに驚くことだろうか、とは思わない。高校生の時点で一人暮らしをしているなど珍しいに決まっている。少なくともこのクラスにそれらしい話のある人間は一人もいない。だから驚くのも無理はないとは思ったが、そのことに逆に俺が驚かされていた。

 なぜみんなそんなに興味津々なのだろう。一人暮らしが珍しいのはわかるが、彼らの顔を見るにひとり暮らしをする学生に興味があるというよりかは俺自身について興味があるといったように見受けられる。

 俺は若干気圧されてしまっていた。さながら転校初日の転入生といったところ。

 もはや手は止まり、ただの雑談会と化してしまった裏方班。できることも現時点では多くないうえ、時間にも余裕がある今誰かが軌道修正しなければならないほど切羽詰まった状況というわけでもない。

 和気あいあいと言った空気を壊すのも忍びなく俺は戸惑いつつも質問に答え続ける。

「誰とも仲良くしないのに笹木と仲いいのはなんで?」

「別に理由があるわけじゃないけど、強いて言うならテスト勉強の面倒見るようになったから」

「島崎って勉強できるの?」

「可もなく不可もなくって感じだな」

「島崎と笹木ってデキてるの?」

「断じて違う」

 途中とんでもない質問をした女子がいたが、それ以外は淡々と答え続けた。

 やがて質問も途切れ始め、ともすれば文化祭準備にと割り当てられたホームルームの時間も終わりが迫ってきていた。

 黒板の上にある時計を見やり、誰かが会話の締めとばかりに言い放った。

「島崎ってもっと人嫌いなんだと思ってた」

 その声は女の子の声で、接点のない女子からすればそう思っても仕方がないだろうと思っていると男子もみな口をそろえて「確かに」とかなんとか同調していた。俺は男女平等に接点など持っていなかった。

 別に不特定多数と仲良くしたいという願望は持ち合わせていなかったが、それでもそんな誤解を受けていたと知ってしまえば思うところもある。もしかすると、俺の態度がもう少し違えば健だけではなく友人の輪がもっと広がっていたのかもしれないと。

「でも島崎って話すと冷たいわけじゃなくてただ落ち着いてるって感じだってわかったよ」

 この一連の会話でクラスメイトの俺に対する認識が何か変わったのかもしれない。教室の床に座ったままの俺たちの距離は物理的には変わらないはずなのに、なぜだか彼らの顔がよく見えた。

「まあとにかくバイト先からもらえたら持ってくるよ。段ボール」

 なんだか妙に気恥しくなった俺は動かないままの自分の手元に視線を落とし、話は終わりとばかりに言い放つ。

 それとほぼタイミングを同じくしてチャイムが鳴り、担任の声が上がる。

 元々弛緩していた空気そのままに休み時間に突入したクラスメイトは、しかしだらだらと片づけを始めた。

 俺もそんな彼らに合わせるように、少しだけゆっくりと片づけをし始めた。


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