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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第一章 インスタントファミリー
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出費の多い一日 2

 二人で肩を並べて歩くのは不思議な気分だった。

 つい昨日も並んで帰宅したけれど、日が頭上にあるからか今は少しこっぱずかしい。

 初デートに赴く男子高校生、なんて錯覚しているのかもしれない。隣に女の子がいるだなんて俺の人生では今まで一度もなかったことだし、そもそも同じ家から出てくるなんて考えられない特別だ。

 落ち着かない気持ちになるのも無理のない事だった。

 けれど俺は努めて冷静に、隣を歩く彼女の足元を観察する。

「ウミ、歩きにくくないか?」

「うん、大丈夫だよ」

 俺の視線の先にはぼろぼろのシューズ。数か月前まで俺が履いていたそれを今はウミが履いていた。

 昨夜裸足で出歩いたウミは、今日も当たり前のように裸足で玄関を抜けようとした。何のためらいもなく、それが自然な事であるかのように。俺はそれを見て大慌てで代わりになるものを探した。貧乏学生の家には予備の靴などというものは備わっておらず、学校指定の革靴だって持ち合わせていなかったため万事休すかと思ったが、そんなタイミングで玄関脇のビニール袋にそれを発見しウミに履くよう促した。

「サイズはあってないだろうから、歩きにくかったらすぐに言えよ?」

「わかった」

 軽やかな足取りで歩くウミは不自由さなどかけらも感じていないように見えるが、玄関で履かせてみたときはスリッパのようにするのが精いっぱいだったのだ。いくら靴紐をきつく縛ったとしても靴のサイズそのものは変わらない。歩きにくいことは間違いなかった。

 なるべく気を遣って歩こうと心がけながら、俺は右手に持った紙袋を持ち直す。

「アオイ?」

「なんだ?」

「寄り道ってどこ行くの?」

「ちょっとな」

 そう言いながら、すぐ眼前に見えていた看板を見上げる。

 思うところがあって、理由をつけてそこに寄ろうと考えていたのだ。

 俺が普段からお世話になっているそのお店は近づくたびに芳醇な香りを強く漂わせてくる。質素な外観ではあるがその一点だけで人を誘うことは容易で、今も近所に住む奥様がベルを鳴らしながら店内へと向かって行った。

「あっ」

 ウミもそれに気が付き頬を緩める。異世界人だろうとその匂いになじみはあるのだろう。気の抜けた顔をするウミとそろってドアをくぐりベルを鳴らした。

「いらっしゃいませー」

 そう呼びかけられ、視線が向かう。見やった先では若い女性がおっとりとした笑みを浮かべていた。

 笹木パンは今日も今日とて賑わいを見せていた。

 彼女は俺の姿を認めると微笑を浮かべたままアイコンタクトのように小首をかしげる。俺はそれに会釈を返し、彼女のもとへと向かった。

「おはようございます」

「おはよう」

 笹木パンの奥さんはあまりにも若い。二十代だと言われれば鵜呑みにしてしまいそうなほど若々しい。おっとりとした雰囲気で大人っぽく感じられるはずなのに、いつも浮かべているその笑顔のせいか、彼女からは年上や大人と言った威圧感を一切感じなかった。

 そんな彼女に俺は伝言ゲームでもするみたいに小さな声で言う。

「あの、健いますか? 借りてたもの返しに来たんですけど」

「いるわよ。ちょっと待っててもらえる?」

 ちょうどレジにお客さんが並んでいなかったため、健の母親はすぐに店の奥の方へと引っ込んでいった。

 すぐに戻ってきた彼女に「すぐに来るから待ってて?」と言われ、俺は頷きを返す。

 健を待つ間、背後でキョロキョロしていたウミに声をかけることにした。

「ウミ、なんか食べたいものあるのか?」

 あまりにキラキラとした瞳で落ち着きなく見回すものだから、欲しいものでもあるのかと思って尋ねてみる。けれどウミは首を横に振った。

「ううん。すごく良い匂いだなって思っただけ。アオイが買ってきたパンの匂い」

「そりゃ俺の家のパンは全部ここのだからな」

 そんなやり取りをしていると、エプロンを身に着けた健が奥から顔を出す。

 健はすぐに俺に気付くと笑みを浮かべ寄ってきた。

「よっ、アオイ。何の用だ? 値引きか?」

「そんながめついことはしないよ」

 言いながら俺は手に持っていた紙袋を掲げる。

「ノート早めに返そうと思ってな。仕事中に申し訳ないんだが」

「ああ、そういうことか。来週でいいって言ったのに律義だな」

「いや、なんか借りっぱなしっていうのは落ち着かなくてな」

「早めに返してもらったところで俺家で勉強なんかしねえけどな」

 がははと豪快に笑う健だが、その後ろではレジ打ちをしている母親がにこやかににらみを利かせていた。

「まあともかく、早めに返したかったんだよ。仕事の手を止めて悪いな」

 重ねて謝罪すれば、健は「気にすんな」と手刀をぶんぶんと振った。

「で、何買ってく? もうそろそろ食パン焼きあがるけどそれに……」

 なんて販促に舵を切った健だが、俺の背後に珍しい顔を見て言葉を止めた。

「その子、葵の妹か?」

「ん? ああ。そう」

 そう言えば連れてきていたな、なんて言いだしそうな声を務めて出して振り返る。途端に注目を浴びたウミは穏やかに微笑み言った。

「アオイの妹のウミって言います」

 珍しく敬語を使ったのは、俺が釘を刺しておいたからだ。昨夜店長にため口でしゃべっていたのを見て一応小言を口にしておいたのだ。目上に人には敬語を、と。

 その目上に俺は含まれていないのか、相変わらずウミは俺のことをアオイと呼び捨てにするし敬語も使わない。妹を自称するのであればお兄ちゃんとでも呼んでくれればごまかしも真実味を帯びてくるものなのだが、どうにも呼び捨てがいいらしい。

「おういらっしゃい。俺は健、葵の親友な」

 健は膝を折りしゃがみ込む。もともと大きな背丈を有している健だからそれでようやくウミと目線の高さが同じになった。

「ウミちゃんはパン好きか?」

「うん。パン美味しかったよ」

「おおそうか。うへへ」

 健は実家のパンが褒められて満面の笑みを浮かべる。気分が乗ったのか勢いづけて立ち上がると、健は辺りを見回すとこう提案した。

「なんかほしいものあるか? サービスするぞ」

「おい健っ」

 声を上げたのは俺だった。ほかの誰が言うよりも早く俺は健を止めにかかる。

「気軽にそういうこと言うな。ウミが本気にする」

「いや、本気で言ってるからいいんだよ。葵も知ってるだろ、うちの家族は人にものあげるのが好きなんだって」

 それは重々承知だったが、だからこそそれに甘んじるわけにはいかない。

 普段からお世話になっているからこそ今以上に甘えるのは心苦しいのだ。

 割引は当たり前、おまけと称し追加のパンを詰めてくるのも日常茶飯事。そんな笹木パンの面々にこれ以上の負担を強いることはできない。

 そう思っての行動だったのだが、当の笹木パン側としては些事のようだ。

「いらっしゃい」

「あ、どうも」

 裏から天板を担ぐようにして持って出てきた店主に頭を下げる。

 よもやおやじさんまでサービスが何だと言い始めないだろうかと不安に思う俺の頭上で親子の会話がなされた。

「親父、その子葵の妹らしいんだよ。遊びに来てるんだと」

「そうか」

 しかし、嫌な予感は杞憂に終わり、そんな短いやり取りの後おやじさんはパンを並べに向かった。

 俺は深く安堵の息を吐き、健に向き直る。

「とにかく、これ以上お世話になるわけにはいかないから。サービスとかは今日はいいって」

「数秒言うのが遅いぞ葵」

「は?」

 得意げに言った健に怪訝な目を向けると、背後でこんな声が聞こえた。

「これ、持って帰りな」

「え? いいの?」

「サービスだ」

 振り返れば寡黙な店主は、当たり前のようにメロンパンを紙袋に入れウミに手渡していた。

「えぇ…………」

 健に注意を向けた途端、別方向から極大のサービスを食らってしまった。ウミもウミで「ありがとう」と言いながらそれを受け取るものだから俺は制止を促すタイミングも失ってしまう。

 俺は深くため息を吐いてから、おやじさんに向き直った。

「あの、いつもすみません」

「気にすることは無い」

「でも……」

 短くそう答えると、おやじさんは天板を抱えて奥へと消えていく。取り残された俺は二の句を継ぐことが出来ずにうめき声をあげた。

「……健、いつも悪い。毎回毎回何かしらサービスしてもらって」

「さっきも言ったろ。笹木家は人にものをあげるのが好きな血筋なんだよ」

「……ありがとな」

 誇らしげにそう言うからそれ以上謝るのは憚られ、俺は困り笑いを浮かべながら素直にお礼を口にした。

「気にすんな。まあお前はちょっと特別優遇されてはいるけどさ」

「それ聞いてこれからはサービス断るべきだと確信したよ」

「いや、別に変なあれじゃねえよ? 俺と友達とかそういうの関係なくさ」

「じゃあなにが理由なんだ?」

 それ以外に特別扱いされる覚えはない。そう思いながら首を傾げて見せれば、健は相も変わらず笑みを湛えて言った。

「一人暮らしの学生を応援したいんだとよ。一人暮らしが大変なのは身をもって実感してるから、その手助けがしたいって言ってたぞ」

「いや、それは俺の事情だし」

「それに、真面目で気に入ってるらしいしな葵のこと」

 それはオヤジさんがそう言ったのか、健がそう解釈しただけなのか。どちらかはわからなかったが当たらずとも遠からずな感想をおやじさんが抱いているような気はしていた。

 普段から俺をよくしてくれている寡黙なあの人を思えば、想像に難くない。

 俺の周りの大人は。みんな俺によくしてくれる。俺を過大評価しすぎている。

 それはくすぐったくて身動ぎを禁じ得ない。よくしてもらうたびに、俺はそんな良い人間ではないんだと懺悔してしまいたくなる。

 その衝動を今日もまた抑え、困り笑いを浮かべる。

「買いかぶり過ぎなんだけどな」

 そう言って俺はメロンパンを両手で持ったウミを見る。ウミはこれからどうするのかと言いたげに俺のことを見ていた。

「とりあえず、健からもオヤジさんにお礼伝えてくれ」

「おう。……あれ? 何も買ってかねえのか? サービスするぞ?」

「これ以上は心を痛めるからお暇するよ。ノート返しに来ただけだしな」

 言ってつま先を出口に向け、それから浅く数度の呼吸を繰り返す。

 ノートを返すなんて理由でわざわざ忙しくしている健を訪ねたのは理由があったからだ。

 聞きたいことがあった。

 ふと思ってしまったから、確認したくなった。

「……なあ健」

「ん? なんだ?」

 呼び止めた俺を呆けた顔で見つめる健。やっぱりなんか買ってくのか? なんて言いたそうに得意げな笑顔を浮かべている。

 そんな友人に、俺はこう問いかけた。

「俺たちは、兄妹に見えるか?」

「ほ?」

 何を言っているんだ、と言いたげな声を上げる健。それを見て俺は一人満足すると手を振った。

「いや、何でもない。また来週な」

「あ? おお、また来週?」

 健は俺の質問の意図を測りかねているらしく、最後まで間抜け面を晒していた。


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