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異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第一章 インスタントファミリー
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望んだものは平凡な学生生活 3

 我がクラスの担任教師は年齢のわりに若く見られがちな男性教師だ。

 長くも短くもない髪。整っているかと強く聞かれれば頷くことはできる容姿。健に比べれば頼りなくもそこそこのトレーニングはしているのかもしれないと思わせる体つき。俺とさほど変わらない背丈に新卒社員のような似合っていないスーツ姿。

 見れば見るほど特徴らしいものが見当たらない。そんな人だった。

 どこにでもいそうな、恐ろしくも柔らかくも感じられないそんな人。

 特徴が無さすぎるがゆえに、優しいなんて曖昧なものがあげられてしまうような、そんな先生。

 彼が若く見られがちなのは、そういうどこまでもありふれた空気感と年のわりに自信のなさそうな笑顔のせいだった。

「あの、なんでしょうか」

 彼に呼ばれるまま廊下に出て、少しの不安をにじませながら問いかける。

 悪いことをしてしまいましたか、なんて言いたそうに見える顔を作った。心当たりはないけれどわざわざ名指しで呼び出されては嫌な勘繰りをしてしまう。そんな顔を。

 そんな俺を見て、担任教師はやや気後れした様子で切り出す。

「いや、来週の面談の話なんだがな?」

「日程変更、とかですか?」

 やや食い気味にそう問いかけた。もちろんそんな用事でないことはわかっている。

「いや、そうじゃなくてだな。親御さんとの話どうなったかと思ってな」

「あー、まああんまり期待しないで待っていてくださいとしか」

「そうか……」

 気遣うような笑顔を、彼は浮かべる。それが気に入らなくて、作った笑顔の内側で頬がひくついた。

「その、島崎の家の事情はなんとなく分かっているが、今回の面談はかなり進路についての話を深いところまでするからな。また二者面談というのも……」

 何もわかっていないのに知ったかぶりをするのも気に入らない。どうせ去年俺が口にしたおためごかししか知っていないくせに。

 俺は笑顔を保つ。ちょっと苦笑いに変えて話を訊いているという意思表示をする。

「その、親戚の人とかはどうだ? そういうお世話になった人とか、いるんじゃないのか?」

 そんな人がいるなら俺は今一人暮らしなどしていない。

 苦笑いを浮かべながらそんなことを口に出しそうになってしまう。そうやって空気を最悪なものに変えてこの場を去ってしまいたいと衝動的に思う。

 けれどそんなことはできない。だから俺は苦笑いで「そう、ですね……」なんて曖昧な返事を返しただけ。

「先週も言ったが。その面談調査票はちゃんと親御さんに渡したか?」

「一応は」

 家に持って帰るなり四つ折りにして捨てたとは言えない。

「そうか。島崎は成績も悪くないし今回のテストもいい方だ。問題も起こさないし放任されるのも分からなくはないんだが……」

 担任はそこでちらりと俺を見た。

 まるで察してくれと言わんばかりの懇願するような瞳に嫌悪感を覚える。

 俺は苦笑いを深めるふりをして目を瞑った。

 放任されている子供。俺が去年吐いた嘘を信じている担任には悪いがその顔は逆効果だ。

 それは、俺が最も嫌う大人の顔だったから。

「一度くらい、親御さんも交えて進路の話をした方がいいとも思うんだ」

 それは教師の仕事の範疇なのか。ここまで生徒のプライベートに踏み込んでくることが。

 こちらが二者面談でいいと言ったのだからそれでいいじゃないか、とは思うけれどやはり口にはしない。人畜無害なただの一生徒であるために。普通の中の一人であるために。俺はこの場の空気になじむ表情を浮かべる。

「一応話はしてみますけどあまり期待しないでください」

 だから俺は先週と全く同じことを口にした。俺にはどうしようもない問題なんだ、なんてにじませながら察してくれなんて顔をする。

 それをきっと彼は予想していたのだろう。先週も同じようなやり取りがあったのだから当然だ。何の策もなしに同じ問答を続けても袋小路だ。だから彼のしたことはとても理にかなっていた。

 担任はぺらりと一枚の紙を取り出し俺に向ける。目を落とせば、それには進路相談希望調査書と記されていた。

「一応、渡すだけ渡してもらえるか?」

「…………」

 そう突き出されてしまえば、断ることはできない。俺は黙ってそれを受け取り、それから激しく後悔した。

 プリントの最後には保護者の押印が必要だった。

「来週の初めまでなら、日程をずらせるからな」

 とことんまで譲歩してやるぞ。なんて懐の深いところを見せようとでもいうのだろうか。もしそうならば彼は手段を間違えている。

 そのプリントを見て、俺は彼を卑怯者だと認識した。

 元々大人は卑怯な生き物だなんて偏った見方をしていたけれど今回は顕著だった。

 そんな風に言われれば、頑張って普通の高校生を演じているこちらは動かざるを得ないではないか。そうでなければ、普通でなくなってしまうではないか。

 何かを人質にとるようなそのやり方を、俺はひどく嫌悪した。

「親御さんと、話したほうがいいぞ」

 お前のためだ。なんて言いたそうなその教師に拳を飛ばしそうになった。それは完全な奴あたりだと分かっているからどこにもいかずに戦慄くだけだが。

 俺が悪いのはわかっている。俺がこの人に自分の置かれた状況を正しく説明していればこんなことにはなっていない。説明さえすれば、彼は驚きながらも憐みを持ってわかったと頷いてくれるだろう。それでこんな面倒なことからは解放されるだろう。そんなことはわかり切っている。

 でも、俺はそれが嫌だった。

 こんな面倒なことをすることよりも真実を知った人が俺に向けてくる目が嫌だった。

 可哀そうだなんて憐れまれたくなんてなかった。

「そうは思ってるんですけど」

 俺は苦笑いを浮かべる。手の中で音を立てそうになる印刷紙を二つに畳む。それを隠すみたいに手を下ろせば担任は相槌のつもりなのか苦笑いを浮かべた。

 二人そろって愛想笑いを浮かべ、その静寂が居心地悪くなるとどちらからともなく目を逸らした。

「それじゃあ、昼に呼び出して悪かった」

「いえ、放課後はすぐバイト行かなきゃいけないので仕方ないです」

「そうだったな。……バイトがんばってるんだな」

「人並程度には」

「そうか」

 そうしてとうとう会話が続かなくなり。別れの挨拶もそこそこに担任は背を向ける。

「じゃあ、頼んだぞ」

 そして最後にダメ押しとばかりにそう言い残し階段を下って行った。

「…………」

 取り残された俺は自分の性分をひそかに呪った。


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