君のいない日常 5
最後の文化祭。俺たちは最上級生の特権をいかんなく発揮し、人通りの多い校門と校舎の間でフランクフルトを販売していた。
去年演劇を成功させた事実があるからか、準備の段階から誰も彼もが前向きで、何か面倒ごとが起きようものならば我先にと首を突っ込んでいくほどの気概に満ちていた。
一応はそんな輪の中にいる俺も、周りに手伝ってくれと言われれば小言も口にせずに淡々と与えられた役割をこなしていた。
バイト先が接客業ということもあって販売の人員に回された俺は、開場から早速出店に立って客の相手に勤しんでいた。
導線に建てられた屋台ということもあって客入りは上々。それどころか気合を入れて呼び込みをすれば一時間やそこいらで完売してもおかしくないほどの盛況ぶり。もしも俺があのコンビニだけでバイトをしていたのならばてんてこまいになっていたところだ。
しかし、居酒屋バイトを初めてもう一年にもなる俺にはいくらかの余裕があった。アルコールの入っている客が相手ということもあっていろいろ面倒なことに巻き込まれたりもした。丁寧に頭を下げて帰る人もいれば文句を口にしてからでなければ会計を済ませようとしない人も。
そんな小さな社会の荒波にもまれた俺には、好意的な客の波など造作もなかった。
クラスメイトに指示を出しつつ担当時間いっぱいまで働ききった俺はみんなに助かったなんて言われながら手に入れた自由をむさぼることにした。
「…………はぁ」
立ち入り禁止になった上階の教室。自分たちの荷物が置いてあるわけでもなければ普段使っている教室でもないその場所で、俺は締め切られたカーテンを眺めながら喧騒に耳を澄ませていた。
健と宮城は俺と入れ替わりで出店で接客対応をしている。去年に比べて友人と呼べそうな相手が増えたと言えどたった二人しかいないため、手持無沙汰の俺は一人で文化祭を回ろうとも思えず誰もいないこの場所で時間をつぶしていた。
「…………」
胡坐を崩して片膝を立てる。その上に肘を乗せ手の甲に頬を乗せればカーテンの隙間から羊雲が見えた。
落ち着く。誰もいないこの場所が、喧騒が遠くから聞こえるこの状況が。その中に飲み込まれていないことが安らぎを与えてくれる。
「…………一人のほうが、落ち着く」
近頃俺はなんだか疲れてしまったらしかった。
クラスメイトと文化祭のためにと張り切っていたからだろうか。宮城を相手にしていても、健を前にしていてもどうにも億劫だと感じることが多くなっていた。彼らが何か気に障るようなことをしたわけではない、気が合わないというわけでもない。
けれどどうしてか、誰かといると憂鬱で仕方なかった。
それはウミと隣り合っていたことを思い出すからとかそんな理由ではなく、なんだか誰かといるという事実が虚しく感じてきてしまったのだ。
俺自身、自分のことがよくわからない。何を言っているんだろうと思う。
けれど空虚な胸中は無視できるようなものではなくて、とうとう俺は一人になりにこんな場所までやってきた。
去年の文化祭。俺はウミとの思い出作りのために欠席した。その前にあった修学旅行も体調不良で欠席。遠足だとかいうものをした覚えもない。学校行事に参加し、楽しめる最後のチャンスのはずなのに、俺は根が張ってしまったみたいに動けなくなっていた。
このまま持ち合わせていない睡魔に身をゆだねるふりをしようか。喧騒に耳を済ませるふりをして耳をふさいで、楽しいと自分の心を騙すために微笑みでも浮かべてみようか。
出店の手伝いはしたのだから、十分楽しんだかもしれない。満足したのかもしれない。
やりきってしまったのだから何のやる気も起きないのだとそう独り言ちて目を瞑ろう。
そう決意したところでやっぱり睡魔は歩み寄ってきてはくれなかった。
何をしても物足りなかった。刺激のない毎日だった。
一度耐え難いほどの刺激を知ってしまったがゆえに、些細な刺激などないも同然だった。
倦怠感が脳みそまで侵食し始めていた。俺はもはや立ち上ろうと思うこともできない。
結局俺は健と宮城の当番が終わった時間になってもじっとその場に座って羊雲の行方を追っていた。




