表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界へようこそ  作者: 澄葉 照安登
第一章 インスタントファミリー
10/104

望んだものは平凡な学生生活 1

 昨夜は寝れなかった。

 いやウミに寝かせてもらえなかったというべきか。

 ウミは床に就く時間になると「一緒に寝るんじゃないの?」なんて蠱惑的な誘い文句で俺を呼び込み、俺をベッドに促した。

 当然、俺としてはそんな誘いに乗ってやる義理はなく、何食わぬ顔でリビングに布団を敷こうと試みたのだが、ウミはそれを見るなり布団を寝室まで引きずって行った。

 俺はいよいよおかしな状況になったと思いウミを制止するが、そこでもう一度「一緒がいいな」なんて言われてしまったのだから仕方ない。据え膳食わぬはなんとやら、俺は布団を引っ張ったウミを追い、ベッドのある寝室へと向かった。

 まあ当然、そんな都合のいいことは起きなかった。

 昨夜何が起きたのかというと、夜が更けてからずっとウミと情報交換をしていたのだ。

 ウミもいろいろわからないままで不安だったのかもしれない。笑顔を浮かべ続けてはいても十四の女の子だ。右も左も分からないままでは恐ろしさは増すばかりだったのだろう。

 ウミが、ここはどんな世界なのかと切り出し、その比較をするために俺はウミの世界のことを尋ねた。魔法のある世界というのは知っていたからどんな生活をしているのかとか、そういうこと。

 そんな話をウミはベッドにうつぶせに寝ころび、俺はその横に敷かれた布団で仰向けになりながらした。

 眠りについた時間は覚えていない。ただ一つ言えるのは、体が限界を迎えるまでは二人でしゃべっていたということ。

 だから当然朝は目覚ましにたたき起こされた。

 ウミも夜更かしが過ぎたのか目覚ましが鳴ろうとも目を覚ます気配はなく、俺は早々とアラームを止め学校へ向かうことにした。

『今日は少し遅くなるからご飯は自分で用意してくれ』

 そんな書き置きを残して自転車を滑らせ学校に向かった。

 それも、思えば何時間も前のことだった。

 あくびを噛み殺しながら深緑色をした階段を下る。随分とくたびれた上靴を擦りつけながら滑り落ちるみたいに足を投げ出す俺を見て、隣を歩く大男が大仰に笑った。

「なんだ、今日も寝不足か?」

 低くもよく響く声に導かれ顔を上げれば、まず最初に太い二の腕が見えた。

 半袖のワイシャツから覗いたそれは、空気を入れ過ぎたドッチボールみたいに膨れ上がっている。当然その先の肩も同様に膨らみ、肩幅だけを見ても俺がか弱い少女のように見えなくもないほど、それに加えて頭の高さも俺の十センチは上にあるときている。

 並んだこちらがひどく華奢に見えてしまうのも致し方の無い事だった。

「昨日もいろいろあったんだ」

 凝り固まった体をほぐそうと首をぐるりと回しながら言えば、隣に立つクラスメイトは「お疲れだな」なんてねぎらいの言葉をかけてくれる。

 筋骨隆々のクラスメイト、笹木健は俺がこの学校で唯一友人らしい関係を築けた相手だった。

「やっぱりバイトか? それともまた迷子の女の子を助けてたのか?」

 昨日はそんな風にごまかしたんだったな、と思い出しながら「まあな」なんて相槌を打てば、健はそれを真に受けたのか「優しい奴だなお前は」なんて笑った。

「ノートは取れたか?」

「あいにくと真っ白。今日も借りていい?」

「象形文字だけどいいか?」

「昨日で慣れたから問題ない」

 軽口を交わしながら居眠りでとり損ねた板書を借りる約束をつけ階段を降りきる。

 二人で向かう先は購買だった。

 学校の昼休みが始まると俺は健と共に購買へ向かう。それは今朝弁当を作っている暇がなかったからというわけではなく習慣だった。

 校舎一階の職員室がある並び。その最奥のある事務室の隣。

 入り口には応接室なんてプレートのかかっているその部屋が、俺たち学生が購買と呼ぶ場所だった。

 この学校には正確には購買などという場所は存在しない。もちろん学食だってない。ただ生徒がそう呼んでいるだけで、きっと正式に名を口にするならばこうなる。

 パン屋の出張販売。

 この町でも昔から営んでいるパン屋とこの学校は提携しているらしく、昼休みになると応接室を使ってパンの販売が行われる。焼き立てのパンが並べられるということもあって購買に押し寄せる生徒は数えるのも億劫になるほど。日によっては職員室の前まで人が並んだりもするくらいだ。

 そして今日はと言えば、チャイムが鳴るなりそそくさと教室を出たおかげかまだ列が形成される前だった。

 応接室の前まで行き中をのぞく。その先は芳醇な香りと共に手触りのよさそうな使いこまれた『笹木』と印字された木箱の群れが、そしてその中には袋詰めされた焼き立てのパンが鎮座していた。

 会議用に使われるような長机が応接室の壁沿いにコの字を描くように並べられている。入り口から続くそれは部屋後方のもう一方の出入りまでつながっていて、そこには簡易的な会計所が用意されている。

 見ればボディビルダーのような男性とふんわりとした雰囲気を持つ女性がそこに立っている。パン屋の店主とその奥さんだ。

 見慣れた顔に会釈をしながら俺は健と購買の中に入り、前の人に倣って木箱を物色しながらゆっくりと進んでいく。明確にルールが定められているというわけでもないが、自分よりも前にいる人を抜かすようなことをしてはならないらしい。暗黙の了解というやつだ。

「健。何かおすすめあったりするか?」

「コスパがいいのって言うならスタミナサンド。甘いものが好きならプリンデニッシュ。あとは好みでビーフシチューパンかな」

 指折り言いながら半歩ずつ進む健は木箱を物色しようともしない。ただ俺の後ろを着いてくるだけで俺が話を振らなければ目も向けない。

 毎度のことだが特殊な光景だ。みんながみんな木箱へ視線を向け頭頂部をあらわにしているというのに、健は背筋よく歩いている。

「スタミナサンドっていうのはどれ?」

「そこにあるやつ」

「あの食パン一斤分ありそうなやつ?」

「そうそれ。一斤分もないけどな。半分くらいだ」

 指した先にあるのは自分のこぶし三つ分くらいの四角いパン。その頭からレタスやら玉ねぎやらチキンやらが飛び出していて迫力満点。手を伸ばしてもどうつかみ取ればいいのか迷ってしまうほどのボリュームに気後れしてしまう。

「これ一人分?」

「ああそうだぞ」

「どんな大食らいを想定してんだ」

「いや、学生には大人気だぞそれ。ほら」

 健が指さす先を見れば、やや前方のガタイの良い男子の集団がそれを小脇に抱えているではないか。さらにはそれだけにとどまらず菓子パンを手にしているものもいれば、スタミナサンドを二つも抱えているものがいた。つまり一斤分の食パンを抱えている男がいた。

「すげぇな。胃袋どうなってんだ運動部は」

「筋肉つけなきゃいけねえからな。パンは欠かせねえよ」

「ならチキンとかプロテインだろ」

 淡々と指摘すれば健はがははと笑いながら俺の背を叩く。

「なんだアオイ、筋肉を固くするのにはパンがいいって知らねえのか?」

「それ本当か? 初耳なんだが」

 バンバンと背を叩かれ息も絶え絶えに問うと、健はおうともと言いたげに腕を組むと気前のいい笑顔で言い放つ。

「小麦粉で固くなるからな」

「お前の筋肉イースト菌で膨らんでんの?」

「いや、ふくらんだらやらかくなっちまうだろ。あれだよ、デイダラボッチ現象」

「何その怪奇現象」

 目を丸くして問えば、健は胸をどんと叩いて得意げに言った。

「力を入れると固くなるって奴だよ」

「ダイラタンシーのこと?」

「ハイファンタジー?」

「冒険しちゃうじゃん。そうじゃなくてダイラタンシー。ちなみにそれ小麦粉じゃおきない現象だけど」

「え、じゃあ俺の筋肉何で固くなんの?」

「逆になんでダイラタンシーで固くなってると思ったの?」

 体内に取り込んだダイラタンシー流体が筋肉に蓄積されるとでも思っているのだろうか。だとしてもこいつは片栗粉を水に溶いてがぶ飲みしているわけではなくパンをかっ食らっているだけなのでそもそも摂取するものが間違っているのだが。

 何にせよわけのわからないことを宣う健に笑顔でも返せればよかったのだが、俺はいつものことに苦笑いと共にため息を吐いてしまった。

「お前、体はいいけど頭はダメだよな」

「体がよければ大抵はどうにかなる」

「先週の中間テス――」

「その話は止めろ」

 言い終わる前に遮られてしまい俺は笑みをこぼした。

 健はと言えばその話題が余程嫌だったのか前方を指さした。

「それよりレジ開いたぞ」

「あ、だな」

 健の頭の悪さについてくどくどと文句を垂れるつもりもなかったので促されるままレジへと進む。

 寡黙なおじさんは何も口にはせず俺に一瞥をくれるだけ。

 そんな店主にスタミナサンドを一つ手渡しお願いしますと呟く。

 彼は何も言わずにそれを受け取ると、バーコードを読み取るわけでもなくそれをビニール袋に詰め「百五十円です」と低い声で言った。

 健の言う通りかなりリーズナブルで、俺はポケットの二つ折りの財布から二百円を取り出しておじさんの手にそれを置く。

 それと同時にビニールを受け取ると、おじさんは受け取った二百円を指先でもてあそびその片方を摘まみ俺に突きだしてきた。

「ありがとうございます」

 小さく言って手のひらを差し出して受け取る。それを隠すように握り、会釈をしてからそそくさと応接室から出る。

 後ろでは健がおじさんと二言三言言葉を交わしているが、盗み聞きする趣味もない俺は応接室の外で健が出てくるのをじっと待つ。

「お待たせ」

「おかえり」

 健が話しかけてくるまで、俺は熱を持った百円玉を握りしめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ