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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第五章 認めたくない現実
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いつからか無くなった飾り 1

 修学旅行が終わってまだ一週間と経っていないにも関わらず、朝のホームルームでは早くも次の行事の話が挙げられていた。

「で、文化祭の出し物についてなんだが、お前らやりたいことなんかないのか?」

 当初クラス委員に任せようとした担任だが、話が逸れに逸れ、時間ばかりを食いつぶしてしまう状況を見かねて指揮を執り始めた。

 数秒前まで休み時間と勘違いを起こしそうなほどおしゃべりに盛り上がっていたクラスメイト達も教師の声を聞けば背筋も伸びる。みな一堂に沈黙し、意見を待つ。

 最初に声を上げたのは確か運動部の何かしらに在籍していた男子。

「屋台で何かやろうよ。食べ物系。たこ焼きとかフランクフルトとか」

 その発言に追い風を立てようとクラスのあちこちから肯定的な言葉が飛ぶ。文化祭といえば、確かに俺の頭に浮かぶものそういった屋台の食べ物屋だ。追い風を立てる一員になる気など毛頭ないが反対する理由もない。

 クラスの誰も彼もがその点では一緒だろうとそう思ったのだが、一つ悩ましげな声が上がった。

「うーん、おそらくだが屋台は出せないぞ」

 そう言ったのは担任教師。クラスメイトがみな一様に口をそろえて驚愕と疑問、、それから落胆の入り混じった声を上げたのを受けて彼は説明し始める。

「屋台を出すって言っても場所の問題があってな、その場所は取り合いになるんだ。で、社会の仕組み同様年功序列がここに採用されていて、上級生から順番に優先されることになる」

 わかるか? と言いたげに目配せをする担任にみな押し黙った。

「つまるところ、二年生のお前たちはその取り合いに勝たなきゃいけないわけだが、三年生全クラスが屋台を申請すると枠がすべて埋まる」

「でも、一クラスでも申請しなければ枠が空くってことですよね」

 運動部の彼がそう声を挙げるが、担任は言いにくそうに続ける。

「もうすでにホームルームをしたクラスもあって、三年生の出し物はみんなでそろってる」

 そこまで言うと、担任はちらりと運動部の男子を見た。

 みなまで言わずともわかるだろう、と言外に告げられた彼は消沈し風船から空気が抜けていくような動作で着席した。

「ちなみに食べ物屋をやる場合、当然生ものはできない。そのうえで内容が被らないようにしてもらいたいというのが教師の意見だ」

 いろいろな出し物があるほうが学校というものの見栄えとしていいのだという。多種多様、個性がうんたらと付け足していく。

 そんなことにまで教師の都合を押し付けられたくはないというのが学生の本音だろう。クラスメイトは不服そうにしている。

 しかしそう言われてしまった手前、安易な意見を口にすることはできなくなってしまう。

 委縮した生徒たちから声が失われてしまう。

「喫茶店なんかは定番で、それこそ趣向を凝らせばいくつあってもいいだろうが」

 フォローのつもりなのかそんなことを言う担任。しかし一度意欲が失せてしまった生徒たちの頭からは飲食の出し物という選択肢がもはや消えかかっていた。

「…………」

 沈黙は長く感じる。意味もなく時計を見つめて秒針の音を数えてみたりする。

 実際に数えたのは十やそこいらだが、もっと長い時間が経ったように感じてしまうのは空気の重たさのせいだろうか。

 すっかり気が削がれてしまった生徒たちはもはや悩むそぶりも見せずに黙りこくっている。

 しかしそんな中、ふいに声が上がった。

「んじゃさ、演劇は? うち一回劇やってみたかったんだけど」

 そう声を上げたのは赤茶色の髪の毛をした女子。そう言ってしまうとミサキの髪色と同じに思ってしまうが、その女子の髪の毛はそれよりもよほど赤に近かった。むしろ赤紫といってもいいのではないかと思うほどだ。

 毒々しい髪色の彼女は、横やりが入らないことを確認してから続ける。

「ロミジュリとか定番じゃん? うちの学校演劇部もないし、そもそも文化祭で劇やるクラスなんかないだろうし、面白いんじゃない?」

 そう言う女生徒に同調するクラスメイトは一人もいない。みな口には出さずともこう思っているのだ。

 文化祭のクラスの出し物としてやることだろうか、と。

 クラスの出し物といえば屋台、喫茶店。主に飲食系統に集約される。それ以外で何かやるとなればお化け屋敷などのアミューズメント施設になるだろう。

 演劇をするなど誰の頭にもなかった。それは声を聴かずとも表情を少し伺いみればわかることだった。

 そもそもの問題として――。

「演劇をやるとして、どこでやるんだ?」

 クラスメイトの声を代弁し、担任が女生徒に問い掛ける。

 まさか劇をどこかの一教室でやるなどとは考えていないだろう。たかだか四十人弱の生徒がすし詰め状態で授業を受けるような場所で。もしも教室を会場として考えているのであれば、クラスメイトの表情はさらに沈んでしまうことだろう。

 端的に言って、そんなものはぱっとしないのだ。

 それこそ体育館のステージでも使えるのなら話は別だが、こんな狭い教室では臨場感も何もあったものではない。

 いったいどう考えているのかとクラス中の意識が彼女へと向かう。

 そんな重圧の中、しかし彼女はとぼけたような声で言い放った。

「え、体育館とか使えないの?」

 今度は担任へ視線が集まる番だった。

 いったいどうなんだと、クラス中が視線で問いかける中担任はというと。

「申請すれば使えないこともないだろう」

 あっけらかんと言い放った。

 教室の空気が弛緩する。何も安堵が満ちたというわけではないが話がひと段落ついた拍子にみな呼吸を思い出したのだ。誰のものかもわからないと息の音を聞きながら、話の行く末を俺は黙って見守る。

 俺は文化祭に興味がないわけではない。どちらかといえば楽しみにしている側の人間だろう。

 けれどやはり、こういった場で積極性を出していけるほどの人間的な活発さは持ち合わせていなかった。いや、それも少し違う。

 正直、俺は何をやるかなどどうでもよかった。何でもよかったのだ。

 文化祭の出し物をなんだかんだといいながら必死こいてやりたい。俺が今求めていたのはそれだけだった。

 その中身が喫茶店だろうと出店だろうと、お化け屋敷だろうと演劇だろうと些細なことだ。展示になってしまうとそれはそれで残念にも思うが、それだって出し物であることに変わりはない。

 なんだってよかった。だから俺は黙って定まった風向きに身を任せるつもりでいた。

「んじゃあ演劇にしない?」

「でも面白いか? 普通の演劇やってもつまんないだろ」

「そもそも演技なんてできる奴いるのかよ」

「衣装とかも作ることになるならそれもじゃね?」

 もはや演劇に決まったとばかりに話を進めていくクラスメイト達。もちろん反対意見というか、面白くなさそうにする者たちもいた。

「劇ってクラスの出し物としてどうなんだよ」

「人前に立ちたくない」

「面白くないだろ」

 やはりというか、反対派閥の陰気な空気のほうが大きい。様子を見るに演劇経験者など一人もいないのだろう。不安にもなる。そもそも劇を真剣にやりたいという人間などこの場にはいない。

 俺と同じだ。文化祭を楽しみたい。ただそれだけなのだ。

 最大限楽しめそうな屋台や喫茶店といったメジャーな出し物を想像していた大多数は、その出鼻をくじかれたこともあって口から出す音は重たかった。

「…………」

 俺は何の気なしに前の席の健を見る。席替えを経て目の前に来た大きな背中は本当に同級生なのかと疑いたくなる、教壇に立っていたほうがまだいくらか自然に映るのではないかと思うほど。

 そんな彼に声を投げかけるわけでもなく、何かしらのアクションを起こしたりしないのかとただ眺めていた、そんな時だった。

 ふいにどこからかこんな声が上がった。

「どうせロミジュリやんならジュリエット健にしようぜ」

「…………は?」

 沈黙を決め込んでいた俺はあまりに突然のことに頓狂な声を上げてしまった。

 漏れ出た俺の声など誰も気に留めず話は広がる。

「筋肉ジュリエット?」

「筋肉で短剣はじきそう」

「ならロミオはトレーナー?」

「用意した毒薬プロテインにすり替えるじゃん」

「それは確かに面白そう」

 さっきまで聞こえていた陰気な声はどこへやら、みな口元に笑みを携えながら次々に案を出し始める。

 みな俺と同じで文化祭を楽しみたいだけ。

 だから、楽しめそうならばその中身は何だって構わないのだ。

 急遽定まった方向性に驚愕しつつ前の席の健を覗き見てみれば、その横顔には豪快な笑みが浮かべられていた。

 修学旅行を期に、健はクラスの中心人物になっていた。


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