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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第一章 インスタントファミリー
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出費の多い一日 1

 ここ数日はいつもにもまして寝不足だった。それもこれも異世界からやってきた少女が原因だ。

 そう責任転嫁しつつ、欠伸を噛み殺しパジャマに手をかける。

 それから着替えをすませ、寝室の小さなデスクの引き出しを開けた。

 目当てのものは小さな円柱。朱肉と揃えて置いてはないかと上から順にすべての引き出しを開け放つ。

 けれど、目当てのものはいつかない。

 それもそうだ。この部屋のどこを探したって見つかるはずがない。それがある場所はここではないのだから。

 無駄な足掻きをし、それから俺は仕方ないなんて顔をしながらスマホを手に取る。

 俺のスマホに登録された数少ない連絡先の一つ。それをタップして電波を飛ばす。

 一度、二度。コールの音だけが電話口から帰ってくる。根気強く待っては見るが受話器を取る気配は感じられない。

 そのうちそれは不在着信の音声メッセージへと切り替わる。

 あらかじめ予想していた俺は発信音に続いて短く告げた。

「今日、そっちに行く」

 それを言い終わると同時切断ボタンをタップする。すぐに折り返しの電話がかかってきたが、俺はそれを無視してスマホの電源を切った。

「ふー」

 大げさに息を吐き出し、汗もかいていない額を拭う。

 それから数秒の間心を落ち着けるために置物と化し、勢いよく顔を上げる。

「よし」

 わざわざスタートの合図を出して体を動かし始める。やや重たい体をどうにか動かしてドアに手をかける。

「ウミ、それじゃあ行くか」

 ドアを開け放ちながら言えば、ドアのすぐ前に立っていたらしい少女は半歩下がりながらコクリと頷く。

 俺はそれにやや嘆息気味に笑顔を返した。

「とりあえず……。ジャージに着替えてもえるか?」

 彼女の姿はもはや見慣れた黒いローブ。そのまま出かけるにはいささかみすぼらしさがにじみ過ぎている。その姿で往来を歩けば、昨日のようによからぬ噂話の種になりかねない。これから駅前まで赴こうというのだからジャージというのもあまりよろしくは無いだろうが、ぼろ布よりかはましだろう。

 そう思い提案したが、ウミはきょとんとしていた。

「このままでいいよ?」

「いや、俺がよくない」

「何で?」

「ウミのその恰好は常軌を逸している」

「そうなの?」

「そうだ。簡潔に言えばコスプレ初心者みたいな雰囲気がある」

「それは変なの?」

「まあ注目の的にはなるな。公の場でする格好じゃない」

「……そっか、だから昨日皆私のこと怖い目で見てたんだ」

 ぼそり。と気分の悪い言葉が呟かれた。俺はそれを無視して話を進めようとは出来ず、おもむろに尋ねてしまった。

「コンビニの前ですれ違った子たちのことか?」

「うん。その人たちもそう」

 も、ということは他にも同じような目を向けてくる人がいたということだろうか。

 無理もない。街中をコスプレイヤーが歩いているようなものだ。そう勘違いされたのならばまだいい方で、孤児やホームレスだなんて思われたのならばきっとウミの向けられた視線はもっとひどいものだろう。

 それはきっと、怖い目というやつだ。

「まあ、仕方ないだろうな。珍しい格好だからみんな距離を置きたがるよ」

 あくまで珍しいだけだ、と強調して言う。反射的なフォローはあまり役に立たないかと思ったが、ウミは笑顔を浮かべた。

「そっか、アオイの着てる服も全然違うもんね」

 言われて、俺は自分の姿を見る。

 安物のジーパンに半袖のシャツ。背中には貴重品を入れるためだけの小さなバッグ。おしゃれという言葉からはかけ離れた服選びに思うところもあるが、いかんせん俺はそちらのセンスがない。だから良くも悪くも目立たない服を選びがちだった。

「そうだな。だからとりあえずジャージに着替えてもらって、早いとこ服を買いに行こう」

 そんなファッションセンス皆無な俺が偉そうに言うことではないがウミの服装はあまりにもひどい。早急に普段着と呼べる代物を調達するべきだった。

 そんな俺の強い思いが通じたのか、ウミは「わかった」とぼやけた返事をして、つい数分前まで寝間着代わりにしていたジャージに再び着替えようとする。

「ウミ、寝室つかえ」

「うん。すぐ着かえるね」

 言って、ウミはすぐに寝室へと消える。ドアが閉められると衣擦れの気配がした。

 急がなくていい。と返せばいいのに俺は何も返せなかった。

 先ほどの電話のせいだ。電源を消しても着信が今なお続いているのがわかる。気配、というよりは経験から理解できるといった方がいいだろう。あの人は俺が訪ねてくるのをひどく嫌うから。

 けれど、こちらにも事情がある。面談の紙に押印が必要となれば出向くほかないのだ。俺が勝手にそれらしいサインでも書けばそれでことは片付くだろうが、いかんせん、そういうこういう行為を俺は嫌っていた。

 不誠実な、卑怯なやり方は血の繫がりを自覚してしまいそうで、意識して避け続けている。

 きっとその不満を赤子のように喚き散らすことで発散すればもっと楽なのだろうけれど。

 なんて、気分を落とし続けていると寝室のドアが開く。顔を上げれば、ウミはジャージに着替え終えていた。

「早いな」

「ちょっと急いだ」

 そう言われて罪悪感を覚えた。

 きっちり声に出すべきだった。急がなくていいと。

 そんな些細なことでまた気分を落としかけ、俺は頭を振った。

 寝起きだからという言い訳はそろそろ無理がきいてくる。声のトーンを落としたままではいけない。

 そう思い自分を奮い立たせた。

「じゃあ、行くか」

「うん」

 努めて明るい声で言えば、ウミは元気よく返事を返した。


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