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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第一章 インスタントファミリー
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空き巣の少女 3

 何も俺はロリコンではないし、そもそも彼女はロリと呼ぶには少し生育が進み過ぎていると思うし、別にいいものを見せてもらったお礼というわけではないのだが、先刻の言葉通り食事を馳走する運びとなった。

 小型の型落ち冷蔵庫には真空パックに保存された食材が用意されている。五バックに分けられているそれは月~金までの曜日のラベルがついていて、それぞれの袋の食材は下処理を済ませ熱を入れるだけで食べられる状態になっている。

 俺は三つ残っていた真空パックの内水曜日の袋を手に取って冷蔵庫を閉める。

 それを用意していたフライパンの上にぶちまけ、具材が焦げ付かないうちにと焦ったような挙動で二人分の冷凍白米をぼろぼろの電子レンジに放り込む。

「お前食えないもんある? 好き嫌いじゃなくてアレルギーで」

「ん? 食べられないものはないよ?」

 にこりと微笑みを向けてくるウミはローテーブルの前で三角座りをしながらじっとしている。食料を恵んでくれると分かったからなのか、逃げ出すようなそぶりは見せず、それどころか客人のように部屋の中を見回しては興味深げに息を漏らしている。

 彼女は自分の今の状況を正しく理解しているのだろうか。なんて今更な疑念を抱きながらジュウジュウいうフライパンを揺らして回鍋肉を仕上げていく。

 フライパンで転がしただけに過ぎないが休日を潰して準備をしてあるだけあって漂う臭いは悪くない。電子レンジが鳴ったのでラップにくるまれた白米を指の先で摘まんで取り出し、普段自分が使っている茶碗と友人が勝手に置いていった茶碗にそれぞれよそる。

 平皿に回鍋肉を移し、それをお盆にのせてローテーブルの前まで運ぶと、ウミはわっと口を開けて目をキラキラと輝かせた。

「食べていいの?」

「おかずは一人分しかないから腹いっぱいになるかはわかんないけど」

 言いながらいつからか置いてあった友人用の箸を彼女に渡し、俺は自分用の箸を親指と人差し指の間に挟んで手を合わせる。

「いただきます」

「いただきます」

 彼女も食に対するありがたみは理解しているのか、深々と頭を下げてから箸を見て暫し逡巡し、握りこぶしで握るとそれで容赦なく回鍋肉に突き立てる。

「行儀悪いな」

 ぼそりと呟いたものの、口うるさく注意しようとは思わない。彼女のことを思うなら、それくらいは容認してやるべきなのではないかと、柄にもなく他人に気を遣った。

 俺も箸を構えて食事を進める。休日の内に用意しておいたその味はいかほどかと吟味しながらゆっくりと咀嚼する。

「……ちょっと濃いな」

 漬け込む時間が長すぎたのか、それ以前に味付けの段階で濃くし過ぎてしまったのか、味のバランス自体は悪くなかったけれどいかんせん濃すぎる味だった。

 空腹時に口にしたからというのもあるが、歯の奥の細胞が収縮する異様な感覚を覚え眉をひそめた。

 対して、目の前の少女はというと。

「おいし、なにこれ美味しっ。おいしい!」

 一人上機嫌に回鍋肉と白米を頬張っていた。頬っぺたが落ちまいと手を添えている姿があざとくも愛らしい。

 自分の手料理を満足していただけたようで一人心の内でほくそ笑みながら食事を進める。

 一人分を想定して準備しているので満腹とまではいかないが、二人ともそれなりに腹は膨れたのだろう。その分心に余裕が出来て、箸を置いたころには先ほどよりもいくらか落ち着いた声音でしゃべることが出来た。

「で、おぬしどこから来たんよ」

 冗談めかして、もう先ほどのように詰め寄ったりはしないぞと目で語る。

 何をしていたか、なんて問うまでもない。だから彼女の帰る場所を問う。

「どこからって言われても、村からとしか言えないんだよね。私達村から出たことないから村の名前も気にしたことなかったし」

「村って、何県だよ」

 少なくとも都内ではないだろう。国内に村と名の付く地域は限られている。

「剣? 剣は持ってないけど」

「…………どっちの方から来たとか、そういうのはわかる?」

「わかんない。気付いたらここにいたから」

「じゃあ、自分のいただいたいの場所とかわかる?」

「わかんない。森の中だけど、森から出たこともないからどのへんかって言われてもわからない」

「…………あのさ、まともに会話しない?」

 せっかく落ち着いて話ができると思ったのに、少女にその気はないらしい。要領の得ない、どころか実体のない空想の話ばかりを口にしてまともにとりあってくれない。

 俺はじれったくなって確信を着いた。

「家出してきたのか? もしくはなんか事情があって帰る場所がなくなったとか」

「そういうわけじゃないよ。確かに師匠の蔵に忍び込んだし怒られるだろうけど、別に家出ってわけでもないし」

「…………んあー、わっかんね」

 俺は耐えきれなくなって仰向けに倒れ込んだ。

 もう、まともに応対する気にもなれなかった。こちらとしては、何も害をなそうというつもりはなくどちらかと言えば同情の念をもってしかるべき措置をしようと思っていたのだが、ここまで非協力的であればどうしようもない。

 俺は仰向けのままボヤっとした声で言う。

「その師匠ってのは、どんな人?」

「優しい人だよ。いろんな魔法を教えてくれるの」

 彼女の口にしたその単語に、俺は噴き出しそうになる。

「いろんな魔法って言うと?」

「いろいろはいろいろだよ」

「じゃあ、試しになんか魔法見せてくれよ」

 興味など微塵もなかったが、半ば自棄になった俺はそう提案していた。

 どうせできっこないのだ。できることなんて変な呪文を口にしたり漫画の真似をして格好をつけたポーズをとること、後は数学図形のような模様を描くことくらいだろう。

 だから俺は寝ころびあくびを一つ。時間も時間だ、体に疲労もたまっている。目を瞑ればそのうち意識を手放してしまえるだろう。

「何かって、どういうのがいいの?」

「一番得意な魔法とか」

「じゃあ、水かな」

 言うと少女は辺りをきょろきょろ見回し、小首をかしげて思案顔を浮かべた。

「この辺に川とかある?」

「何で川」

「水がないと見せられないでしょ?」

「…………コップ一杯くらいじゃ足りない?」

「え、ううん。それでもいいけど。汲みに行くならそこまで行った方が早いと思うよ? って言うか水汲む時に魔法使うでしょ?」

「……はぁ」

 ため息を吐きながら体を起こし水道に向かう。俺の家には友人のものが多々ありこれまた友人が置いていった透明なプラスチックのコップに水を注ぐ。

 ローテーブルの前に戻り手に持ったコップを掲げる。

「これでいいか?」

「え、うん。って言うかどこから汲んできたの?」

「いいからなんかやってみな」

 手に持ったコップを彼女の前に置く。

 俺が名乗っていないだけの癖にあなたなんて三人称は使うな。そもそも敬語を使え。なんて言いたくもなるがそんなことに口出ししていてはいつまでも話は進まない気がした。

 前に進まない問答はたくさんだ。それよりも言い逃れのできない状況に追い込み真実を語らせてしまう方が手っ取り早い。そう思い俺は急かす。さっきは詰め寄ることはもうしないなんて思っていたのにあっさりと手の平を返す。我が事ながら短時間で人はここまで簡単に豹変してしまえるのだな、なんて思う。

「えっと、簡単なのでいいの?」

「何でもいい」

 できるものならやってみろ。そう斜に構えて待つ。俺の目つきは高校入学からこの一年の間でもっとも鋭く、それでいて諦観を露わにしている。

 妄言に付き合うのはここまでだ。何もできなければ少女は言い逃れできない。

 そうなれば、畳みかけて白状させよう。さっきまではもう少し穏便に済ませられると思っていたのだがそうも行かないらしい。ここまで馬鹿にするような態度を続けるのならばこっちにだって考えがある。もう一回膨らみかけを凝視するとかそういうのではなく。

 これ以上まともにとりあうそぶりを見せなかったのなら、それはもう法的な措置をとるほかない。俺はポケットに入っているスマホを握りしめ、その準備を始めた。

「じゃあ、やるね」

 彼女も心の準備が整ったのか、ローテーブルにぽつんと置かれたコップに手を伸ばす。けれどその手はコップに触れることなく、その寸前で止まりその人差し指がコップを指し示した。

 念を送っている演技でもするのだろうか。そんな風に思うが違うらしい。ウミの体には余計な力は入っておらず。ベッドの上でくつろいでいるようなおっとりとした所作だった。

 俺は首を傾げそうになりながらも眼光を弱めることなく凝視する。

 今度はどんな妄言を口にするのだろうか。どんな言い訳を用意しているのだろうかと嫌な笑みすら浮かべそうになる。

 けれど、その毒気は数瞬の間にことごとく抜かれてしまった。

「ほい」

 そんな間の抜けた掛け声とともに、コップの水が宙に浮いた。

 ウミが何食わぬ顔で指先をひょいと天井に向けた瞬間、それに呼応するようにコップ置き去りにして水が宙に飛びだす。コップの形はそのままに、けれど液体特有の揺らめきは失われない。

 まるでシャボン玉の様だった。いびつな形をしたシャボン玉。そんな風に見えるそれはしかし、紛れもなくただの水。水道水特融にカルキ臭を放つただの水だった。

「…………すげぇ!!」

 俺が目を丸くしてからも、それは宙に浮き続けた。

 子供だましの手品かと一瞬思ったが、彼女は一度たりともコップに触れていない。種も仕掛けも準備もできるはずもない。というかそもそも手品だとしてどんな仕組みで水が浮かぶのだろう。

 風で吹き上げる? 音波で振動させる? 磁石を用いる?

 様々な仮説が頭に浮かぶが、そのどれもが今の状況に当てはまらない。

 彼女は指先で指揮を執っただけだ。水に浮けと、そう命じただけ。

 驚愕のあまり、たったそれだけのことで俺は魔法というものを信じてしまう。いやそれだけのことではない、十分すぎる出来事だった。

 俺は目をキラキラ輝かせていた。数分前とはまるで別人。まるで幼児退行でもしたみたいにきゃっきゃと眼前の浮かぶ水の玉を見つめている。男とはじつに単純な生き物なのだ。

 しかしそれに対して少女は眉をひそめていた。指をくるりと回し、それから小さく唸る。それから首を傾げると宙に浮いた水は糸が切れたようにコップの中へと落ちて行った。

「あっ」

 少女が上げたその声は、まるで失敗したとでも言いたげだ。

 きっちり魔法を披露してくれたというのに、なぜそんな声を出すのだろうと思い首を傾げる。そんな俺の耳に、ぼそりとした声が届いた。

「……っかい」

「へ?」

「もう一回」

 ウミの申し出に、俺は「えぇ」と声を上げた。

「いいよ、もう魔法信じたから。いいって」

 面倒だなと思いながら訴える。本当に魔法というものを信じていたし、これ以上証明はいらないと一応は訴えたつもりだったのだが、その呆れたような声音がよくなかったのかもしれない。

 ウミは慌てたように身を乗り出し、ローテーブルに手を着いて顔を近づけてきた。

「もう一回! もう一回やらせて! 次はちゃんとやるから」

「え? お、おお。そうか」

 必死に詰め寄ってくる少女にどきりとした俺は頷くことしかできなかった。


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