懐かしい景色
「お邪魔します」
耳によくなじんだ低音が、ドアが開くと同時に部屋に響く。
声の主は俺に促されるまま一足早く玄関を抜け部屋にあがっていく。我が物顔とまではいかずとも物おじしないその足取りには慣れがにじみ出ていて、そのせいか夏の初めのころ思い出し一人笑みを浮かべてしまう。
そのたくましい背中を見送りつつ後ろ手に施錠を済ませ後を追う。
何メートルあるかと考えるほうがばからしい短い廊下を抜け、生活スペースのリビングへと足を踏み入れれば、先にそこに立っていた健はなぜか物珍しそうにあたりを見回していた。
「前来た時となんか違うか?」
「いんや」
小首をかしげつつ問うが健は満足げに首を横に振る。ならばなぜそんな未開の地に立ったような顔で視線を巡らせているのか。
何を考えているのかわからないクラスメイトにいぶかしげな視線を送っていると、それに気づいたわけでもなく俺に背を向けたまま「ただ」と健は言った。
「久しぶりだと思ってよ」
「……言うほど久々か?」
前回健がこの部屋を訪れたのは五月の初め、一学期中間テストのときだ。
そして今は七月の上旬。一学期期末テストを眼前に控えている。
空いた時間で見れば二か月もない。それ以外のタイミングでここを訪れることはほぼないとはいえ、懐かしむにしてはいささか間が狭いのではないかと感じた。しかし、
「まあ、そういわれるとそうだけど感覚的にってやつだよ」
そう言われてしまうと俺としては何と答えたものかと言いあぐねてしまう。個人の感覚の話だ、なんて言われてしまえば曖昧に頷く以外に妥当な返事が浮かんでこない。
「感覚的ね」
オウム返しをしつつ学校指定のカバンを下ろし健のもとへ。寝室へと続くドアのふもとに無造作に置かれたカバンは少しするとどさっと音を立てて横たわる。
その音につられて、健は思い出したようにスポーツバッグと俺と同じ学校指定のカバンを肩から下ろす。
「いつも通りここでいいのか?」
「ああ」
指差すことはなくともその言葉だけで意味するところを理解した俺は二つ返事で答える。
健がうちにやってきたときの定位置はリビングと決まっているようなものだった。わざわざ確認するまでもない。
それでもそこは部外者としての礼儀なのか、形式的に俺に確認を取ってから二か月前のようにリビングの隅にカバン一式を追いやる。
そこまでしてようやく俺も、ああと懐かしむことができた。
確かに久しい光景だ。二か月前までの慣れ親しんだ、少し物悲しい景色だ。
面積で言えば健一人と彼女ら二人でとんとんといえるだろうが華やかさが全然違った。
それはもしかすると俺の個人的な心の問題でしかないのかもしれないけれど、確かに懐かしむことができてしまった。
本当に久しぶりだ。
健がこの部屋にいるなんて。
この部屋に男しかいないなんて。
ウミとイズミがこの部屋にいないなんて。




