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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第一章 インスタントファミリー
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出費の多い一日 4 

 服だけで五千円を超えたのは予想外だった。

 もっと安く済ませる予定だったからこれから薄くなり続ける財布を思って息苦しくなる。

 俺は覚悟を決め、ウミを連れまわした。

 まずは靴屋。いつまでもサイズの合わない壊れかけの靴を履かせ続けるわけにもいかない。俺は値段を気にしながらも、今日買ったウミの服装に合う靴を選んだ。

 そして次は下着。わざわざ下着の専門店に赴くことはせず量販店の中に下着スペースがあったので再び戻りそこで物色。またしても先ほどの女性店員を呼び止め俺はその場を離れ下着を選んでもらった。

 そうしてそこそこの買い物を済ませ、昼食目的で入ったファミレスで注文を済ませた俺はレシートを並べ頭を抱えていた。

「マジかよ」

 女性の必需品というものは、男が思っている以上に金がかかるものらしい。洋服一式そろえるだけで俺の想定をはるかに上回っている。もしもこれでメイク道具を強請られでもしたら我が家の家系は火の車だ。

 もしかして世の女性というのはこんなにも身だしなみに金を掛けているものなのだろうか。もしそうならば、その努力に気が付かない男は多少罵られても仕方ないのではないだろうか。

 なんて男女の隔たりを思い知らされつつ頬杖を着く俺を見てウミはコテンと首を傾げる。

「アオイ、平気?」

「まあ、必需品だしな」

 言いながら並べたレシートを乱雑にかき集め財布にしまう。仲の悪いそれらはそれぞれ別の方に顔を出すから財布が閉じられず指先で直す羽目となる。

「大丈夫そうか?」

 次は俺が尋ねる番だった。

 今着ているそれらの着心地。靴擦れを起こしていないか、肌着の予備は足りているか。

 そんないろいろなものを込めて問いかける。

「うん、平気そう」

 ウミはそれに飄々とした調子で答えた。履き心地を確かめているのか四人掛けのテーブルの下では新品の靴を履いたウミの足がゆらゆらと振れていた。

 ワンピースと言えば麦わら帽子とサンダル。と言うイメージを拭いきれなかった俺は当然の様にウミにサンダルを勧めた。親指と人差し指の間で支えるビーチサンダルのようなものではなく足首のストラップで固定するサンダル。ウミもスニーカーやパンプスよりもそちらの方がいいと訴えたので迷うことなくそれを選んだ。

 これからのことを考えればきっと普段使いのしやすいスニーカーなんかを選んでやるべきだったのかもしれないが、すぐ目の前に控える夏を想起すればそれも悪くない選択に思えた。

 俺の足先でサンダルを揺らすその足をちらりと見つつ、俺は結露し始めていたストロー付きのコップに手を伸ばす。

 ドリンクバーから持ってきたアイスティーでのどを潤し一息つくと、ウミも俺に倣ってメロンソーダをストローで啜った。

「ぅぃ……」

「どしたん?」

 瞬間。うめき声をあげてストローから口を離したウミを見て俺は怪訝な目を向けた。

「痛かった」

「口内炎?」

「そうじゃなくて、これが痛い」

 言いながらウミはコップのそれを指さす。着色料でメロンの色味を出したそれは小さな泡を絶え間なく浮かび上がらせ続けている。

「炭酸苦手だったか。悪い」

 俺が適当に持ってきたものだったので謝りつつ手を伸ばす。

 メロンソーダの入ったコップを手元に引き寄せ、代わりに俺の手元のアイスティーをウミのほうへと押しやった。

「それなら大丈夫か?」

「わかんない」

 そう答えはしたが、ウミはじっとコップを睨むだけで口を付けようとはしない。

 結局見つめただけに終わり、ウミは顔を上げた。

「アオイの世界は変だね」

「変?」

 だしぬけに言われて首を傾げる。変というのは、具体的にどんなところを刺しているのだろうと。

 ウミは、至極真面目な調子で頷く。

「うん。ジュースは痛いし、水は変なにおいと味がついてる」

「必ずしもそうじゃないんだけど、まあいい」

 炭酸じゃないジュースはあるし、水だって水道水じゃなく天然水と書かれたペットボトルでも買えばウミのお気に召すものが手に入るだろう。

 そんな言葉を飲み下しつつ先を促せばウミはアイスティーの水面を見つめた。

「ほかにもいっぱい変なところがあって。固い地面とか、高い建物とか、夜も明るいところとか。そういう見てると、私の暮らしてたところとは違うんだなって実感する」

「今までは実感してなかったのか」

「うん。異世界? って言われてもよくわからなかった。今もちょっとわかってない」

「まあそれが正しいかは神のみぞ知るって奴だし」

 異世界からやってきた。というのは俺が勝手にそう思い込んでいるに過ぎない。魔法を操るから、纏う衣服が浮世離れしていたから、様々なものを見て感嘆の声を上げたから。

 ウミは異世界からやってきた少女なんだと、俺がそう結論付けていただけ。

「でも昨日の夜、それを実感した。私のいたところとここは、全然違う場所なんだなって」

「店長と何か話したのか?」

「そうじゃないよ」

 嫌な予感がして尋ねれば、ウミは首を振った。

「そうじゃなくて、いろいろ違うから。そう思うしかなかった」

 そう言ったウミのにへへという笑い方は、苦笑いに近かった。

 危機感を覚え始めたのかもしれない。今までずっと浮ついた様子だった彼女。いつも笑顔で、事の深刻さをどこか他人事のように扱っていた彼女。

 そんな少女が今、事態を正しく認識したのだと感じた。

「不安になったのか?」

「ちょっとだけ」

 相変わらず笑顔は引っ込めずに、ウミはそう答えた。

 俺はそれに「そうか」とだけ答え、奇妙に空いた間をメロンソーダを啜って誤魔化した。

 舌の上で細かい泡がはじけその刺激は痛みに似た感覚でもって体を刺激してくる。

「アオイすごいね」

「何が?」

「それ飲めるんだ」

「まあ、飲めなくはない」

 言いながら今一度ストローに口をつけ啜る。それを見たウミはようやく手元のコップを手に取り、恐る恐る啜った。

「あ、おいしい」

「そりゃよかった」

 適当に相槌を打ちながらちまちまとコップを軽くしていく。

「私これは好き。甘くておいしい」

「ガムシロ入ってるからな」

「アオイはそれ好きなの?」

「いや、好きではないけど」

「ずっと飲んでるのに?」

「残すわけにはいかないからだよ」

「嫌いなのに飲めるんだね」

「嫌いって程でもないけど」

 そんな相槌を打ちつつ、あまり得意ではない炭酸を飲み干すとグラスの氷が音を立てる。それと同時に息を吐き舌の上の違和感を飛ばした。

「慣れの問題だよ。こういう刺激物は慣れてればどうにかなる」

 炭酸に限らず、辛味とかがいい例だろう。

 普段から辛いものを避けて生活していた人がいきなり激辛チャレンジに挑めば惨敗間違いないだろうが、逆に普段から辛いものを摂取している人からすればむしろそれがうまみに感じられることだってある。

 身近なのは味付けの濃淡だろうか。

 アルコールとかもきっとそうで、元々の体質的な得手不得手、好き好きの問題で多少の振れ幅はあれど慣れていればある程度のものは腹の中へと落ちてくれるものだ。

 非日常も溶け込めば日常。というやつだ。

 ウミは単に炭酸の刺激に慣れてていないだけ。初めて感じる鋭い刺激に混乱して、痛いと感じて、目尻に涙をためただけ。

 対して慣れている俺は、好きではないけれど問題なく飲み下せた、それだけのこと。

「ウミも飲み続ければそのうち普通に飲めるようになるよ」

「痛いのは嫌だからもう飲まないよ」

 こりごりだ、と言いたげのウミは手をひらひらと振りアイスティーを啜る。何も無理に炭酸を呑ませたいとは思ってないので反発する理由もない。

 俺はそれに「そうかと」だけ返すと頬杖を着き厨房のほうへ目をやった。

 特段込み合っているというわけでもないのに料理が届く気配はない。人手不足なのだろうかと働き手側の目線で一瞥し、ウミにそろそろ言い出す頃合いだと思った。

「何にせよ買い物はこれで大丈夫そうか?」

「うん大丈夫。いっぱい買ってもらったけど、お金大丈夫?」

「子供がそんなの気にするな」

「三つしか違わないよね」

 ウミのにへへにはもう苦いものは感じなかった。

 いつものどこかのんきな無邪気な笑い方

 その顔を見て、とりあえず前振りはいいだろうと思い息を吸う。

「じゃあまあ、買い物は終わりでいいな」

「うん。大丈夫だよ」

「ウミ、帰り道はわかるか?」

「どうして?」

 小首を傾げた彼女に、俺はポケットのカギを差し出す。

「俺はちょっとこの後いかなきゃいけないところがあるんだ。だから先に帰ってくれ」

「一緒に行くよ。一人で帰れるかわからないし」

 なんとなく、予想はしていた。だから俺は悩むことなく体を伸ばしつつ言う。

「じゃあ、とりあえず一回帰るか」

 大幅な時間ロス。けれどそれすら些細な問題だった。

「一回?」

「そう。その後出かける」

「私はついてきちゃダメってこと?」

「…………」

 言外にそう訴えていたつもりだった。

 けれどいざ声に出してそう言われてしまうと途端に罪悪感が押し寄せてくる。

 いや、それはウミの表情を直視したせいだった。ウミがあまりにも寂しそうな顔をしたから、俺は言葉を失ってしまった。

 なぜそんな顔をするのか。一人で留守番させられるのがそんなに嫌なのか。

 そう訝しむふりをしつつ俺は店長の言葉を思い出していた。

――寂しい思いさせたんだから。一緒に遊ぶ時間くらい作りなさい。

 昨日言われた時はあまり気にしていなかったが、今それを思い出してしまえばどうしようもできなかった。

 ウミは、まるで捨て犬のような目をしていた。

 置いていかないでと、そんな風に訴えてくる目を。

「……別に、俺の個人的な用事だからついてくる必要はないんだよ」

「ついていかないほうがいい?」

 小首をかしげ、きょとんとした表情で訊いてくる。

 強制力はなかった。置いていかないでという意思は感じられず、どうしたほうがいいのかとただそれだけを確認しようとしている。

 けれど、だからこそ俺は、

「いや、どっちでもいいんだけど」

 と、嘆息交じりに堪えていた。

 初めて会った日にも感じていたことだ。ウミは、我慢の上手な女の子だ。だからその言う通りにすると言いたげな問い方を素直に受け止められなかった。

 店長のせいでもある。ウミが何度も確認したせいでもある。

 寂しがらせているのかもしれないと思った、自分自身のせいでもあった。

 半ば自暴自棄になった俺は頬杖の掌を口元まで寄せ、隠すようにため息を吐いた。

「じゃあ、一緒に行くよ」

 ウミは、満足げに笑っていた。


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