6 授業
私塾の授業は毎日開かれてはいるが、教壇に立つ先生は毎日違う。
これは、先生たちがミオネート領の家臣であり、それぞれ仕事を持っているために毎日出ることはできないのだ。
一応、先生の担当日は前もって決められてはいるけど、領地経営と言うのは予定通りにはいかないらしく、急用ができたり仕事で問題が出たりで、教壇に立てないこともあるわ。
「今日は暗算をやります。紙に書いたりはしないこと。頭の中で計算するんですよ」
暗算か。わたし、ちょっと苦手なんだよね~。
とは言え、計算はどこでも使い、商売では必要なスキルだ。しかも、暗算は頭をよくしてくれるらしいので真剣に取り組まなくちゃならない。
「まずは一桁足し算からです」
と、リゼン女史が黒板に一桁の計算を書いていった。
「では、マリーベル。計算してみなさい」
仲良く四人組の一人で、わたしより計算が苦手のマリーベルが指された。
「は、はい」
「皆さんも計算してくのですよ」
マリーベルに続いて暗算していく。
一桁の足し算から始まり、慣れた頃に二桁に。さすがに三桁は時間がかかり、つっかえたり混乱したりで頭に血が昇っていく。
……頭がとろけそうだわ……。
「はい。そこまで」
休みなして百門もの計算をするとか、ほんと、リゼン女史は厳しすぎるぅ~!
「頭が溶けるぅ~」
「わたしも~」
「鬼よ、あの人!」
リゼン女史の授業が終わると、皆が頭を抱えて嘆き始めた。
「まったく、このくらいで嘆くとか情けないわよ。もっと頭を鍛えなさい」
唯一、リゼン女史の授業に耐えた、いや、余裕のバーバラが叱咤してくる。
そりゃあなたは頭がよくて計算が得意でしょうが、並みの頭しかないわたしたちには拷問と同じよ。
とは思っても口には出さない。変に口答えするとらさに叱咤が飛んで来ることを皆知ってるからだ。
「そのセリフが剣術の授業でも言えたら尊敬できるんだけどね」
バーバラとは正反対のマリフェが嘆息する。
「わたしは文官志望だからいいの!」
「はいはい。わかりましたよ、我が儘姫」
拗ねるバーバラを優しく見守るマリフェ。どちらかの性別が違えは最高の組み合わせなのにね。まあ、これはこれでいい組み合わせだけどさ。ふふ。
「皆様。お茶が入りましたよ」
ミルティがお茶車を押して教室に入って来た。
授業の間の休憩時間も令嬢としての勉強で、交代でお茶を淹れて皆に振る舞うことをする。
男爵令嬢は貴族の中では下っぱ。爵位はあるけどお金はない。お茶会を開くにも自分で淹れなくちゃならない令嬢はたくさんいるのよ。
そう。お茶会は令嬢の嗜みで社交。お茶を淹れることは必須なのだ。
それに私塾を卒業したら花嫁修業として子爵や伯爵家の侍女として働くかもしれないし、子育てが終わったあとからでも侍女につけるかもしれない。技術は身につけておいて損はないのだ!
「今日は西国サイール産のアプの葉から淹れたアプリートよ」
お茶の国と名高いサイールのか。よく手に入ったこと。もう春のキャラバン隊が来たのかしら?
「早くない? 年越しのやつ?」
「ううん。今年サイールから運ばれて来たものよ。なんでも今年は雪が少なくてハルミル山脈の雪解けも早かったみたいね」
サイールとは西の王国で、ブレーニング王国の間にあるのがハルミル山脈だ。
聞いた話ではたくさんの難所があり、死人も出ているそうだけど、交易は盛んで冬以外は頻繁にキャラバンが往復しているわ。
「アプリートもいいけど、わたしはココアが飲みたいわ」
「ココアいいよね。また南の大陸から渡って来ないかなぁ~?」
「わたしも飲みたい!」
それはわたしも同意。あれは神の飲み物だわ~。
「伯爵様、また発売してくれないかな~?」
ココアはミオネート伯爵が開発したもので、貴族の間では大人気の飲み物。その美味しさから一杯銀貨一枚はするものなのよ。
そんな高価なものだから男爵令嬢のお小遣いでは買えない。アルバイトして、自分へのご褒美で一杯飲めるって感じね。
まあ、わたしはココアよりカフェが好きだからそんなに飲みたいとは思わないわね。
……魔法でカフェが無限に飲めるポットを出したのは皆に秘密にしてます……。
「いつか西の国にいって、アルファーナを見るんだ」
世界最大の滝と言われ、そこには水竜が棲んでると言う。
もちろん、西だけじゃなく東にも南にも北にもいって、たくさんの風景や人を見るんだ。
「またティアのモンバルティーが始まった」
モンバルティーとは世界を旅した女性の名で、モンバルティー旅行記を書いた人でもある。十歳の頃、本を手に入れてからわたしの愛読書になったわ。
「いいでしょう。憧れは口にしないと叶わないのよ」
「大人しそうな顔してるのに、ティアは直情よね」
「行動力があると言って」
直情なのは認めるけど、考えなしではないですよ。ちゃんと計画を立てて、万端の準備をしてから行動するんだから。
「その行動力がいろいろ損させてるのよね、ティアって」
「だね。カルチェも可哀想に」
なぜかミリーがため息をつく。どう言う意味よ? なんでカルチェが出て来るのよ? わかるように言ってよ。
なんて追求するけど、誰も答えてはくれなかった。も~! なんなねよ!