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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第三章 変化した日常
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拵えた理由 1

 数日前。茜さんと玄関先で出くわした時のこと。

 俺と茜さんの部屋から出てきた女の子たちが顔を合わせたあの瞬間。

 俺と茜さんが驚きのあまり思考停止したあの出来事。

 その後俺たちはすぐに事を理解し、どちらからともなく話がしたいと切り出した。

 当然お互いに断るはずもなく、俺はすぐさまウミたちに買い物は中止だと告げた。

 突然のことにウミはなぜだという顔をしていたが、そんな顔をしたいのはこちらのほうでいいから部屋に入れと粗暴な態度で部屋に押し戻した。

 そしてそろった二人と三人。

 茜さんとその妹。俺とウミ姉妹。

 あるいは茜さんと俺。そして三人の少女。

 ローテーブルをはさんで向かい合った俺と茜さんは互いの傍らに座った少女を一瞥し、諦観ともよく似た吐息とともに情報共有を開始した。

「あの茜さんその子は妹、じゃないですよね?」

「葵君のほうも、妹ではなさそうだよね」

 深刻な面持ち。まだ確証はなかったが故の問いかけ。

 けれどその一つの問いかけだけで互いのことを理解し、状況を把握した俺たちは今一度傍らの少女らに目を向けると大きくため息を吐いた。

「まさか同じ状況の人がいるとは思いませんでした」

「ほんと。しかもその相手がお隣さんっていうのもね」

「そうですね」

 苦笑気味に頷いてみせれば茜さんもつられて笑みをこぼす。

「葵君はいつからその子たちと暮らしてるの?」

「五月の中旬くらいですね。片方はつい最近ですけど」

「じゃあ同じくらいだね。出会い方は不法侵入?」

「そうです。帰ったらそいつが部屋にいて」

 ウミに視線を向けつつ言えば、その気配に気づいたウミが見詰め返してきた。どうしたのどういう状況、なんて言いたげなくりくりした目で。

 それがなんだか癪に障りフードを摘まもうとしたが私服に着替えた彼女を前にそれはかなわず俺の手は宙をつかむ。

 しかしウミが「え、何ッ?」と慌てふためいたのがおかしくて笑みがこぼれる。それに満足して俺は幾分か穏やかになった胸中で今一度茜さんに向き直った。

「っていうか、ウミたち以外にも異世界人がいたっていうのは驚きです」

「あー、なんかそんな感じみたいだよね」

「……え?」

 えらく他人行儀な物言いに、思わず疑念の声が口から洩れる。それからしばらく思考を巡らせ、はたと思い至る。

「みたいって、あー、えっと。信じてないって感じですか?」

 わざわざ確認するまでもないことかもしれない。

 そもそも、信じる信じないで言えば俺だってそうだ。出会った当初は俺だってウミのことをただの不法侵入者、あるいは空き巣かと疑ってかかっていたのだ。いかに茜さんが俺より年上の落ち着きある女性であっても、いやだからこそ異世界から突然やってきたなどという戯言を鵜呑みにできるはずもない。

 いきなり懐疑的な視線をぶしつけに向けられた彼女は、しかし眉を顰めるでも笑みを苦々しく歪めるでもなくあっけらかんと言う。

「んー。っていうか、あんまり気にしてないって感じかな」

「気にしてない、ですか」

 オウム返しをすれれば、茜さんは満足気に「そう気にしてない」と笑みを浮かべる。

「だってさ、ミサキと初めて会ったとき、あの子泣きそうな顔してたんだもん。それ見たら、まあただ事じゃないんだろうなっていうのは理解できたし、まあそういう縁もあるかなって」

 彼女はまるで空を見上げれば今の天気がわかるだろう、なんて言うみたいにすらすらと言い切った。

 物おじすることも、自らの言葉に迷うそぶりも一切なく。

「まあ、簡単に言うと同情だよ。泣きそうな女の子がいたから力になれることはないかなっていう、そんな感じ」

「同情、ですか」

「そ、同情」

 あまり気持ちのいい理由じゃないでしょ。なんて言いたげに、けれど後ろめたさは感じさせない笑みを浮かべる隣人。

 それを見て、俺は返す言葉を失ってしまった。

 同情で匿っているんですか、と聞いたつもりはなかった。俺は彼女のその声音からその胸中を察することができてしまったから。

 同情なんですか、それは。と問いかけたつもりだった。

 彼女の態度、声音、視線の向かう先。それを真正面から見ることのできた俺は彼女がそんな気持ちで帰り道を失った女の子に手を差し述べたわけではないとわかってしまった。

 穿った見方をすれば彼女の言う通り同情と取れないこともないだろう。可哀想な女の子がいたから手を差し伸べた。

 けれど、誰かの力になりたいという思いそのものは同情とは言えない気がした。

 きっと同情というものは、俺が最も嫌っていたその感情は何よりも先に可哀想だなんて言葉が胸に浮かんでくるものだ。だから俺はそれを向けられたくはなかったし、それを内包した瞳で見つめられることが我慢できなかった。

 茜さんのそれは、そんな見下すような思いからはかけ離れている。

 誰かの力になれたなら、なんて息をするように思える彼女はきっと、同情なんかで手を差し伸べたわけではない。ましてや俺のように、ハリボテの家族を作ろうと画策したわけでもないはずだ。

 だから俺は、そんな彼女を目の前にして、言葉を失ってしまった。

 彼女があまりにも優しく暖かな人だったから。

 俺という人間がどれだけ浅ましく冷ややかな人間なのか思い知らされてしまったから。

「葵君だって、そう思ったからあの子たちを匿ってるんでしょ?」

 そんな風に言われて、俺はどんどん肩身の狭くなる思いだった。

 俺はただ、一緒に暮らしてくれる人が欲しかっただけだったから。言葉を費やして言い訳をすることはいくらでもできるけれど、俺自身にその言い訳は通用しない。

 俺だけは、俺がいかに小さい人間かを正しく認識するしかない。

「俺は、おもしろそうだなって思っただけですよ」

 うつむきながら、後ろめたさを押し殺しながらかろうじて口にする。それが茜さんにはどう映ったのか、俺には知る由もないが彼女は笑みを浮かべて「そっか」なんて相槌を打った。

 何か考えがあっての言葉なのか、何も考ええずに出た言葉なのか。わからなくて少し恐ろしい。もしかすると今まさに彼女に同情の念を抱かれたのではと思ってしまう。

 それを確かめるのが怖くて、俺は隠しながら深呼吸を終えると話題を戻しにかかる。

「じゃあ、茜さんはあんまりウミたちのことを理解してないってことですか?」

「そうだね。家に帰れなくなったっていうのと、魔法が使えるっていう話と、あとは同じような状況の友達が二人いるっていう話を聞いたくらいかな」

「そうですか」

 そこまで聞いて、俺は期待した答えはもらえないのだと悟った。

「ウミ、どうやって帰るのかわかんないの!?」

「うん、師匠の本失くしちゃったから」

「じゃあこれからどうするの!?」

「どうしたらいいかな、にへへ」

 視界の端には何やら言い合う異世界人の二人。彼女らからも落胆ととれる声が聞こえる。

 茜さんも、茜さんの部屋に居座っている女の子からも有力な情報は得られない。今現在二人が同居しているという事実が何よりの証明だ。それに事態が好転する兆しがあるのであれば今視界の端で三人の異世界人が言い合いをする理由もないはずだ。

 俺は確信を胸に、茜さんに問う。

「じゃあやっぱり帰る方法とかは、わかんない感じですよね」

「そうだね。その感じだと葵君のほうもわかってなさそうだよねー」

 茜さんも異世界人たちに目を向け、落胆を露わにする。

 彼女もまた期待していたのだろう。居候の女の子から同じ状況にある友人がいると聞かされていたのだからその友人を見つけさえすれば何か進展があると。

 それなのに結果は何も変わらない。それどころか見方によっては悪化していると言っていい。

 俺にしろ茜さんにしろ帰り道を失った女の子が増えたという認識に違いはないのだから。

 茜さんは小さく息を吐き俺に向き直る。

「まあ、なんにせよミサキの友達が無事でよかったよ。もしかしてホームレス生活でもしてるのかって思ってたから、一安心」

「そうです――」

 同意しかけて、声が途切れる。

 茜さんと同じく安堵しようとしたが、今の状況を喜ぶことはあまりにも難しかった。

 俺は、ウミから妹以外に一緒に転移してきた友達がいるなどとは聞いていなかった。もし聞いていたのならばイズミを発見した時点で血眼になって黒いぼろ布をまとった奇妙なテルテル坊主を探しに走っていただろう。

 ウミは、俺にそのことを伝えなかった。

 その事実が、俺の疑念を膨らませる。

「ウミ」

「ん? どうしたの?」

 丸い目をして振り向いた同居人は俺の胸中を悟ることはない。

 それは何も今に始まったことではないが、この時ばかりは俺の神経を逆なでた。

「ほかに一緒に転移してきたやつはもういないだろうな?」

「え、うん。多分」

「多分じゃ困る」

「えっと、あの時一緒にいたのはイズミとミサキだけだったからほかの人は巻き込まれてないはず」

「本当だな?」

「うん。っていうかサキもいると思ってなかった」

「…………」

「……アオイ、なんか怒ってるよね」

 怒っているかと言われれば、そうかもしれない。けれど、多分それは二次的な感情で、俺が今思っていることを正しく抽出するならばこうだ。

「怒ってはいる。けれどそれ以上に焦ってる」

 ウミは珍しく顔をうつむけた。それはほんのわずかなもので一緒に暮らしている俺や妹のイズミだから気付けるものなのかもしれない。

 その場にいた中で唯一イズミだけが視線を鋭くした。

 しかし、今回ばかりはそれで怯むことはできなかった。

「今回はお前の友達がこうやって茜さんのとこにいたからよかったけど、イズミの時みたいなことになってたらどうするつもりだったんだ」

「…………」

 そう言われてしまえばウミも反論できるはずもなかった。

 しおらしくなった異世界人はうめき声の一つも発することができなくなってしまう。

 少し言葉が強かったか、態度が鋭かったか、その両方か。いやに緊張した空気が痛くて、俺は溜息を吐きつつそこで妥協した。

「そういう重要なことは、かもしれないことでもちゃんと伝えろ」

「うぃ」

 フードがないから、ウミの頭に軽くチョップをする。彼女は返事かうめき声かわからない音を漏らすと恐る恐るといった感じで俺を見上げる。

 怒られなれていないのかウミはひどく不安げで、俺は再び深く息を吐いた。

「まあ今回は大ごとになってないから別にいいけどさ」

「一応、もしかしてって思ってアオイに内緒で探したりしてた」

「……お前わざと怒られようとしてる?」

 頬をひきつらせつつ問えば、ウミはぶんぶんと首を振った。

 俺はまだまだ言いたいことがあったのだが、逆に言いたいことが多すぎでなんだかどうでもよくなってきてしまった。

 三度息を吐き、茜さんに向き直る。

「すみません、うちのはこんな感じで、もしかしたら俺のほうが状況分かってないかもです」

「いや、なんか仲良さそうだね」

「悪いつもりはないですけど、ホウレンソウはうまくいってないですね」

 茜さんはアハハと笑い、俺は苦笑。

 そして今度は二人して異世界人の三人を見据えた。

「でも、楽しそう。……ってか葵君生活大丈夫なの? 二人も匿って」

「どうにかなってますよ」

「やっぱり葵君の家ってお金持ち?」

「まぁ親からの支援は結構ありますけど、家賃以外は全部自腹です」

「はー、すごいね。高校生なのに自立してるというかなんというか」

「自立してたら全部自腹でどうにかしてますよ」

「それはそれですごすぎ」

「ですよね」

 この部屋の家賃を考えれば高校生の稼ぎでの生活なんて不可能に近い。もし実現するならば、部活も勉強も友達と遊ぶことだって切り捨てる覚悟でアルバイトをするほかない。そうなってしまえば本末転倒というものだ。

 茜さんとて大学の提携で隣の部屋を借りているということだし、そのことはよくわかっているのだろう。

 冗談めかして二人で笑いあう。その間も俺たちの視線は少女たちへと注がれている。

「同じ状況の人がいるって少し嬉しいもんだね。悩みじゃないけど、いろんな話ができそう」

「そうですね」

「なんかあったら助け合ったりとかできそうだし」

「できる範囲なら協力しますよ」

「いやそれあたしのセリフだから。あたしのほうが年上なんかだからさ」

 それは関係あるのかと内心思いつつも笑みを返してみる。茜さんの言う通り、同じ状況の人がほかにもいるというのは、心強かった。

 もしかすると。子育てのようなものなのかもしれない。

 同じく子供を育てる誰かが周りにいて手を差し伸べてくれる。そんな展開に思いをはせ、肩の力が抜ける。

 当然子育てなどしたことのない俺に親の苦悩など小指の爪の先ほども理解はできないだろうが、勝手にそんな感覚なのではないかと思うことはできてしまった。父性が芽生えたわけでは断じてないが。

 茜さんと再び目を合わせ、笑いあう。

「なんかあったら、助け合えるといいね」

「そうですね。その時はお願いします」

 なんて言いながら互いを励ましあい。俺たちは三人の異世界人へと向き直った。

「じゃあ、とりあえず自己紹介でもしようか」

「そうですね」

 そんな二人の声を耳にした三人の少女は俺たちに促されつつ、順番に自己紹介を始めた。

 茜さんのところの女の子。セミロングの赤髪に紅色の釣り目の彼女の名は、ミサキといった。


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