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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第四章 あれもこれもと手を伸ばす
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不意に入った亀裂 2

「アオちゃんの修学旅行って来週だったかしら?」

 今日も今日とてアルバイトに勤しむ俺に、店長が話しかけてくる。

 店内の人がはけるたびに会話をしてこようとするのはやや面倒ではあるが、バックヤードに籠ってパズルに熱中されるよりかははるかにましなので文句を言うのもどうかといったところ。

 俺はけだるさを前面に押し出すのみにとどめた。

「再来週ですよ。ちなみになんで俺の腕を触るんですかね」

「人肌恋しい時期なのよ」

「まだ残暑残る時期じゃないですか」

「店内はいつでも肌寒いじゃない」

 だったら時期は関係ないだろう。というか冷房の調節をしてくれ。なんて言葉をすべてため息に秘める。

「アオちゃんも肌寒いでしょ、あたしの体温分けてあげるわよ」

「鳥肌立つ程度にはうすら寒いですね」

「言い方に悪意があるわよ」

 いけず、なんて言いたげに俺の二の腕をつつく店長。気色悪いことこの上ないので振り払ってから隣のレジまで後退する。

「露骨にスキンシップを避けるなんて、傷ついちゃうわぁ」

「望まないスキンシップで俺の心が傷つくとは考えないんですかね?」

「あなたの言葉本当に鋭くてぞくぞくするわぁ」

「こっちも店長にはぞくぞくさせられてますよ」

 それどころかびくびくしているまである。今はまだ腕や肩に触れられるだけで済んでいるが、そのうちこれがもっと過剰になって、しまいには抱き着かれたりするんじゃないかと内心怯えていた。

「修学旅行は京都とかに行くのかしら?」

「沖縄です」

「あら水着? あたしアオちゃんの水着見たぁい」

「はっはっは」

「随分感情のない笑い声ね」

「ほかの返し方を知らないので」

「俺の体そんな魅力的ですか? くらい言えばいいのよ」

「店長と違って俺はナルシストではないので」

 雑談などもともと中身のないものだが、店長との会話はその究極系だと思う。あまりに脳を必要としない会話だから一周回って頭が痛くなってくる。きっと脳が理解することを拒否しているのだろう。ここまでくると店長との会話は災害に近い。

 このまま中身のない会話をし続けるのは気が重いので俺のほうから少しばかり真面目な話を投げかけることにする。

「夏の間バイト増やしてもらって助かりました」

「気にすることないわよ。こっちとしても助かってるんだから」

「でも、無理にシフト入れてもらったので」

 いつだか、今以上にシフトを増やしてもらっても店としてのメリットはないと言われたことがある。だから出勤時間を増やしてもらったことは店長の、ひいてはこのコンビニ自体の負担になっているのではないかと思っていたのだ。

 しかし、店長はこう続ける。

「無理じゃないわ。前は出勤時間を増やしてもらう利点はないって言ったけれど今は状況も違ったのよ」

 言いながら店長は深く息を吐く。

「もう一人のバイトの子が就活でシフト減らすことになってたから、新しくバイト募集するかも悩んでたくらいなのよ。だからアオちゃんには助けられちゃったの」

「バイト募集する手間が減ったってことですか」

「それと新しく指導する手間もね。だから無理を飲み込んであげた覚えはないわ」

 言いながら店長はウィンクを一つ。虫唾が走ったが距離は詰められなかったので吐き気にまでは発展せずに済む。

「それよりも夏休みは楽しめたのかしら? アルバイトばかりでまともに遊んだりできなかったんじゃないの?」

「そうですね、遊んだ覚えはないです。と言ってもそれはバイトのせいってわけじゃないですけど」

「せっかくの高校の夏休みなんだから青春の一つでもしなさいよ」

「青春ですか」

 そんなものには無縁だなと自身の学生生活を振り返って思う。

 今の生活に満足していないわけではないけれど、この暮らしは一般的に青春と呼ばれるあれこれから一番遠いところにいるように思う。そもそも俺の性格的にそんなものは肌に合わないのだろうけれど。

「そうよ恋したりいろいろあるじゃない」

「部活に打ち込んだりとかですかね」

「そうそう」

 相槌を打つ店長は楽しそうに語る。他人の色恋がそんなに面白いものだろうか。なんて思っていると店長がうっとりとした目で中空を見据えた。

「あたしが学生の頃は青春してる子がいっぱいいたわよぉ。それこそあたしが恋のキューピットになってあげたことだってあったわ」

 うふふ、なんて気色の悪い笑みを浮かべる店長。その姿をそのまま学生に落とし込もうとしたせいで俺の脳内では学ランに身を包んだオカマが誕生した。

 普段の店長を知っているからげんなりしてしまうが、もしも彼のような人がクラスにいればきっと人気者だろう。健同様、人目を引くし、気さくさが何よりの武器だ。

 学生時代から今のスタイルだったかどうかはわからないが、きっと学生時代の店長はいわゆる青春を謳歌した側の人間だったのだろう。もしかするとクラスの中心人物だったのかもしれない。そんな想像が容易なくらい店長は誰とでも気さくに接していた。

「恋ですか、俺には無縁ですね」

 対して俺はと言えば不愛想の代名詞のような人間だった。友人はおろか、クラスで挨拶を交わす相手だって健を除けば全くのゼロだ。そんな俺に女生徒とのかかわりがあるはずもない。もしかかわりがあるとするならばそれは健を経由した場合のみだ。俺と健の仲を遠目に観察して悲鳴を上げるあれも関わりと言えばそうなのかもしれないが。

 クラスの女子と話した記憶なんて一つもない。当然他クラスも、他学年も同じく。

 部活動も委員会もこなしていない不愛想な男子生徒に浮足立つような人間関係などあるはずもないのだ。

「そうなの? 学校じゃなくてもいいじゃない。あるでしょ女の子とのつながり」

「……茜さんのこと言ってます?」

 首をひねりつつ尋ねれば店長はにこにこと笑みを浮かべていた。

「あたし知ってるのよ。あなたたち一緒に花火やってたでしょ」

「茜さんから聞いたんですか?」

 確か店長と茜さんは仲が良かったはずだ。同じ大学のOBだとかで茜さんは店長のことをブキさんなんて呼んでいた。

「違うわよ、あなたたちが並んで歩いてるのを見たのよ」

「なら、ウミも一緒にいたのもわかってますよね」

「そうね。ウミちゃんだけじゃなくてほかにも女の子侍らせてたわね」

「その言い方だと俺クズ男じゃないですか」

「でも事実そうでしょ?」

 女性関係ではなく人間性という部分に関して言えば確かにクズと言えなくもないが、事実は店長の脳内とは一致していないので首を振る。

「だったら俺は相当なロリコン、というかシスコンになるんですが」

「あら、今更じゃない。っていうかウミちゃんの年齢相手にロリコンはないわよ。あなたとそんな歳離れてないでしょ」

「いやそもそもなんでウミがその対象なんですか」

「禁断の恋は燃えるわよ」

「これが虚構と現実の区別がつかない若者というやつか」

「そうね私まだ若いから」

「四十が何言ってんですか」

「まだ三十代よ!」

 年齢の話は禁忌なのか声を荒げる店長。女性に年齢と体重の話はしてはいけないと何かで見たことがあったが、男でそれを気にするという話はあまり聞かない。普段の様子を見て誤解してしまいそうになるが、店長は別に女性の心を持っているというわけではなかったはずだが何を必死になっているのだろう。

 半分呆けながら手持ち無沙汰にレジスターの側面をなぞる。

 今日はあまり客が来ない。もともと満員御礼なんて言葉とは無縁のコンビニだが、ここまで人が来ないのもなかなかない。いつもならば近所に住むおばさまが店長と喋りにやってくるころ合いだろうに。

 俺と店長は雑談に興じて時間をつぶすくらいしかやることがない。

「まあ、半分は冗談として」

「半分は本気ですか」

「茶化さないの。とにかくあまりバイトばかりにかまけるのはよくないわよ。多少の余裕ができたら自分の時間をもっと大切になさい。あたしとの時間が大切だっていうのならこれからもバイト頑張ってくれてもいいんだけどぉ?」

「仕事は大切ですけど店長との時間はどうでもいいです」

「バッサリね!」

「仕事は仕事で割り切ってますから」

「振られちゃったわぁ」

 なんて何もかもが冗談に聞こえるが、この人なりに気を使ってくれているのだろう。

 自分のしたいことがあるなら遠慮なく言え、とでも言っているつもりなのだ。何とも回りくどいというかなんというか。

 そんな彼だから俺も冗談のうえでしか辛らつな言葉を吐くことができない。コミュニケーションの一環として冷たくあしらったりしているだけなのだ。

「何かあったら言いなさい。多分あたしでも力になれるわ。遠慮や意地で大切なもの取りこぼさないようになさい」

 こうやって目一杯ふざけておきながらふとした瞬間に真剣な顔つきになるからたちが悪い。彼になら甘えてもいいんじゃないかなんて思わされてしまう。

 当然そんな彼に対して冗談めかして気持ち悪いだのと口にできるわけもなく、気持ちを切り替える意味も込めて一つ息を吐いた。

「その時は言いますよ。今回だって修学旅行行きたいからってお願いしましたし」

 言うと店長はにこりと笑みを浮かべる。

「それで、修学旅行は行けることになったのかしら?」

「おかげ様で積立金も旅行先で使えるお金も何とかなりそうです」

 無理を言って出勤日数を増やしてもらった手前、修学旅行の話題となれば無碍にすることもできない。とはいえいまだに俺の二の腕に手を伸ばそうとするところは心の底から気持ち悪いと思うので触られないように距離をとることは怠らない。

 そんな俺を見て気味悪く嬉しそうに笑う店長。そんな彼に眉を顰めそうになったし、実際に眉を顰めはしたのだが、それはまた別の理由に起因していた。

「お金のことだけじゃなくて、ウミちゃんのことよ」

「……はい? ウミのこと?」

 どう話が転べばウミが話題に出るのだろうと思い首をかしげると店長は柔らかく微笑む。

「数日とはいえほったらかしにするのは不安じゃないの?」

「…………」

 店長が何の話をしているのか本当にわからなかった。

 いやわかってはいる。ただ店長からその問いが来たことを理解できなかった。

 店長は確かにウミの存在を知っている。四か月前に一度顔を合わせているのだからそのことに疑問はない。俺が引っかかっているのは、理解できていないのはそこではない。

 店長は俺の事情を知っている数少ない人物の一人だ。親元を離れ一人暮らしをしていること、生活費を仕送りではなくアルバイトで賄っていること、俺が実家と距離を置きたいこと。

 健同様俺家庭事情まで全て知っているわけではないが、俺の今の環境を彼は理解しているはずだった。

 だから疑問符ばかりが脳を支配した。

 俺はウミと一緒に暮らしているなどと説明した覚えはなかった。妹と紹介したがあの時はたまたま遊びに来ていたとも説明したはずだ。何より俺が一人暮らしなのは今更説明するまでもなくわかっていることのはず。

 もしやあの時ウミがいらぬことを口にしていたのだろうか。バックヤードでパズルに供していた二人の様子を俺は知らない。

 途端に冷たいものが背中を伝い、どう言葉を選べばいいかわからなくなってしまう。

「どういう意味ですか? 何でウミの話」

 努めて平静を装い、状況を理解しようと画策する。

 下手にしゃべって情報を彼に与えてしまうわけにはいかない。もし店長が俺とウミの事情について何も知らなかったら藪蛇になってしまうのだから。

「どういうって、そのままの意味よ?」

「ウミと一緒に暮らしてるなんて言った覚えないんですけど」

 事実はどうあれ俺たちは一緒に暮らしてはいないと伝えていたはず。そう確認をとれば店長はしばし沈黙した後、はっとしたように目を見開く。

「あー、そうだったわよね。あたし何言ってるのかしらいやねぇ」

 どこか焦ったように、言い聞かせるように声を発する。その様子を見て俺はまたしても顔を顰めるが、店長のほうはすでに笑顔を浮かべていた。

「なんか勘違いしてたみたい。そうよねアオちゃん一人暮らしだものね。それにウミちゃん妹って言ってたし、一緒に暮らしてるなんてほんとあたし何を言ってるのかしら」

「…………」

 最後まで自分に言い聞かせているような店長に俺が疑念を抱き続けた。


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