本物の家族 1
ウミを先に帰らせようとした理由は、何もウミを連れ歩く理由がなかったというだけではない。
貧乏学生は、いつだって経済事情は芳しくない。
ファミレスで注文するものもメニュー内で最も安かったドリアとドリンクバーのみ。外食だからと言って大盤振る舞いをできるはずもない。
そんな金にがめつい生活を強いられているから、当然交通費だって詰められるところは詰めたいのだ。
わざわざ往復で千円近い電車賃を意味もなく二人分払いたくはなかった。
「…………」
そうは言っても後の祭り。電車に揺られた今となってはたらればにしかならない。
空いた座席に並んで座り流れていく景色をぼんやりと眺める。
都心から離れ続けるが、それでも人の多さは変わらない。
降車駅に着くまで、俺たちは一言もしゃべらなかった。俺は何かを話す気分にはなれなかったし、ウミはもしかすると、そんな俺の気配を察していたのかもしれない。
東京の隅にある潮の香りが僅かに漂うその駅で降りると、俺は立ち止まることなく目的地へつま先を向けた。
人の流れに逆らい閑静な住宅街へ。際限なく重みを増していく俺の足は次第に動きを鈍らせ、俺の少し後ろを歩いていたはずのウミはいつの間にか隣までやってきていた。
そんな彼女を一瞥し、俺は曲がらなくてもいい曲がり角を曲がる。
一年前まで暮らしていた町だ。あたりの地形は熟知していた。
俺は目当ての公園まで向かい、ステンレスの車止めポールを撫でつつ入り口を抜ける。公園の中身は一年前から変わっていなかった。
遊具の撤去が進み、がわだけが残ったブランコ。体積の小さい砂場とそのすぐ横に設置された水飲み場。昔にはジャングルジムか何かが立っていたのだろうと思われる場所にはぽっかりと開いたスペース。
公園というよりは空き地に近いそこは、俺がよく現実逃避のために訪れた場所だった。
「ウミ、ちょっとそこで待ってろ」
そんな嫌な思い出の象徴であるベンチを指さし、俺は言う。
「…………」
ウミは当然きょとんとしながら俺を見上げた。なぜかと問いかけてくるその瞳から目を逸らし、俺は続ける。
「すぐに戻る。本当に数分で戻れる。だからそこで待ってろ」
まだ夕方とは言えない時間。落ち続ける太陽もまだ夜の気配を感じさせることは無い。
だから、この場に置いていくことに抵抗はない。むしろついてこられることの方が嫌だった。
これから起こることを、予測し、理解し、納得しているから。
ウミをこの場に置いていかなくてはいけなかった。
「本当にすぐに戻る。だから、待っててくれ」
「……わかった」
頼み込んだからか、ウミは笑顔を浮かべてそう答えた。
疑念を払しょくできたわけではないだろうが、それで構わない。ついてきさえしなければそれでよかった。
「じゃあ待ってろ。どっか行ったりして迷うなよ?」
「大丈夫」
「……じゃあ待っててくれ」
のんきな調子で言うウミに眉根を寄せるが、あまり長い間そうしていられる精神状態でもなかった。
これから神経をすり減らしに行こうというのだ。今この瞬間ですら精神的には相当の負荷がかかっている。
きつい言葉を使う前に、ウミのもとから離れたかった。
「うん、わかった」
ウミは頷き俺から少し離れる。
それを承諾の合図と受け取った俺は、再びウミに「待ってろよ」と念を押してから早足に来た道を引き返した。




