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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第四章 あれもこれもと手を伸ばす
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不意に入った亀裂 1

「九月下旬になれば修学旅行だが、すぐあとにはまたテストがあるので気を抜かないように」

 担任のお小言から始まった新学期のホームルームは、当然のごとく騒がしい。

 夏休み前、期末テストでひいひい言っていた健も上機嫌。おそらくだが担任の言葉は最後まで届かなかったのだろう。それは当然ほかの生徒も同様で、まだ担任が話を続けようとしているにもかかわらずあちらこちらで修学旅行について話しだしていた。

「葵。金のほうは大丈夫そうか?」

「ああ、何とかな」

「じゃあ一緒にいろいろやろうぜ」

「そのつもり」

 背後から話しかけてきた声に振り返りもせずに答える。そこには図体のでかいパン屋のせがれが豪快な笑顔を携えているのだろう。

 夏休みの記憶は、ほとんどバイト先だった。

 今も目をつむれば手元にはレジスターがあるという錯覚に陥るほど俺はバイト先のコンビニに入り浸っていた。そういうと柄悪くたむろしていたようにも感じられてしまうか。

 俺はこの修学旅行というイベントのためにアルバイトに勤しんでいた。

 ほぼ毎日バイト先と自宅の往復をしていた俺に夏らしい思い出は存在しない。

 海もお祭りもレジャー施設も。何一つ俺の夏には無縁だった。

 覚えがあるのは店長の湿度の高い声を筆頭に商品のバーコードを読み取り続ける電子音とせわしなく動く自分の手。紙幣と硬貨の手触りとビニール袋を広げる感覚。商品棚の並びにホットスナックのケース。

 何から何まで浮かぶのはバイト先の光景だ。

 それ以外にも確かに何かあったような気もするけれど、今強いてあげられるものと言えば二人の異世界人と食卓を囲んだことくらい。花火をしたことは夏らしいと言えばらしいがあれは夏休みに入る前の出来事だったので夏休みの記憶とは呼べない。

 むしろ思い返す夏よりも差し迫った旅先のほうが幾ばくか夏を感じられた。

「沖縄って九月でもまだ熱いのかな」

「そうなんじゃねえの?」

 曖昧に答えながら勝手な想像を膨らませつつ、俺はほころぶ口元を引き締める。

 担任が何やらやかましいが、誰も耳を貸したりはしない。諦め交じりの嘆息を視界の端に映っていた。

「……これから班決めをするから少し静かにしろ」

 担任がそう口にするや否や、打って変わって生徒は口を閉ざす。それを見て担任はまた溜息を吐いた。

「一日目と二日目では宿泊場所が違うからそれぞれ班を決めてもらう。一日目の部屋は基本的には二人部屋もしくは三人部屋だ。二日目は大部屋、と言っても六人から七人で一部屋になる」

 黒板に一日目と記され、人数割りが書き出される。

「まずは一日目。男子は十九人なので三人班が五つ、二人班が二つ。女子は十二人なので三人班を四つ作ってもらう」

 人数の割り振りに言いたいこともあるのだろう。どこからかひそひそと話し声が聞こえる。

 俺としてもまあ思うところはあった。男子の二人班は四人班にしてしまうほうがいいだろうとか。まあ俺個人としては願ったり叶ったりだし、学校提携のホテルを使うのだろうからこちらがとやかく言う話でもない。

「二日目は男子三班、六人二班七人一班で作ってもらい、女子は六人班を二つとなる」

 そこまで書き終えた担任は俺たちに振り返る。

「まあ、時間がかかるのは一日目の班決めだろうから先にそっちから決めよう。はい、じゃあ立って班決め開始」

 ディレクターが撮影開始を宣言するみたいにパンッ、と柏手を打つ。それを合図に男女関係なく席を立ちあがり我先にと仲のいい友達のもとへ声をかける。

 争奪戦。なんて言葉がしっくりするその現場にもちろん俺はいない。席を立たなかった少数派の人間の一人として模範的な不人気具合だった。

「健、俺らと班組まねぇ?」

「たまにはどうよ」

 それに対して後ろの席の健は立ち上がらない少数派の生徒だったにもかかわらず俺とは大違い。大人気だ。

 普段から俺とばかりつるんでいる健だが、何も彼に友達がいないなどということはない。気前のいい笑顔、筋骨隆々の目立つ体躯、そのくせ威圧感を与えない頭の悪さに付随した愛嬌。

 人気者にならないほうがおかしいくらいなのだ。

 高校生でここまで個性の立っている人間もなかなかいない。部活動に打ち込む者、アルバイトに勤しむ者、勉学に励む者。例を挙げれば息がないが、そういった者たちとは違う何かを健は確かに持っていた。

 しかし当の健はきょとんとした顔のままこう返す。

「ん、二日目ならいいぞ。一日目は葵と組むからな」

「まあ、そうだよな。だと思ってたよ」

「ほんとな仲いいよなお前ら」

 お前ら、と複数系で言われてはいるが彼らの視線が俺に向くことはない。目当ては健だけで俺はよくてそのおまけ程度なのだ。

 彼らのほうを一瞥もしない俺に実際のところはわからないが、そうだと断言できてしまうだけの根拠もあるのでわざわざ会話に加わったりしない。俺のことはおまけ扱いか、なんて自虐気味に話しかけられるような関係でもない。

「んじゃあ、二日目は同じ班で、それと班行動のときに一緒に回ろうぜ」

「おう、そんな感じで頼むな」

 終始明るい声で、角を立てることもなく健は男子生徒を見送った。

「……マリンスポーツとか選択できたし、まだ全然暑いのかもな」

 それからまるで独り言のようにそう呟く。それは決して独り言なんかではなく、俺に向けての言葉だということは数刻前の会話を思い出せばすぐに理解できた。

「お前マリンスポーツやるつもりか? 俺マングローブ見てまったりするつもりだけど」

「いや、俺トンカチだから海に入るつもりはねえよ。ってか基本葵と一緒に行動するつもりだしな」

 健は就寝班を組もうとは言わなかった。というか、その態度を見ればもうわかりきっている。

 健の中でそれはもう決まっていることで、わざわざ口に出すようなことでもなかったのだ。あるいは先ほどの他生徒との会話を俺が聞いていると踏んでわざわざ口に出すまでもないと判断したのか。

 どちらかはわからないが、そんな健の態度が嬉しくて頬が緩む。

「お前たち、決まったら黒板に名前を書きに来い。早い者勝ちじゃないから勘違いするなよ」

 ふいに聞こえた声に振り向けば、担任は黒板をこつこつとノックしていた。

 黒板には先ほどまではなかった1班~7班までの文字。その上に小さく人数が書かれている。女子の5班はすべて同じ人数だからかそんな記載はない。

 健はそれを見るなりさっさと黒板に俺たちの名前を書きに行った。

 7班2人と書かれた真下に俺と健の名前が記される。それを見て健は満足そうによしと呟き手についたチョークを払った。

 戻ってきた健は席に着くとまた雑談を始める。

「そういやホテルってやっぱ和室なのかな」

「どうだろうな。…………いや、一日目は洋室なんじゃないか? 和室だったらそれこそ二日目みたいに大人数で一班にして雑魚寝させるだろ」

「ああ、そうかもな。ってことは二日目は和室で一日目は洋室か」

「かもしれないな」

「中学の頃の修学旅行ってどうだったよ。ってかどこ行った?」

「確か京都だったかな。班決めとかは全く知らん」

「まあみんな同じようなとこ行くよな。ってか知らんってなんだよ」

 言いながら、黒板の前に集まる無数の生徒を目で追う。みなそれぞれ見知った仲間と班を組んでいるのだろう。男子は比較的早く班が決まっていく。女子のほうはもめているというわけではなさそうだが、大人数のグループをどう分割するか悩んでいるらしい。

 複数の人間が集まることの面倒くささの一端を垣間見てしまった気がしてすぐに目を逸らす。たかが班決めごときで悩むことなどないだろう、と友達のほぼいない俺に言われるのも頭にくるだろうがそういってしまいたくなる。どうせ就寝班など機能しないだろう。どこかの部屋に集まって騒がしくして、ほとんど朝までなにがしかの話題で盛り上がって目の下にクマを作るに決まっている。

 勝手なイメージを抱いた俺は、早く班決めを終わらせてくれと小さくため息。その間も男子の班決めは滞りなく進んでいた。

 二人班の枠組みに複数の班が名乗りを上げることもなくパズルのピースをはめるみたいにぴたりと決まる。早い者勝ちではないと担任は言っていたけれど、先に名前が書かれていれば遠慮するのが人間というものだ。このクラスの男子はそういう割り切る判断が上手かった。

 それからやや遅れて女子の班も決まったのも見て担任は頷く。

「よし、そしたら二日目も決めるか」

 二日目の班決めに関しては一瞬で決まった。まあもともと選択肢が少ないというのもある。

 クラスの中心人物である運動部の男子がクラスの男子全員を集め話し合いながら決めていく。

「俺は葵と一緒ならどこでもいいぞ」

 その話し合いの最中健がそう口にしたおかげで必然俺たちは同じ班と相成った。

 その後の観光時の班決めや体験学習の選択アンケートなどが行われたわけだが、そのすべてにおいて健は俺の同じ場所を選択した。

 ここまでくると健が俺に惚れているようにも思えてくるが、まああながちそれも間違いではないのかもしれない。

 この一年半ことあるごとに共に行動してきたのだから仲間意識だって芽生える。誰の隣を選ぶかと言われたら真っ先に浮かぶのが健だ。そもそも俺にそれ以外の選択肢など存在しない。同じだけの時間を過ごした健もまた同じように思ってくれているらしい。

 もしかすると友達と呼ぶにはいささか近すぎる距離感かもしれない。変な勘繰りをされてもおかしくない、というかクラスの端にいる女子がたまに俺たちを見て悲鳴にも似た声を上げているのを俺は知っている。

 でもだからと言って変に意識して今更距離を取ろうとは思わず、きっとこれから何かイベントごとがあるたびに俺は健と一緒に行動するのだろうと思う。

 今回の修学旅行然り、これまでのテスト勉強然り、少し先に迫った文化祭然り。

 そう考えたらなんだか今がとても充実しているように感じられて、俺は浮かびそうになった笑みを吐息に乗せて吐き出した。


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