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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第一章 インスタントファミリー
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空き巣の少女 2

 疑惑が晴れたわけではない。けれどひとまず冷静に話を聞いてみようと思った。

 掴んでいた手を離し、自宅の奥へ通す。椅子なんて言う立派なものはこの家にはなくて、少女をローテーブルの前に座らせると俺自身もその向かい側に腰を下ろす。

 息を吐き、自分を落ち着けてから改めて少女の姿を観察した。

 目につくのは身に纏う衣服だ。少女は真っ黒な布を頭からかぶり、ポンチョの様にして着ていた。丈はロングコートほどもあるだろうにそのくせ生地はひどく薄く、少し引っ張れば破けてしまうのではないかと思うほど。さらにはその布もよほど使い込まれているのか所々に汚れが目立ち、まっとうな衣服には見えない。安物のカーテンを縫い合わせて作ったみたいな、ひどく粗雑なものだった。

 まっとうな生活をしているとはとても思えない。

 孤児、という言葉が頭に浮かぶ。

「……それで、お前なんで俺の家に侵入した?」

 同情のあまり、覇気のない声になってしまった。それでも警戒心だけはくすぶらせまいと眼光を注ぐ。

 ウミはそんな俺に、きょとんとして言った。

「えっと、そもそも入ってきたんじゃなくて、出てきたんだよね」

「……どゆこと?」

 わけがわからず素っ頓狂な声を返した俺に、少女はこう説明する。

「なんかね、召喚魔法? っていうらしいんだけど。師匠の蔵の中にあった本にそういうのが書いてあってね。で、せっかくだから試してみようって思ってやってみたら、なんかそこにでた」

 ウミはそう言いながら寝室のほうを指さした。

 俺は首を捻りながら寝室をのぞき込むが、そこには薄べったいベッドがあるだけだ。心なしか今朝に比べてベッドの上が乱れている気もするが五十歩百歩、記憶の齟齬に過ぎないだろう。

 ローテーブルの前に戻り、「それで?」と先を促す。

「えっと、なんかよくわかんないんだけど、とりあえずそこに出てね。あ、別に森を抜けてきたとかそういうことじゃなくて、気付いたらそこにいたっていう感じなんだけど」

「いや、経緯はいいから。とりあえず、何しに来たの?」

 経緯なんて興味はない。というか、そもそもその話を信じていない。なんだその言い訳はと呆れ果てている。これはいよいよ盗人確定か、と思いながら頬杖を着く。

「んーと、別に何しに来たとかじゃなくて、ただ魔法を試してただけなんだけど……。っていうか、ここってどこ? 王都ってとこ?」

「どこそれ?」

 どれだけ設定を凝ってきたのやら、完全に自分で作った世界に没入しているらしい。あいにくと俺はこの状況下においてそんな馬鹿話に付き合ってやれるほど寛大ではないので、ノリを合わせるにしたって呆けて見せるのが精いっぱいだ。

「どこって言われても、私もどこかは知らないよ。師匠にそういう場所があるって言われていただけ」

「……で、道に迷ってここに来たとかそういうことを言いたいわけか?」

「迷ったって言うか、迷う暇もなかったんだけどね」

「………もういい。とにかく、何か盗ったもんがあるなら素直に出せ。それで見逃してやるから」

 男子中学生のような妄言を繰り返す少女に嫌気がさし、俺は手のひらを差し出し窃盗品を返すよう説得に入る。しかし――。

「えっと、何も盗ってないよ? ほんとにここに出ちゃっただけで、それだけ」

「…………あのさぁ」

 ウミは俺がそんな妄言に付き合ってくれると本気で想っているらしい。へー別の世界から来たんだ、大変だね。なんて言ってくれることを期待しているのだろうか。じゃあ今度からは人の家に出てこないように気を付けてね、なんて呆けた声で言ってくれるだなんて。

 もしそう思っているのなら、いよいよ威圧的にならねばならないかもしれない。

 冗談ではなかった。帰宅したら見知らぬ誰かが自宅に侵入していたなんて事態は。

 一人暮らしで生活に全く余裕のない学生としては、そんな状況で玉虫色の会話に興じるなんてできるわけがない。早々に警察に通報するのが得策だ。そんなのはわかり切っている。

 けれど、俺はその前に証拠を提示させようと試みた。盗みの証拠を。

 証拠が出てくれば、相手の事情など考慮せずに非情になれると思ったから。

「なら、その布とって何も盗ってないと証明しろ」

「布って、ローブ?」

 ウミはきょとんとしながら自分のかぶっているぼろ布を指さした。どうやらそれはローブのつもりだったらしい。言われてみればそれらしくも見えなくもないが、それでもぼろ布と言われる方がしっくりくる。

「ああ、とりあえずそれとれ。それで何も隠してないと証明しろ」

「………えっと、本当に取ってないんだけどなぁ」

 困り笑いを浮かべる少女に、俺は半眼で返す。証拠もなしに信頼できるはずもない。何も盗っていないにしたって彼女のしたことは不法侵入。立派な犯罪なのだ。それを責め立てることなくこうして会話しているだけでも十二分に寛大だと思ってもらいたい。

「別に裸になれとは言ってない。何も隠してないと証明できればそれでいい」

 そのダボついた上着だけでも取っ払ってもらえればいくらか警戒心は緩めてやれる。そう言外に訴える。

「じゃあ、はい。これでいい?」

 しかし彼女は真っすぐな目で手のひらを出して俺に見せつけてきた。

「いや、その服の中に何か隠してるかもしれないって疑ってんだよ」

「じゃあ」

 俺がにらみつけると、今度はぼろ布を二の腕のところまで捲り、次いで逆側の腕も同じように捲って見せる。

「どう?」

「いやどうって」

 えらく細い腕だな、という感想以外わいてこない。力仕事は愚か、辞書も持てないと言い出しそうなほど細い腕。まれにみる筋肉と脂肪を限界まで絞った体だった。

「……ちゃんと飯食ってるか、お前」

 病弱とは言わない。やつれてると言えば誇張表現だ。けれどその細い腕を見て、僅かながらに憐みの感情が芽生えてしまったのは確かだった。いや、そもそも気付かないふりをしていただけだ。

 不法侵入を悪びれる様子もない。窃盗の疑いをかけられておきながらも何でもないことのように笑顔すら浮かべて応対する。使い古された自称ローブを身にまとい、最低限の食事しかとっていないのではないかと疑いたくなるような細い体。

 同情するな、という方が無理な話だった。

 一目見たときからなんとなく彼女の事情は察していた。けれどこちらにも生活がある。だからそれを受け入れまいと強気な姿勢を保ってきたが、それももう限界だった。

 一度気にしてしまえば、思ってしまえばそれまでだった。

「とりあえず、そのローブまくって、何でもいいから盗んだものがないことを証明しろ。……そしたら、なんか食わせてやる」

 憐みなんて、向けられる側からすればおぞましい以外の何物でもないのだが、この時はそれに目を瞑る。条件を付けたから素直に従え、なんて言い方でそれを誤魔化す。

「えっと、本当に盗ってないんだけど……。まぁ、仕方ないか……」

 俺が食事をちらつかせたのが効いたのか、ウミは頷くとためらいがちにローブの裾をつまむ。ちらりと俺の表情を窺い、やや恥じらいながらもその内側にやましいものがないことを証明して見せた。

「これで、いいかな?」

「……ぉ」

 ローブが腹のところまでまくられた段階で、俺は硬直してしまった。

 ぼろ布の内側は下着だった。下腹部を覆うそれは青みがかった白。レースもワンポイントの小さなリボンもついていない質素なそれが目に入る。

「あ、いい! もういい!」

 それを暫し凝視し、ようやく我に返り制止を促すが時すでに遅し。彼女は首のところまでローブを、そしてその下の肌着をもたくし上げ、小首を傾げる。

「悪かった! もういいから早く隠せ!」

「え、うんわかった」

 彼女も恥じらいがあったのか。やや早口にローブを下げる。しかし、後の祭りだ。

 慌てて目を逸らしたが、その膨らみかけはばっちり脳内に保管されお気に入り登録されてしまっていた。

「…………」

 なかなかにいいものをお持ちの女の子だった。


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