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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第一章 インスタントファミリー
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意外な顔 4 

 自転車を押して帰ったせいで、帰宅したころには明日が見え始めていた。

 今すぐにでもシャワーを浴びて布団に突っ伏してしまいたい。そんな衝動に駆られる。

 気疲れというやつだろうか。体としてはさほど倦怠感を感じないけれど、妙に頭が重く瞼を開ける意思が削ぎ落されていく。

「とりあえず、晩御飯の準備だな」

 それでも自身を強く保つため自宅に到着するなり独り言ちる。学校指定の鞄と花火の入ったレジ袋を半分ずり下ろしながらキッチンに向かい軽く首を回す。

 その俺の後を、ウミは当たり前のようについてきた。

「……今からご飯作るの?」

「そう。ウミは晩御飯なんか食べたか?」

「食べてない」

「…………じゃあ、急いで作るか」

 ウミにいろいろと聞きたいことはあったけれど、それは食事の最中にでも聞けばいいかと思い手を動かす。

 冷蔵庫を開け、寂しくなった保冷室の奥に手を伸ばす。

 そこには金曜日のラベルの付いた真空パック。食材の入った最後の一つ。

 それをいつものごとく取り出しフライパンを用意する。中身はぱっと見照り焼きか何かだろうか。自分で準備をしておいたくせに思い出せない。疲労のせいか、はたまた記憶力の欠如が原因か。

 週初めのことも思い出せない情けない脳みそを憐れみながらコンロの火を灯す。フライパンをやや乱暴に置き、冷凍してあった白米をレンジにぶち込んだ。

「ねえアオイ。今更言うことでもないのかもしれないけど」

「なんだ?」

 フライパンが温まるさまを凝視していた俺にウミはそう言いながら寄ってくる。

 俺の隣に立った少女はきょとんとしつつこう尋ねた。

「何で料理するの?」

 俺はあまりに間の抜けた質問にさび付いた機械みたいな動きで振り返る。それから大げさに間を取って「は?」と声を上げた。

「何でって、食事するためだろ。…………もしかして異世界人って食事しなくても平気とか?」

「ううん、そんなことないよ」

 まさかと思いつつ尋ねれば、ウミは動じた様子もなくそう答えた。

「まあそうだよな。もし平気ならここ二日の出費は何だったんだって話だしな」

 ブツブツと言いながら温まったフライパンに油を垂らす。それから油が躍るさまをみつめつつ真空パックを開いた。

「じゃあ、なんでいきなり何で料理をするのかなんて聞いてきたんだ? あれか? ウミの世界じゃ自動でご飯を作ってくれる魔法が有るとか?」

「そんな便利なの無いよ。アオイは魔法を勘違いしてる。……そうじゃなくて」

 ウミもフライパンを見つめる。フライパンの上で油が跳ねるさまが面白いのか、不思議そうな顔をしつつ彼女はどうでもいいことのように呟いた。

「何で、料理頑張ってるのかなって」

 ウミがそう言った瞬間、食材が真空パックから滑り落ちた。

 フライパンの上に落ちた鶏肉たちが派手な音を立てる。罵声を浴びせられたみたいに味の付いた肉は縮んでいく。熱せられた肉が縮み、その上に積み上げられた肉が首を傾げるみたいに滑り落ちる。

 不自然なまでの静かな時間と冷えた空気。それを自覚するまでにかなりの時間を要した。

「アオイ?」

 俺の表情を見たウミは、気づかわし気に俺を呼ぶ。

 俺は返事をすることが出来なかった。

 いやな女がフラッシュバックした。

 俺が体の動かし方を思い出したのは、照り焼きの食欲をそそる香りが鼻孔に届き、若干の苦みが香ってからだった。

「頑張ってるって。当たり前のことだよ。料理しなきゃ何も食べれないだろ。鶏肉とか生で食うものじゃないし」

「うん、そうだけど。でもアオイは違うでしょ?」

「違うって何が?」

「料理しなくても、食べ物に困らないよね」

 黙ってフライパンを揺らした。水きりラックに手を伸ばし菜箸を引き抜く。

「いや、困るだろ。食べるものなくなるし。ウミの世界やっぱりそういう便利な魔法が有るの?」

「そうじゃないよ。料理は自分でしないと食べる物なくなっちゃう」

「そうだよな」

「でもアオイは。この世界はそうじゃないよね」

 はっきりとそう言われて、フライパンの上に視線を逸らした。何でもないなんて顔をしながら、てりやきチキンを仕上げていく。

「さっきのテンチョのところ食べられるものいっぱいあったよ。すぐに食べられる物が。この世界は、必ず料理しなきゃいけないって言うことは無いんでしょ? 料理しなくても、食べるものには困らないよね」

 探偵が犯人に証拠を突き付けるみたいな言い方だ。そう感じてしまうのは、俺の方に隠し事があるせいだろうか。

「料理をするのが変とか、おかしいって言うことを言いたいわけじゃないよ。私は料理をする方が当たり前だと思うから。でも、アオイ大変なのに料理してる。今日こんなの遅くなったのに、それでも料理してる。私が葵に部屋に来た一昨日の時も夜遅かったけどアオイは料理してた」

 そこまで言い切ると、ウミは再度気づかわし気に俺の顔を覗き込んだ。

「アオイ。どうして料理してるの?」

 ウミもいい加減、俺の事情は察し始めているのだろう。

 住んでいる場所は一人暮らしには広い1LDKの一室。そのくせ物は極端に少なく、部屋の大きさに見合わず食事は質素。そもそも十七の学生という身分でありながら一人で暮らしアルバイトで生計を立てている。

 察しがつかない方がおかしな話だ。異世界の事情がどういうものかはわからないが、それでも俺の生活の異常さは見て取れるだろう。

 だからウミは今気づかわし気に俺の顔を覗き見ているのだろう。

 俺は、その目が気に食わなかった。

 レンジが音を立てたのを合図に俺は嘘を吐き出した。

「栄養バランスのためだよ」

「栄養バランス?」

 言い放った俺にウミはオウム返しをする。

「そう、栄養バランス。コンビニの弁当は確かに楽だけど、バランスで見ればいろいろ足りなかったりするんだよ。自分で作った方が栄養の偏った食事にならなかったりする」

「栄養……」

 ウミは呟きながら、鶏肉だけが転がっているフライパンを一瞥する。

「あとは金銭的な問題。って言うかこれが主な理由だな。確かにコンビニ弁当は楽だけど、毎回それを買ってたらエンゲル係数ウナギ上りだからな。節約のため、っていうのが一番の理由だよ」

「……そっか」

 俺が矢継ぎ早に言うと、ウミは少しだけ何か言いたそうだった。けれどウミはにへへと笑いながらうなずくとそれ以上の言葉を噤んだ。

 それが気遣いなのかウミが単純だからなのかは測りかねるが俺は内心で安堵の息をつく。

 それから話題その物をさらってしまおうと問いかけた。

「そう言えば、なんでウミ外出てたんだ? 何かしようとしてたのか?」

「ううん。アオイ探してた」

 火を止めフライパンを持ち上げながら言えば、意外な答えが返ってきて呆気にとられた。

「何で?」

「アオイ帰ってこないから、心配になった」

「いや、書き置き残してったろ。遅くなるって」

「読めなかった」

「…………は?」

 平皿を手に取った状態で、俺は固まった。

「読めなかった?」

「うん」

「書き置きが?」

「そう」

 俺は呆けた顔のまま、天井を見やった。

 思いもしなかった。言葉が通じているから、文字も読めるのだろうとそう思っていた。さんざん異世界人呼ばわりした癖に、その事に思い至れなかった。

 書き言葉が違ったのだ。俺の暮らす世界と、ウミのいた世界では。

「あー、それは、悪かった」

 なおも体は固まったまま、平皿とフライパンを片手に持ち項垂れる。頭を垂れた拍子にフライパンがぐらつき中のものが逃げ出しそうになった。

 俺はひとまず平皿にてりやきチキンを移し、フライパンをシンクに放り込む。

 それからとうに温まっていた冷凍ご飯をレンジから取り出し茶碗を用意する。

「それで、俺が帰ってこないから何かあったのかと思って探しに出たと」

「うん」

「慌てて靴を履くのも忘れたと」

「靴は持ってなかったから」

「根本的な問題だったわけか」

 確かに我が家の玄関には相変わらず俺の分の靴しか並んでいない。彼女には靴を履くという選択肢どころか、履くべき靴がそもそもなかったらしい。

 そんなことを思いながら、俺はウミを凝視する。

 もはや見慣れた黒いぼろ布。彼女が言うところのローブ。ポンチョの様なそれはてるてる坊主を思わせるシルエットで、作りの粗雑さを除けばワンピースの様で可愛らしくも思えてくる。

「ウミ、着替えもないよな」

「アオイが貸してくれたよ?」

 それは昨日貸し与えたジャージのことを言っているのだろう。俺は寝間着代わりになるものの話をしているわけではなかったのだが、実際問題どうなのかというところは認識できたのであえて口を出さなかった。

 二人分の茶碗に小盛りのご飯をそれぞれよそい手に持つ。ウミに平皿を頼もうと思い振り返れば、彼女は俺が言うよりも早くそれを手にしていた。

 ローテーブルの前まで二人で行き、茶碗を置いて定位置と化したその場所に向かい合わせで座る。

「ウミ」

 手を合わせる前にそう呼びかければ、ウミはきょとんとした。

 純真なんて言葉がよく似合う彼女は黙った俺の言葉をじっと待っている。

 注視され、そのくすぐったさに身をよじる。それでもこの話題だけははぐらかすべきでないと思い息を吸った。

「明日、買い物に行こう」

「……買い物?」

「そう。着替えもない状態じゃ不便だろ」

「…………」

 満を持してそう提案すれば、ウミは黙りこくった。

 どうしたのかと思い目を向けると、少女は目を丸くしていた。

「買ってくれるの?」

「そう言ってるんだ」

「お金、かかるんじゃないの?」

「多少ならいいよ。むしろこれくらいさせてもらわないと目覚めが悪い」

「アオイいつも忙しそうだけど」

「明日は一日休日だから気にするな」

 女の子が満足に着替えもできずに生活するなんて、そんなの見ていられない。その原因が俺であればなおさらだ。

 子供は、誰だって幸せでいる権利を持っているはずなんだ。

 だから、それを誰かが奪うようなことをしてはならない。

 そんな風に思うから、俺は信じられないと、遠慮がちに確認を取る少女に真っすぐと言う。

「負担じゃないし、俺がしたくてするんだ。だから、明日一緒に買いに行こう」

「…………」

 ウミはしばらく悩むようなそぶりを見せた。遠慮がにじみ出ていた。

 けれど、それもそのうち見えなくなった。

「アオイは、優しいね」

 そんな風に言われて、俺は目を逸らす。その柔和な笑みが、幼いのにどこか色っぽい。

 穏やかとか、幸せそうとか、そんな風に言われる笑顔だった。

「別に。で、答えは」

 俺はなんだかウミを直視できなくて、いじけるような声でそう言う。

 けれどウミは何も答えない。不貞腐れたような自分の声が静寂を呼び、空気が硬化する。

 まだ遠慮しているのかと半ば呆れ気味に彼女を見やれば、ぼろ布のみすぼらしい格好をした少女は何の返事もしない代わりに、

「にへへ」

 と、そんな気の抜ける笑い声を口にした。


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