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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第一章 インスタントファミリー
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出費の多い一日 3

 土曜日ということもあり、駅前のショッピングモールはそれなりに賑わっていた。人の間を縫うように歩かなくてはいけない、とまではいわずともすれ違う人と肩をぶつけあってしまいそうだと危惧するくらいには人波は密度が濃い。

 俺はその波にウミがさらわれてしまわぬよう先陣を切って歩き、エスカレーターを踏む。

 ゆっくりと昇っていく自動階段は足元で小さく振動している。ウミはそれが不思議だったのか、じっと足元を見つめていた。

 やがて俺たちはショッピングモールの五階にたどり着き、歩みを止める。

 このショッピングモールは五階にファッション関係の店が集中している。読み方のわからないブランドの店やアクセサリーなんかの雑貨店。中には下着専門の店なんかもある。

 俺はそんなあれこれをすべて無視し、同フロアで一番の面積を保有していた量販店へと向かう。

 俺にとって服を買うと言えばそこ意外に思いつかなかった。

 男物であれば五千円もあれば上下をそろえることのできる全国展開している英語表記のその店。貧乏学生にはなじみのある看板。

 俺は歩みを勧めながら背後を確認した。

 小鴨のような異世界人は可愛らしくはあるが、今はその顔を見て焦りを感じていた。

 ウミは、人の目にさらされるのが苦手なのかもしれない。

 人通りの多い駅前まで出ると、ウミは何かに怯えるように俺のすぐ後ろをついて歩くようになった。本人としては笑顔を浮かべ誤魔化しているつもりのようだが、せわしなく動く視線は警戒心がにじみ出ている。俺との距離が空きそうになるたびに小走りになるさまを見れば察しもついた。

 ジャージ姿の彼女は、注目の的だった。

 最初はなぜ注目されているのかはよくわからなかったが、ここに来るまでに大方の見当はついた。

 ジャージ姿だから注目を集めているわけではなかった。共に歩いている俺との落差が注目を集めてしまっているらしい。

 それもそうだ。俺は普段着と呼べる服装をしているのに、ウミはジャージにサイズの合わないぼろぼろの靴。

 どんな関係なのだろうと勘繰るのも無理はない。

 何より、落ち着きのないウミはどうしたって浮いてしまう。

 人の目にさらされるたびにコバエにでもつつかれているみたいにあたりを見回す様はまさに挙動不審だった。いくらウミの笑顔が愛らしく映ろうとも何もかも誤魔化せるはずもない。

 摩訶不思議な二人は、ショッピングモールで異質だった。

 だから俺はそそくさとその量販店のスペースを踏み、ウミとそろってキョロキョロしながら闊歩した。

 慣れない女性用衣服のスペースまで赴き、右を見て左を見る。

「ウミ」

「なに?」

「好きなの選んでいいぞ」

 やましいことなど何もないのに、悪事を企てるみたいに小声でやり取りをする。

 女性服のスペースはいわば聖域なのだ。男がずかずかと踏み入ってはいけない場所。今はウミの服を買うためという免罪符があるが、それでも染みついたものなのかどうしたってそわそわしてしまう。

 ウミは俺に促され前に出ると、ラックにかかったそれらを見回し振り返る。

「どれがいいのかな?」

「いや俺に訊かれても」

「私よくわからないから、アオイが選んでよ」

「どうしてそうなるん?」

 首を傾げた俺を見て、ウミはにへへと笑う。

「私、この世界の服よくわからないから」

「…………はぁ」

 そんな風に言われてしまえば、冷たくあしらうことなどできるはずもない。

 俺はため息を吐きつつ手近なラックを物色し、とりあえずウミに合いそうな服を選ぶことにした。

 しかし。

「…………」

「アオイ?」

「…………」

「…………」

 何を見てもいまいちピンとこない。というか、女性服の選び方の基準も分からなければそもそも俺はウミの服のサイズを把握していない。目算でおぼろげに想定することはできるが、いかんせん俺では力不足だ。

 なので俺は早々に声を上げた。

「あの、すみません」

 友人と雑談を交わすときのようなぼやけた声。聞き取りにくいそれで近くにいた店員を呼び止める。

「はい、少々お待ちください」

 試着が終わった服を戻しに来ていたところだったのか、その女性はラックにハンガーをかけると笑みを携えてこちらに寄ってきた。

「どうされましたか?」

「あの、こいつに服を買ってやりたいんですけど。いいのありませんかね?」

 いきなり丸投げした俺に、しかし彼女は笑みを崩すこととなく答える。

「どういったものをお探しですか?」

「どういったもの……」

 そんなこと言われても思い浮かぶものなどない。ウミに何が似合うかなんて考えて簡単に結論が出せているのなら店員に助けを乞うことは無いのだから。

 そもそも、女性の服の名称が俺にはわからない。Tシャツとジーパン、チノパン、パーカー、ジャケット、後はスカートくらいしか名前が出てこない。

 俺はその中から女性らしいものを選ぼうとひとまずはスカートを選んでもらおうと考え至る。

「……あー、ワンピース、ってありますか?」

 しかし俺はすんでのところでそれを飲み込みそう問いかけた。

「ワンピースですね、こちらへどうぞ」

 促されるまま俺は店員の後に続く。ウミも俺の後をついてきた。

「ワンピースと言っても種類は多いので、お客様に見て選んでもらうのが一番ですが。そうですね、こういうのはいかがでしょう」

 そう言って店員が手に取ったのはアプリコットのワンピースだ。襟のところにフリルが付いており、胸の下と袖元には体つきを華奢に見せるためなのかくびれが出来ている。

 きっとこういうのをガーリーと言うのだろう。

 そんな風に思いながらも想像していたものとは違い「ええと」と言いながら目についた白い生地に手を伸ばした。

 偏見も甚だしいが。ワンピースと言えば白のイメージだった。夏が近いということもあってか、サンダルに麦わら帽をセットにしたその姿が頭に浮かぶ。実際そんな服装をした女性を見たことはただの一度もないけれど、それがワンピースの着こなしだと思っていた。

 それともう一つ。そもそもワンピースを指定したのにも理由はあった。

 それは貧乏学生らしい理由だ。

 上下を合わせて買うよりも、それが一つにまとまっているワンピースのほうが安価なのではないかと思ったのだ。ズボンとシャツ、スカートとシャツ。二着買うよりもワンピース一着のほうが安いだろうというのが女性服に詳しくもない俺が至った結論だった。

 値札を確認してはいないから実際のところどうなのかはわからないが、その思い込みを信じて俺は白いワンピースを物色する。

「あっ」

 そしてその中に、俺のイメージしていたものを見つけた。

 肩のところが紐になっているタイプのワンピース。それをウミにあてがってみる。裾は足首が出るくらいだろうか、ウミに着せるのはおしとやかが過ぎるが、俺の目に留まったのはそれだった。

「どうだ?」

「わかんない」

 首を傾げて問えば、ウミはにへへと困ったように笑う。同じような笑い方でも若干のニュアンスの違いが分かるようになった自分を不思議に思いつつウミの正面に立つ。

 再びジャージ姿の彼女にそれをあてがう。

 やはり清楚が過ぎるだろうか。ウミはあまりそういう雰囲気が似合うとは思えない。いつもうかべている笑顔のせいだ。子供っぽいそれのせいで、どちらかと言えば快活なイメージがある。言ってしまえばスカートが似合うともあまり思えない。

 今更ながらジーパンとシャツでいいのではないかという気がしてきた。

「試着いたしますか?」

「あ、はい」

 そんな風に思っている最中に声をかけられたから俺は反射で相槌を打った。

「ではご案内しますね」

 それを受けた店員は俺たちを試着室へと案内し、あれよあれよという間にウミを試着室に押し込んでしまった。

 まだ値段も見ていなかったのだが、大丈夫だろうかと財布事情ばかりを気にかけウミの着替えが終わるのを暫し待つ。

「妹さんですか?」

 その間の静寂を埋めようとしたのか、店員が俺の横に立ってそう切り出した。

「そんなところです」

「仲がいいんですね」

「普通ですよ」

「普通ですかね?」

「家族なら普通ですよ」

「普通は服選んだりしてあげませんよ。よほど仲良くなければ女の子側から拒否するでしょうし」

「うちの妹は反抗期終わったので」

 淡々と言う俺に店員は微笑ましいものを見たと言いたげに口元を抑える。

 俺は俺で内心ニヤついていた。

 健に確認したとき同様。俺たちは兄妹に見えているらしい。髪の毛は黒で一緒だが、群青色の瞳は似ても似つかないのでそう見られないのではないかと思っていた。

 実際に血の繫がりなどないし、法的なつながりもない。

 少し年の離れた男女を見れば勝手に血の繫がり想像するものなのかもしれないが、それでも他人の目にそう見えているのであれば俺としても心地よかった。

「アオイ、これでいいの?」

 そんな風に悦に浸っていると、ウミがカーテンを開け放ち姿を見せる。

「あー……」

 それを見た俺は、うめき声をあげた。

 悪い、とは言わない。肩ひもタイプなだけあって当然露出した肩は女性らしい体のラインが際立っている。中学生に何を思っているのかという話ではあるが、それでも細いシルエットのそれは彼女の未発達ながらも魅力を内包した体に合っていた。

 しかし、

「あんま、だな」

 俺の目にそれは良とは映らなかった。

 試着前から思っていたことだ。その清楚な雰囲気のあるワンピースは、笑顔のよく似合うウミには似合っていなかった。一番の原因は、長いスカート丈だ。それが短ければまだウミの持つ空気を損なわずに済んだのだろうが、いかんせん長すぎる。俺が勝手にイメージしていた、空想の中の海辺のお嬢様らしさが見事に邪魔をしてしまっている。

「もうちょい丈が短いのがいいな。ちょっと待ってろ」

 言いながら踵を返し、先程のワンピースのラックへ戻る。その中から先ほどの半分ほどのスカート丈のものを選びすぐにウミの元へと戻る。

「こっちの方が合うと思う」

「わかった」

 ウミは二つ返事でそれを受け取ると試着室のカーテンを閉める。

「どう?」

 すぐに出てきたウミは揺れるスカートの裾を見ながら問いかけた。

「……さっきよりはいいな」

 スカート丈が膝上まで来たおかげで動きやすい印象を受ける。もちろん素肌が見えるようになったからいいと言っているわけではない。それを言えば今回のワンピースは肩のところが紐ではなく半袖タイプのものだ。

 露出で言えばプラスマイナスでプラスだろう。間違いなく露出は増えた。何せ膝まで見えているのだから。

 しかし露出が増えたからいいと言っているわけではない。断じてない。

 何度も言うがロングスカートのシルエットはウミのもの雰囲気を邪魔してしまうのだ。今なお白いワンピースの清楚さは健在であるが、これ以上は選ぶ服の種類を変えるしかなくなってくる。白のワンピースというものはどうしたって清楚な印象を受けてしまうものだ。

 俺はとりあえず悪くはないしそれでいいかと思いつつ俺たちを待ってくれていた店員に向き直る。

「あの、これそのまま着て帰りたいんですけど」

「はい構いませんよ」

「じゃあこのまま会計を……」

「あ、少々お待ちください」

 財布を取り出しながらレジへ向かおうとした俺はしかし、店員に制止を促され足を止める。そのまま彼女はそこで待てと手ぶりで訴えるとどこかへと消える。

 取り残された俺はぽかんと口を開け、状況が呑み込めずにいる。

 何か不都合があったのだろうか。試着した服をそのまま着て帰るなんて言うのは初めてのことだ。何かしら特別な措置があるのかもしれない。

 そう思いながら待つと店員は駆け足で戻ってきた。

「こちら、一緒にどうですか?」

「え?」

 彼女の手元には上着らしいものが下がっている。

 思いもよらない販促に呆気にとられ、俺は慌てて拒否した。

「あ、いや、ワンピースだけで」

「試着だけでもしてみませんか?」

「…………」

 俺は、そんな風に言われると強く出ることが出来ない。体に染みついたというよりは、魂に染みついたものとでも言えばいいのだろうか。下手に出られると命令されるよりも大きな拘束力を感じてしまう。

 俺はしぶしぶ頷き、それを見た店員はウミにその上着を手渡す。

 ウミはきょとんとしながらもそれを受け取り、袖を通した。

 そしてようやく、俺は店員の意図を理解した。

 ネイビーのカーディガンを羽織ったウミは、先程とはまた違った印象を俺に植え付けた。

 白が隠れたからだろうか、先程よりもカジュアルな印象のそれは、ウミの元々持った魅力を上塗りすることなく共生しているように見えた。

「似合い、ますね」

 うわごとのように呟けば、俺の傍らで店員は微笑んだ。

 なるほど、これがおしゃれか。なんて思いながら俺は彼女に向き直る。

「じゃあ、これも一緒にお願いします」

「はい。かしこまりました」

 店員は小さく会釈をしながら言うと俺たちをレジへと誘導する。ウミが試着室から出てオンボロのシューズを履くのを待ってから一緒にレジへと向かう。

「えー、では二点で6898円です」

「……え」

 俺は素っ頓狂な声を出しながら顔を上げる。

「6898円です」

 店員は、最後まで一度たりとも笑顔を崩すことは無かった。


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