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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第三章 変化した日常
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変わった意味 3

 シュウ、と言う音とともに周りのわずかな感嘆の声が耳に届く。細い持ち手の先からこぼれる光はネオンのそれよりもまぶしくて、煙と光量でくらみそうになるから手を精いっぱいのばして距離をとる。

 マンションからかなり離れたところにある河川敷。一角には野球ができるようなグラウンドが整備されたその場所で俺たちは花火に興じていた。

 試しに着火した手元の花火を覗き込むのは三人の異世界人。少し離れたところにいるのは赤髪のミサキ。俺のすぐそばにはボブカットのウミ。二人のちょうど間には背中まで伸ばした黒髪のイズミ。

 普段と違い黒いぼろ布ではなく私服に着替えた我が家の居候は二人して同じような白いワンピースを着ている。特段珍しいというほどのものでもないけれど、白と黒との色彩の差のせいか視界の端で揺れるそれが妙に目についてしまう。

「ウミ、若干髪伸びたか?」

 もともと髪の長いイズミの変化はよくわからないが、元が短かったウミの変化はそれなりに気付く。短い髪と言ってもベリーショートのような男性的というほどのものではなかったが、肩口まで伸びたその髪は確かに二か月前とは違っていた。

「うん、切ってないし」

「まあそうだよな」

 切らなければ当然髪は伸びる。そんなこと言われなくてもわかっていたが、俺が聞いたのはそんなことではなかった。

 そんなにも時間が経ったのかと言いたかったのだ。

 たった二か月やそこいらで一体何を、と思わなくもないが事実それだけの時間ともに暮らしているのだ。

「アオイも伸びた?」

 彼女も同じ思いを抱いたのか、それとも単に話の流れに沿っただけか同じ問いかけをする。

「切ってないしな」

 俺も倣って同じ返しをすればウミは「そうなんだ」なんて言いながら笑った。

 三人の異世界人は俺に倣ってビニールから花火を取り出し俺に突き出してくる。そのまま火をつけると俺のほうに火花が飛んでくる角度だったため少し回り込んでから花火とは逆の手に持っていたチャッカマンをカチリと鳴らした。

 風船の空気が抜けるような音とともに火薬が彩を放つ。

「はー」

 それはいったいどんな感情なのか、感嘆とも落胆ともとれる声を上げるウミをしり目にイズミ、ミサキの順で火をつけてやる。

「…………」

「ありがとうございます」

 無口なイズミに対してこんな些細なことでもいちいちお礼を口にしてくれるミサキ。

 比べてしまうとため息の一つも尽きたくなった。

 せめて俺以外の人に対しては人当たりよく接してほしいものだ。

「アカネはやらないの?」

「うちは見てるだけでいいよ」

 茜さんと言葉を交わすウミを見て俺はいよいよ溜息を吐く。この姉妹はミサキのことを見習ってほしいものだ。

 目上の人には敬語を使えと言ったはずなのだが、どうやらウミにそれは伝わらないらしい。今の様子を見るにここ一週間の間もそんな風に同年代の友達と話すみたいな口調だったのだろう。

 イズミのように無口になるよりかはいいが、違うベクトルで俺を悩ませてくる姉妹にやや気疲れを起こしてしまう。

 嘆息が伝播したのか左手に持っていた花火が沈黙する。俺はそれをバケツに突っ込み眠そうな瞳の彼女の隣を陣取った。

「本当にありがとうございました」

「気にしないでいいよ。うちもそのうち頼ることになるだろうし」

 言いながら茜さんは三人を見やる。

 子供らしく、と表現するにはいささかおとなしく花火を享受する三人を眺めるその瞳には慈愛のようなものがにじんでいる。

「三人一緒にいるほうが楽しそうだしね」

「そうですね」

 視線の先にいるウミは笑顔だ。常に笑顔でいるからわかりにくいけれどミサキを前にしたときのそれはいくらか幼いものになる。心を開いているということなのだろう。たった二か月一緒に過ごした俺と比較するのもおかしな話だが、俺と一緒にいるときとは違っていた。

 ミサキもミサキで人見知りを発動させるような相手ではないからか口数が多いように感じる。これもまた俺と比較するようなことでは決してないけれど。

 唯一無表情なのはイズミだったが、それでも退屈しているという様子はない。むしろ三人の中で一番花火を楽しんでいるらしく、自分の花火をじっと見つめている。

「これからも一緒にいる時間は長くなるでしょうね」

「だねー」

 それでも構いませんかと問いかけたつもりだけど、茜さんは条件反射のごとく相槌を打つ。

「これからもよろしくお願いします」

 この人相手に変な遠慮や無粋な確認は必要ないなと今更ながらに理解して素直に頭を下げる。

 当然茜さんは「んー」と気の抜けた返事を返してくれる。

 それがなんだかうれしくて、俺は手に持ったままのチャッカマンを弄ぶ。

「にい」

「ん? イズミか。どうした?」

「火が欲しい」

「ああ、わかった」

 どうやらイズミが熱中しているように見えたのは気のせいではなかったらしい。俺に向けて突き出したものとは別に5本ほどの花火が反対の手に握られている。

「消えそうになったら花火の火でほかの花火に火をつけるといいぞ」

「にいに着けてもらうからいい」

「そうですか」

 言いながらイズミの花火に火をつけてやる。まだ火薬に火は届いていないが姉と同じ白いワンピースに身を包んだ長髪の女の子はさっさとさっきの場所へと戻っていく。

「仲いいね」

 そんな俺たちのやり取りを見ていた茜さんが微笑みながら呟く。

「一応は大丈夫そうですよ」

「みんないい子だよね」

「そうですね」

 たまにいい子過ぎてかえってむかついてしまうこともあるけれど、それは求めすぎというかお門違いな怒りだ。

 ウミは俺のことを気にかけてくれているだけ。遠慮も鬱陶しいと思うほど極端ではない。向けられた好意を素直に受け取ることだってできるし、こちらの要望にも二つ返事で答えてくれる。

 これ以上は求めすぎというものだ。

 それも子供らしくもう少し我が儘を言ってほしいなどと、まるで保護者面で。

 決してそういう意識はないものの、時折ウミに対してはそう思ってしまっていた。自分の首を絞めたがる自分がおかしくて仕方がない。

「アオイ」

「ん? ああウミも火か?」

「うん」

 名前を呼ばれて振り向けば白いワンピースが揺れていた。

 俺はすぐさまチャカマンを彼女の手元へ近づけ花火に火をつけてやる。

「…………」

「…………」

 ウミは妹と違いその場で火薬が声を上げるのを待った。

 というよりかは花火ではなく俺にまだ何か用事があるらしかった。

 じっと見つめてくる群青色の瞳を見つめ返すが、そのあまりの純真さに目を逸らしてしまう。

「なんだよ」

「なんだろうって思って」

「はぁ?」

 先に見詰めてきたのはそっちじゃないか。それともたまたま目が合ってそれを見詰めていると勘違いしてしまったんだろうか。

 そう思いはしたがウミは今もじっと俺を見つめてくる。まるで品定めでもするみたいに。

 射貫いてくるようなその視線に耐え兼ね俺は何度も目を逸らす。ちらりと目を向ければウミの後ろでミサキが花火を手に俺を待っているらしい。

「ミサキも火つけるか?」

「あ、はい」

 やや距離があるやり取りをしつつミサキのほうへと歩みを進める。

 チャッカマンで火をつけてやると頭を下げすぐに俺から離れていく。向かう先はイズミのところか。

 普通はこうなるだろう。むしろ妹に駆け寄っていくのはウミの役目だ。

 けれどウミは今だ俺の後ろにいる。背中に視線も感じるしいったいなんだというのか。

「何か言いたいことがあるのか?」

 溜息を一つ吐き問う。ウミはすぐに首を横に振った。

「ううん、そうじゃない。なんだろうなって考えてるだけ」

「何を」

「……にへへ」

 誤魔化すように笑い、ウミは駆けて行く。イズミたちのもとへ向かうウミだがその途中で花火が終わってしまい戻ってくる。

「にへへ」

「いや、にへへじゃなくて。どうかしたのか?」

 間抜けな少女に言いながら袋の花火を拾い上げ、火をつけて渡してやる。

「どうかしたのかな?」

「なんだそれ」

「どうかしたのかも」

 言いながらウミは花火を受け取ると今度はすぐにイズミたちのもとへ向かう。わけがわからない俺は眉を顰めその後ろ姿を目で追うことしかできない。

「好かれてるね」

「そういうのではなさそうですけど」

 からかい口調というわけでもなくしみじみと言った茜さんに首をひねりつつ答える。

 本当にどうしたのだろうか。

 そんな風に思いつつ、俺は続いてやってきたイズミに火種を差し向けていた。


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