4 私塾
おしゃべりしてたらあっと言う間に私塾へと到着してしまった。
「ありがとね、送ってくれて。楽しかったわ」
「お、おう。おれもだ。また機会があったら送るよ」
カルチェにお礼を言うと、照れたように笑った。カルチェも楽しかったようでなによりだわ。
「じゃあ、また今度ね~!」
手を振りながら私塾たるミオネート伯爵家に入った。
わたしが通う私塾は、ミオネート伯爵様が開いている。
ミオネート伯爵は、女性でありながら伯爵の位を先代から継ぎ、崩れかけた領地を立て直し、この国一番の豊かな土地へと変えた。
その才能は領地経営だけではなく、商売にも活かされ、南国で採れる砂糖やら香辛料を輸入して、料理の幅を大きく広げた。
砂糖入りのお菓子が中流家庭まで食べられるようになり、孤児院でも十日に一回は食べられるようになったほど。わたしもその恩恵で、部屋いっぱいの砂糖を魔法で出して処分するのに助かったものだ。
……ふふっ。バザーでお小遣いも稼げたし、魔法様々ね……。
「あ、ミリーおはよー!」
教育館の玄関に、親友のミリーがいた。
ミリーは、レストラン花*花の娘で、私塾には三日に一回の割合でしかこれないのだ。
「おはよー、ティア。元気~?」
「毎日元気よ! お店はどう?」
ミリーはいつも元気で笑顔を絶やさない。さすがレストラン花*花の看板娘。もはや職業病のようににこやかなのだ。
「ティアが考えてくれたプニュールが大盛況で毎日大忙しよ!」
プニュールは元々あったお菓子を可愛くさせたもの。味あっての大盛況。ミリーやアシュワさんが頑張ったからだわ。
「ふふ。それは考えた者として嬉しい言葉だわ。忙しいならアルバイトするわよ」
「ティアはそう言うところしっかりしてるわよね」
「当たり前じゃない。貧乏男爵家のご令嬢様は稼がないと欲しい物も買えないんだから! あ、また屋台やらない? で、花*花の厨房を貸していただけると幸いです!」
お願いの敬礼をする。
「ちゃっかり過ぎるでしょうが」
あははと二人で笑いながら教育館へと入り、下駄箱で靴を脱いで、内靴に履き替える。
これは私塾の決まりで、ミオネート伯爵が始めたそうだ。
最初の頃は、なんで履き替えなくちゃならないんだろうと思ったけど、通ううちにわかって来た。
外靴だと床の痛みや汚れが酷く、内靴だと掃除も簡単で清潔、なにより見た目がいいのだ。
私塾の掃除は交代でわたしたちが行うし、うちでも掃除をするので、その差がよくわかったわ。
……うちも外靴内靴にしたいけど、ワックスを塗るのも大変だし、お金もかかるのよね。ハァ~……。
教育館には教室が三つに特別教室が二つ、個室が四つある。
わたしもミリーも二期生で、一般教養科の生徒だ。
まあ、二期生とか一般教養とか、一応の組分けはしているけど、私塾に毎日通える娘は少ない。
男爵のご令嬢(笑)なわたしも三日通ったら、二日はアルバイトに出て稼がなくては生活はできないのだ。
貴族の付き合いやら家の維持費、食費に衣服費、妹弟の学費と、お父様のお給金で賄い切れないときがある。
……ほんと、社交界とか夜会とか止めて欲しいわ……。
「どうしたの? 突然、ため息なんてついたりして」
「来月の社交界を思い出したら気が重くなっちゃってね。貧乏男爵には痛いだけだわ~」
「大変よね、貴族も。身なりにも気をつけなくちゃならないんだから」
そうなのよね。貴族には身嗜みにも決まりがあり、あまり酷い格好をしていると罰を与えられたりする。下手したら位の剥奪だってあったりするんだから。
もう平民でもとは思わなくないけど、この国は貴族優遇社会。貴族だからお城でも働け、平民より豊かな暮らしができる。捨てるに捨てられない位なのだ。
「わたしは、厳しくても平民がいいわ。自分の才覚でお金が稼げるもの」
副業もできない貴族なんて不便なだけ。なら、商人になって稼ぎたいわ。
……ちなみに男爵令嬢がアルバイトするのはダメだけど、上の方も男爵家の懐事情を知っているので、大っぴらにしなければ見てみぬ振りをしてくれます……。
「そうね。ティアって商魂あるものね。男爵令嬢とは思えない行動力と度胸があるし」
「女は度胸、思ったら即行動よ」
男爵令嬢が目指せる職業は、お城や高位貴族の侍女や家庭教師くらい。
選べるものが少ないゆえに競争率は高い。侍女は名のある家からや大商家から取ってるので貧乏男爵の令嬢まで回って来ることはまずない。
家庭教師も同じ。まずは伯爵家辺りから選ばれるし、男爵の教育では高位貴族のしきたりや礼儀なんて教えてられない。結婚して乳母になるのが精一杯でしょうよ。
「それでやらかすのがティアよね」
呆れるミリー。親友なだけに一番わたしの失敗を見てたりする。
「ーーし、失敗も成功の糧よ! 恐れず突き進まなくちゃ!」
「もうちょっと考えて行動しなさいって言ってるの。貧乏でも男爵令嬢なんだから体裁を大事にしなさい」
そう言われると反論できませんです……。
「はい、お母さん。気をつけます」
「誰がお母さんじゃー!」
いや、ミリーは十四歳ながら立派なお母さん。胸ボン! 色気うっふ~ん。とても同年代には見えない。言い寄る男は多い。まあ、お母さんは言い過ぎだけど、子ども一人産んでても不思議はないわね。
「なに食べたらこうなるんじゃー!」
ペシとミリーの巨乳を叩いた。ちょっと寄越せや!
なんて、いつものバカをやりながら教室へと入った。
うん。女の子なんてこんなもの。夢見ちゃダメよ♥