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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第一章 インスタントファミリー
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意外な顔 2

「アオちゃん。これ出しといてもらっていいかしら」

 接客をしばらくこなし、店内に人がいなくなったタイミングで店長が俺を呼びつけた。

 仕事中に呼び出されるなんて珍しいなと思いつつ、バックヤードへ続くドアの前で段ボールを抱えていた店長の傍にかけていく。

「何です?」

「これよ。これ」

 店長は悪戯を仕掛けようとする子供みたいな笑顔を浮かべて抱えた段ボールを揺らして見せる。紙テープのはがされたそれをのぞき込んでみれば、そこには少々時期を逸したものが詰められていた。

「花火、ですか?」

「そうよ。そろそろでしょ」

 勝気な笑顔を見て、俺は意味もなく時計に目をやる。

「早くないですか? まだ六月にもなってないのに」

「今週末から六月よ。そうしたらもう夏じゃない。そもそも暦の上では初夏よ」

 なんてらんらんと語る店長はその段ボールを押し付けてくる。

 俺はかさばっている割に重量の無いそれを受け取りながら「おっと」なんて形だけのリアクションをとった。

「入り口近くに並べといて。ほらいつも季節のもの置いてるとこ」

「あー、わかりました」

 入り口入ってすぐの棚の側面、小さなスペースのところを言っているのだろうと理解した俺は頭上を見上げつつ頷く。思えば数か月前にはバレンタイン用のポップが飾られていた。それと同じように目立つよう並べてくれということだろう。

 店長は俺が頷いたのを見ると、よろしくねと言ってすぐに裏に戻っていく。ドアが閉まり切るのを確認してから、俺は段ボールをレジまでもっていった。

 店長は裏で何かやることがあるのだろうか、手伝ってくれる気配はない。そもそも数があるわけではないから一人で事足りるので店長を待つ理由もないが。

 俺は来客の気配がないことを確認すると、入り口近くの小さなスペースに段ボールを持っていく。見ればポップも一緒に入っていたので、それらしい形で花火を並べていくことにした。

 ファミリーパックの花火のほかに、筒状の吹き出し花火や簡易的な打ち上げ花火もある。それらを手にしながら、このあたりで花火ができる場所はどこにあるのだろう思い、それから益体の無いことを考えた。

 俺は花火をしたことが無い。生まれてこの方、ただの一度も。

 そんなことをする金銭的な余裕がなかった、というのはもちろんあった。小学生の頃は壁のシミが目立つオンボロアパートで暮らしていた。断熱もままならない薄い壁にほつれた畳。他人の生活音は一切聞こえてこない孤独な一室。そんなところで。

 けれど、何も金銭的な余裕がなかったことだけが理由ではない。

 単に俺に友達がいなかったというのもあるし。家族もそんなことに付き合ってくれるような人はいなくなっていたというのもある。

 いろいろな事情と感情がないまぜになった結果、俺は幼少期のころからただの一度も花火で遊んだことが無かった。

 俺の知る花火はスマホの画面で見るものだった。

 だからというわけでもないが、その色とりどりの火薬筒見ていると自分の嫌な面が出そうになってしまう。

 こんなもので遊んで何が楽しいのだろう、なんてかわいくない感情が顔をのぞかせる。

 担任教師という嫌な相手と会話をしたせいだ。心がささくれ立っている。

 俺は気分を落ち着けるために大きく息を吸う。なんの匂いもしないが鼻を触り、それから膝に手を着いて大げさに「よし」と体を起こした。

「こんなもんかな」

 独り言ち、自らが飾り付けた花火のブースを見やる。 

 特段目を引くわけでもないが、地味というわけでもない。あたりさわりのない、季節物という肩書で目を引くだけの一角。

 悪くはないなと一人納得しつつ首を回した。

 ちらりと見えた屋外には数人の女子高生の姿がある。彼女らはこちらに見向きもせずにおしゃべりに興じていた。

 塾帰りか、バイト帰りと言ったところだろうか。そんなことを考えながら時計を見れば、俺の勤務時間も残すところあと三十分となっていた。

「っし」

 ラストスパート、と気合を入れなおしレジに戻ろうとする。しかし段ボールを置き去りに仕掛けたことに気が付き今一度腰をかがめた。

「…………」

 瞬間、視界の端に黒い影が映る。すぐそばではなくガラス扉の向こう側。ゆらゆらと動くそれはシルエットで言えばてるてる坊主のようで、俺は反射的に顔を上げていた。

「何してんの……」

 家で俺の帰りを待っているはずの少女が、ひどく怯えた様子で歩いていた。

 ウミはキョロキョロあたりを見回して眉をひそめている。その顔は見ようによっては泣き出しそうにも見えて、なぜここにいるのかという疑問よりも先に始めて見る顔に驚いた。

 にへへ、なんて音が似合いそうな笑顔を浮かべてばかりいるから、ウミがそんな顔をするとは思いもしなかった。知らない世界に迷い込んでからずっと笑顔でいた少女がそんな不安そうな顔をするんだと驚愕した。

「ウミ、何してるんだ」

 しかしそれも一瞬のことで、俺はすぐに自動ドアをくぐりてるてる坊主を呼び止める。

 すると彼女は肩を跳ねさせてから振り返る。その顔からは安堵がにじみ出ていた。

「いた」

 その表情の変化を隠そうとしたのか、ウミは笑顔を浮かべた。

「いやいた、じゃなくて。何してんだよ」

 小走りでウミのもとへ寄って行き問いかける。するとウミはにへへ、なんて嬉しそうな、けれどバツが悪そうな笑顔を浮かべた。

「いや笑ってないで質問に答えろって。何でこんなとこに……」

 家から遠く離れているわけではないが、徒歩だとそこそこの時間がかかる。自転車で十分だとしても徒歩ならその倍近く掛かるかもしれない。その距離を歩く理由がなんであるのか問いたださねばならなかった。

 しかし、俺の言葉は遠くから聞こえてきたひそひそ話によって遮られる。

 不意に聞こえてきたそれに意識を持っていかれ、言葉が止まる。その不快な小声に耳を澄ませるが会話の内容は聞こえない。俺がコンビニの制服を着ているのがおかしかったのだろうか、それともウミのローブ姿が。

 と考えながらお互いの姿を凝視して、俺はぎょっとした。

「ウミ、なんで靴はいてないんだよ」

 素足のままアスファルトを踏む少女を見て、俺はやや声を荒げた。

 ウミの肩を掴みかけ、今一度周囲を見回す。俺自身がやましいことをしているわけではないが、とてもいたたまれない気持ちになった。

「……とりあえずこっち来い」

 しばし考えたのち、俺はウミをコンビニへと連れ込むことにした。

 人の目から避けるためというのはもちろんあったが、それ以上に助けを求めたかった。

「ん? わかった」

 必死な俺に対しウミはと言えば、状況を理解していないらしく小首をかしげている。

 それに嘆息しながら自動ドアをくぐり、俺の後をとことこついてきたウミを確認する。

「あー、とりあえずそこでちょっと待ってろ」

 自動ドア前のカーペットを指さし矢継ぎ早に言うと、バックヤードへと通じるドアを目指す。

 何をどう説明するのかもわからないが、とにかく説明して助けてもらうべきだと判断した。今の状況でウミに一人で家に帰れなんてとても言えない。裸足の女の子に十分以上の時間をかけて素足のまま帰宅しろだなんて言えるわけがない。

 俺は速足で店の奥まで行き、バックヤードのドアに手をかけようとする。

「あら、どうしたのアオちゃん」

「すみません、ちょっといいですか?」

 そうしたところでちょうどよく店長が出てきた。俺は何故か息を荒げながらついてきて欲しいと目で訴える。

 店長は不思議そうな顔をしたが黙ってついてきてくれるらしく、俺はまたしても速足で自動ドアの前に向かった。

「……あら? お客さん、じゃなさそうね?」

 ウミの姿を認めると、店長は彼女の姿を頭のてっぺんから足の先までじっくりと見て微笑んだ。

 とても愛おしいものを眺めているような、そんな目だった。

 そんな店長を見て俺は必死に訴える。

「あの、頼みがあるんですけど」

「いいわよ、何でも聞いてあげる」

 頼られたことが嬉しかったのか、店長は深く笑むと用件を言えとばかりに手のひらを向けた。

 俺は嘘を考えるよりも先に言う。

「あの、バイト終わりまでこいつを置いといてもらえませんか?」

「お安い御用よ」

 二つ返事で快諾してくれた店長に頭を下げて、ウミに向き直る。

「ウミ、とりあえず話は後だ。俺の仕事が終わるまでちょっと待っててくれ」

「わかった」

 ウミもウミで二つ返事で返すから話の進むテンポにつられて動きが早くなってしまう。

 また店長に視線を戻し、今度は何を言うべきか考える。

 事情を説明するべきだ。ウミが靴を履かずに出歩いてしまったから帰れと言えない。なので置いてくださいと、懇切丁寧に。

 しかし、その説明は正しいのだろうか。

 その説明で、勘繰られてしまうのではないだろうか。

 靴を履かずに屋外に出る、なんて非常識なことをする人がいるのかという疑問は至極まっとうなものだ。そもそも、この女の子は誰なんだと聞かれるかもしれない。ならばそこから説明するべきだろうか。

 頭を必死で働かせ、どうすれば納得してもらえるだけの説明ができるだろうと考える。

 口を半開きにしたままウミを見て、店長を見る。

 そんな挙動不審な俺を見た店長は、くすりと笑った。

 それから彼は膝をかがめてウミと視線を合わせる。

「お嬢さんお名前は?」

「ウミです」

 俺と初めて会った時の威勢はどこへやら、怯えているのか俺のことをチラチラと見ながら応対するウミ。

「そ、ウミちゃんね。ウミちゃんはアオちゃんとどんな関係?」

「えっと、どんな……」

 ウミは言い淀み、助けを求めて俺のほうを見る。

 俺はすぐさま二人の間に割って入り嘘を吐いた。

「妹です。今遊びに来てて」

「あー、そう言えば言ってたわね」

「それで、今日は遅くなるって言っておいたんですけど……」

「アオイ」

 どうにかこうにか説明を試みる俺の背をウミがちょいちょいとつつく。

 あとにしてくれと思いつつも振り返ってみれば、ウミはその突き出した指を自分の顔に向けた。

「妹?」

「今はとりあえず話を合わせろ」

「…………うんわかった。にへへ」

 小声で訴えれば、ウミはなぜか満足そうに笑う。

 何を考えているのかわからない少女を訝しく思いながらも俺は店長に向き直った。

「えっと、それで……あー」

 どんな言い訳の最中だったか思い出せずにうめき声をあげる。意味もなく店内を見まわしたり指先をくっ付けたり離したり。誰から見ても挙動不審な動きをする。

 付け焼刃の言い訳を探していると悟られないほうがおかしかった。それほどまでに俺の挙動は不自然だった。

 けれど、

「一人が寂しくて、お兄ちゃんを探しに来ちゃったってところかしら」

 思いつかなかった言い訳を店長が勝手に付け足してくれる。俺は一瞬硬直したが、好機とばかりにそれに頷きを返す。

 店長は、それ以上は何も聞こうとはせずに優しく微笑んだ。

 十四の女の子が一人で留守番をするのが不安で飛び出してくるなんて言い訳としてはずいぶんと厳しいとは思ったが、店長は納得してくれたらしい。もしかしたら、納得しようとしてくれたのかもしれない。

「じゃ、アオちゃんのシフトが終わるまで裏で匿ってあげるわ。なんなら早上がりしてもらってもいいんだけど?」

「いや、それは」

「そう言うと思ったわよ」

 予想通りとばかりに笑みを深め、それから店長はウミに向き直る。

「ウミちゃん」

「?」

 戸惑った様子のウミを見て、店長は人懐っこい笑みを浮かべると誰かに宣言するみたいに、ウミを快く受け入れた。

「あたしのお店にようこそ」


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