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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第四章 あれもこれもと手を伸ばす
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不意に入った亀裂 3

「お前店長になんか言ったか?」

 夕食時、腑に落ちなかった俺はウミに尋ねていた。

「なんかって?」

「んー……。元の世界のこととか? あと俺と暮らしてることとか」

「テンチョとはずっと会ってないよ」

「まあそうだろうけど」

 俺が聞いているのはあの日バックヤードでどんな会話が繰り広げられていたのかだ。何も秘密裏に店長と密会をしていたのではないかと疑っているわけではない。

 ウミはようやく俺の言いたいことを理解したのか唸り声をあげる。

「あの日はアオイのことを聞かれただけだよ」

「俺のこと?」

 少し予想外で声を上げればウミは頷いてみせる。

「そう。アオイのことどう思ってるとかそういうこと」

「ウミ自身のことは聞かれたりしなかったのか?」

「聞かれたよ。でも向こうの世界のことは聞かれたりしなかったし話してないよ。ちゃんとアオイが言ったみたいに妹ってことにした」

「一緒に暮らしてるとは?」

「言ってないよ。遊びに来てるって言った」

 アオイがそういう話にしたんでしょ、と言いたげに首をかしげる。そんな同居人を見て俺は首をひねるしかない。

 なら店長はなんで一緒に暮らしているなどと誤解していたのか。いや誤解ではないのだけれど店長にそう伝わっていないということは彼が勝手に同居していると解釈したということだ。

 いったいなぜそんな風に思われていたのか、いやそもそも、なぜ今になってそんな話をしだしたのだろうか。俺が修学旅行で家を空けることになるからだとしても、気遣いのできる店長にしては今更だ。もしずっと俺とウミが一緒に暮らしていると思っていたのならばことあるごとにウミの様子を訊ねてきたはずなのだ。

 どうにも腑に落ちない。何か俺は失敗を犯したのではないか。

 俺の抱える特別な事情が露見するような何かをしでかしたのではないか。

 自身の行いを鑑みてもそう思えるところは一つもなかったけれど、芽生えた不安は消えてはくれない。

「ウミ、改めてだけど俺たちは家族だ」

「うん、わかってるよ」

 にっへへー、なんて満足げに笑うウミ。今はそういう意味で言ったわけではないのだが屈託のない笑みのせいで毒気が抜かれてしまいそうになる。

 俺は努めて落ち着いた声音で諭すように言う。

「俺は兄で、お前は妹。そういう関係だと周りには認知されなきゃいけない」

「イズミも妹」

「そうだが話をややこしくするな。つまり間違っても異世界人だとかもしくは他の関係だと思われるわけにはいかないわけだ」

 誘拐犯に仕立て上げられるのはたまったものじゃない。そんなことでこの関係が崩れるようなことがあれば悔やんでも悔やみきれない。

「だからウミ。外では…………茜さん以外には今までと変わらず兄妹だってことを認知してもらえるように振る舞おう」

「わかった」

「ほんとにわかってんのかよ」

 考える素振りもなく返事をしたウミに不安を覚えるが、俺からできることは気をつけろと忠告することくらい。俺がウミと一緒に外を歩いてあからさまに妹だと呼べばかえって逆効果。なんのアピールだと注目を集めてしまいかねないし、そもそもそんなことをする度胸も持ち合わせていない。

 急に湧いて出た不安をどう片付けようかと悩む俺に対してウミは気楽そうだ。

「でもアオイ。私あんまり外出たりもしないし、気にするようなことじゃないと思うよ」

「確かにそうだろうけどさ」

 何も監禁しているわけではないが、ウミはあまりこの部屋から出ていかない。出ていったところでやることがないというのが正直なところだろう。

 買出しに関しては財布を持っている俺がほとんど担当しているためスーパーに出向くことだってほとんどない。ある程度の読み書きができるので任せてしまってもいいのだろうが、今までの癖でウミには任せていなかった

 考えてみれば、というよりも考えずとも何かへまをするとしたら俺のほうが可能性が高い。いかに人付き合いの少ない俺と言えどもゼロではない。ふとした瞬間にぼろが出ることだってあるだろう。それを見られる可能性が高いのは俺のほうだった。

 これはいよいよ俺が戦犯なのではないかと思い始めるが、それでも注意喚起だけはしておきたい。

「気を付けるだけは気をつけてくれっていう話だ。ただそれだけ」

「うん、わかった」

 またも間を開けずに返事をするウミ。本当にわかっているのかと再三問いたくもなるが、このままでは話が進まない。今回はそれよりも重要な話がある。

「それでウミ、こっちが本題なんだが。二週間後に三日ほど留守にする。その間イズミと二人で生活してほしいんだけど、大丈夫か?」

 言うと、ウミはきょとんと首を傾げた。

「何かあるの?」

「学校の行事でな。家を空けなきゃいけない」

「じゃあまたアカネのところ?」

「いや、そんなしょっちゅう頼るのも悪いから今回は頼まないつもりなんだが……」

 きょとんとしたままのウミを見やる。ビー玉みたいなまん丸の瞳に映った俺は表情も変えずに疑問符を吐いた。

「二人で三日、大丈夫か?」

 言いながら、俺はほとんど心配をしていなかった。

 茜さんに預かっていてもらった時とは状況が違うのだ。たった三日ということもあるし、この部屋自体が使えなくなるわけではない。そして何より、生活するうえで必要なものはすでにそろっている。

 ウミは家事全般が得意だ。料理はレシピさえわかってしまえば滞りなくこなせるし、一応は識字も問題ない。買い物が必要になるような状況を作るつもりはないがもしもの時はどうにでもできるだろう。イズミの面倒を見ることはいわずもがな。こちらに関しては俺がわざわざ心配するようなことではない。

 誰かに迷惑をかけるかもしれないという不安がないこともあって、俺に心配事はほとんどなかった。

 それにウミのことだ、寂しかろうがきっと頷いてくれるはずだと思った。

「うん、平気」

 俺の予想にたがわず、ウミは無感動にうなずいた。条件反射のような受け答えにさっきまでなら不安も覚えたが今は胸を撫で下ろすほかない。

「なら、留守の間頼む。ここを訪ねてくるような人はいないだろうけど、誰か来たらそうだな、基本は居留守でいい」

「わかった」

 今言うべきことではなかったかとも思ったが、まあいいだろう。

 ウミにすべき説明はあらかた終わったと思い、今度はその隣へ目を向ける。

「イズミも留守の間頼むな」

「…………」

 しかし髪の長い異世界人はうんともすんとも言わない。それどころか俺と目を合わせようともせずじっとウミのことを見つめていた。

「イズミ?」

 聞こえなかったのかと思い呼びかけるが返事はない。視線はいまだ姉へ向けられている。

 どうかしたのかと思いその視線につられてウミへと目を向けようとしたところでようやくイズミがこちらを向いた。

 ただ単に反応が遅れたというにはいささか時差がありすぎるが、果たしてイズミの答えはというと。

「…………」

 無言だった。うんともすんとも言わない。それどころか俺の問いかけはなかったものとして扱われているのか黙々と食事を進めている。

 ウミの作った生姜焼きはそれはいい出来だろうが、何もそんな熱中するほどでもないだろう。などと現実逃避をしつつ。変わらないその表情を窺う。

 世の中には無言の肯定という言葉もあるが、そう解釈できそうにない。むしろその逆だ。

 乏しいその表情からは、かすかにだが怒りのようなものを感じられた。俺と目を合わせないくせに妙に鋭い目つきをしているからだろうか。

 俺は二の句が継げなくなってしまう。

 俺は何か怒らせることをしてしまったのか。もしかして無責任だと感じたのだろうか。二人を置いて修学旅行に行くことが、家を空けることが無責任だと感じられてしまったのかもしれない。

 そう考えたら余計に何も言えなくなってしまって、白米の入った茶碗をそそくさと空にする。

「ごちそうさま」

 そんな俺の目の前でウミは手を合わせると食器を片付けにキッチンへと向かった。

 いつものことだが洗い物はウミが買って出る。毎日というわけではないが、俺がバイトをして帰ってきた日には頑としてその場所を譲ろうとはしなかった。

 だからそのこと自体に不思議はなかったのだけれど、なんだか引っかかってしまう。

 けれどその疑念はすぐに解消された。ウミが席を立つや否や、もう一人の同居人から声が上がった。ウミは気を利かせたのだ。

「にいはなんで留守にするの」

「なんでって、学校の行事があるから」

「参加しなければいい」

「いや、簡単に言うけどな」

 ウミとイズミを匿うと決めはしたが俺はあくまで学生。当然学生らしい生活も無碍にはできない。テストもそうだし行事もそうだ。

 しかしイズミはそれを理解していないのか、はたまたできないのか無表情のまま、けれど瞳には非難の色を覗かせながらこう言った。

「にいもねえをいいように使うの?」

「は?」

「にいは違うって思ったのに」

「いや何が」

「せっかくねえが…………」

 問いかけるがイズミは会話など求めていないといった様子だった。俺に怒りをぶつける、ただそのためだけに言葉を紡いでいる。

「イズミ、今のにいは嫌い」

「は、いや。なんだよそれ」

 慌てふためいたのは嫌いだと言われて動揺したからではない。ずっと動揺はしているのだから今更だ。

 そんな俺をほったらかしてイズミは食器をまとめ始める。

「イズミはねえの望むとおりにする。だからイズミに確認はいらない」

 食器をまとめ終わったイズミは立ち上がる。床に座ったままの俺と立ち上がったイズミではイズミのほうがやや目線が高かった。

「でも、納得はしない」

 自分よりもはるかに小さなはずのその体は似つかわしくない威圧感を放っていた。

「ねえを同じ目に合わせるならイズミは許さない」

 言いながらまっすぐ見詰めてくる。その瞳にあるのは激情。純粋な苛立ちだった。

 けれど、去り際そのとげとげしい雰囲気は鳴りを潜め、俯き加減に目を逸らしたイズミは懇願する。

「にい、お願い」

 そして同じトーンのまま振り返りざま、どこか吐き捨てるようにイズミは言った。

「大人たちと一緒にならないで」


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