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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第二章 二人の異世界人
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二人目の同居人 4 

 頭痛の種がまた一つ増えた。

 異世界人に現世での常識を叩きこまなければいけないという懸案のことだ。

 賃貸マンションのルールも知らない異世界人は、ほったらかしにしておいていい相手ではなかった。今まで何の不自由もなく生活できていたから油断していた。

 監視の目を光らせなくても大丈夫だと甘く見ていた。

 無論昨夜のうちにマンション暮らしの必須事項は口酸っぱく言い聞かせはしたのだが、それでも気を抜くことはできない。

 他にも彼女らの知らないルールがある。法律の類がある。常識とか、暗黙の了解も。

 それらを全て教え込む必要は無いのかもしれないが、今まであの部屋からほとんど外に出ていない彼女らのことを思えば俺は適切な対応を行えていなかったのは事実だ。

 思えばあの二人を俺は軟禁している。いや、もうはや監禁と言ってもいいかもしれない。

 そう約束したわけではないのだが、ウミは俺の知らないところでの外出は決してしない。実際に俺が彼女のそう言った様子を観察していたわけではないが、俺が家を出るときも、帰ってきたときも変わらず部屋にいて、外に出たという会話一つ耳にしないのだからきっと彼女は外出をしていないのだ。

 俺はそのことを、どう受け止めるべきなのかわかっていない。

 ウミなりの気の使い方なのか、俺に心配をかけないためなのか。あるいは近所の人に怖い目を向けられるのが恐ろしいから引き籠っているのか。それによって受け取り方も変わってくる。

 もし彼女たちが自分の意思で、何らかの思惑があってあの部屋に引きこもっているのであれば気にすることではない。それこそ帰るための魔法を作るために引きこもっているという理由があるのであれば。

 しかしもしもあの二人が俺を気にかけ外出をためらっているのなら、俺は自らの行いを改めなくてはいけないのではないだろうか。

 そんなことを考えながら過ごした学校は、見事なまでに上の空だった。

 だから帰りがけに健に声を掛けられ、条件反射で答えたことにも遅れて気付いた。

「じゃあ来週から泊り行くからよろしくな」

「わかったよ」

「んじゃな」

「じゃ」

 健は笑顔で立ち上がるとごつごつした掌を振りながら廊下へと消える。一日の学校生活が終わってもなお損なわない元気はその筋肉のお陰なのかと頭の片隅で考え、暖機運転が始まる。

 それからまどろみから覚めるための間を十分に取ってから目を見開いた。

「………………………………………………えっ」

 流れに身を任せ当たり前のように相槌を打ったことに気付くなり、俺は額に冷や汗を滲ませあわあわと不規則な呼吸を繰り返した。

 来週になると期末テストの一週間前となる。それはつまるところ恒例となっている健の勉強合宿開を意味している。毎回俺の部屋にやってきてはうんうん唸りながら教科書に向き合うという、俺としては定期テストにおける風物詩と化した光景の万来。

 先ほどの言葉がその宣言だと理解して、俺はさらに頭を痛める羽目になる。

 二つ返事で受け入れてしまった。もともと断ろうと身構えていたわけではなかったけれど、当たり前のように受け入れた自分が滑稽で、脳味噌に隙間風が通ったことを理解する。

 俺が賃貸契約を交わしているアパートには二人の少女。おそらくだが彼女らは来週までに無事帰還するなどと言う超展開をかましてくれるような子たちではない。偶然帰れるようになったとか、助けが来たとか、その可能性が否定できないものであろうとも可能性としては希望を持てる程度ものではないのだから。

 ならば、俺が覚悟しなくてはいけないのは彼女らと健の対面だ。ウミのことは一度妹だと紹介しているからいいとして、イズミもそう紹介して乗り切れるだろうかと安直な考えに至る。健ならばそれでまかり通るのではと。

 けれどそれ以前に俺の部屋に軟禁状態にある彼女らを見て健がどう思うのかという問題はどうすることもできない。

 ウミならば中学生。イズミならば小学生の年齢だ。その二人が学校に行かず俺の部屋で何やらおかしな呪文でも唱えている様を見た日には、さすがの健も訝しむどころではないだろう。

 俺は息が止まるほど体中の筋肉に力を入れ唸る。

「……はぁ」

 それからどうにもならないと思考を放棄して席を立った。

 直近の問題としては健がやってきたときの対処に思考を割くべきだろうが、生活費のことはそれ以上の問題だ。

 俺は脳を再びその問題へと向き合わせる。

 駐輪場へ行きまどろみの中にいるような心地で自転車を漕ぎだす。つい先日道路に置き去りにした愛車はハンドルのゴムがささくれ立っている。

 それを撫でながらゆっくりと帰路を滑る。撫でたくらいでその傷が癒えることは無いと分かっているけれど、おためごかしでもしていないと袋小路に入ってしまう気がした。

 バイトを増やさなければ、けれどウミとの時間を失いたくはない。そんな甘えた考えをする自分に嫌気がさして、けれど感情は理性的な言葉や思考ではおさまってはくれない。

 結局同じ場所をぐるぐる回って無駄に頭に熱を送るだけだから。そんな手触りに意識を向け半ば無理やり思考を止めて自転車を漕ぎ続ける。

 そうやって意識を遠くへと奥へと飛ばそうとしたからだろう。明るい空、学校帰りの学ラン姿。ゆったりと漕いだ自転車。それらのものから導き出された順路は帰路からわずかに逸れ、よく見知った建物の前へと続いていた。

「あれ……」

 気付いた時にはバイト先のコンビニについていた。

 当たり前のように、バイトが休みであるにもかかわらずこの場所に訪れてしまった。

 よほど疲れているのかもしれない。睡眠はきっちりとっているから気疲れというやつだろう。俺はため息を吐きながらハンドルを切ろうとして、けれど手を止めた。

 せっかく来たのなら、シフトの話をあらためてしてしまうのもありなのではと。

 増やせるのはせいぜいが平日一日と店長は言っていたが、逆に減らすのはどうなのかと確認を取ってはいなかった。

 もしもほかのところで新しくバイトを始めるのなら、融通を聞かせてもらえそうな今のバイト先に確認を取っておくほうがいいのではないかと。

 そう思った俺は、まだどこか地に足がついていない感覚のまま自転車を止め自動ドアを超えた。

「失礼します」

 バックヤードから入ったわけでも、従業員として訪れたわけでもないのにそんな風に言いながら入店する。

 それから店長を探そうとして、レジ前に彼を見つけた。

 その正面には一人の女性。対応中らしい。

 俺は商品棚の影に身を隠し、気配を消して事が終わるのを待つことにした。

「そう言えば、前に変な客が来たことあってさ」

「あら、あなたのバイト先に? えっとこの辺だったわよね」

「そう、近くのドラッグストア。で、なんかすごい慌ててたみたいでさ。女の子が元気になる薬ありませんかって飛び込んできて」

「何それやばいおじさんじゃない」

「いやおじさんじゃなくて男の子だったんだけど。なんか訳ありだったのかな。病院にも連れて行ってないって感じで、とりあえず栄養剤とか買いに来た感じだった」

「男の子? あー、幼い子だから病院にも行けないって感じだったのね」

「いやうちと変わらないくらいだと思うよ。高校生くらいかな」

「余計におかしな話ね」

「ほんとにね。で、とりあえず栄養剤だけ買って帰ったんだけど、結局その後一度も買い物に来ないしでなんか幻だったのかなって思っててさ」

「あなた疲れてたんじゃないの? 大学生活も大変じゃないの?」

「今けっこう暇でバイトの方が多いくらいだけどね」

 そんな会話を聞きながら、俺はなんとも言えない顔をしていた。

 具体的には『あれ? なんか心当たりあるな』みたいな顔。落ち着いて耳を澄ませてみれば客側の女性の声もどこかで聞いたことがある気がする。

 これはもしやと思いながら商品棚の影からひょっこりと顔を出すと、タイミングがいいのか悪いのか、談笑を楽しんでいた店長と目が合ってしまった。

「あらアオちゃんじゃない」

 その声に釣られ喋り相手の女性もこちらを向く。

「あっ」

「…………どうも」

 目が合うなり彼女は声を上げ、俺は反射で会釈を返した。

 やはり、そこにいたのはドラッグストアでお世話になった女子大生だった。


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