3 幼馴染み
朝食を終え、一旦自分の部屋へと戻り、私塾通いの服に着替える。
わたしが通う私塾は、貴族の女子や商人の娘、職人の娘が学ぶところだが、『女も社会に貢献為べき!』と主張する方が教えているので、華やかなドレスなどは着ず、通いも徒歩と決まっているのだ。
貴族のご令嬢(お金と権力を持つ、ね)とは交流がないので、そんな主張をする私塾をどう思っているかは知らないけれど、その主張を善しとする娘たちには好評なところであるわ。
わたしも従姉に誘われ、興味が湧いて幼年学校を出て直ぐに入ったくらい。
今日は剣の授業があるので、木剣を袋に入れ、練習着とタオルや打ち身用の軟膏、手甲などを鞄に詰めて行く。
「よし。忘れ物はなし!」
剣袋を背負い、鞄を持って部屋を出た。
外に出ると、菜園の手入れをしようとしていたお母様がいた。
「お母様。いってきますね」
「はい、いってらっしゃい。気をつけてね」
はぁ~いと返事をして私塾へと向かった。
わたしたちが住む国、ブレーニング王国は、神に愛されし地として有名で何百年と他国から侵略されたことはない。
けど、だからと言って戦争がないと言う訳ではないし、平和と言う訳でもないわ。王都から出れば魔物がいたり、野盗がいたりと危険なことはいっぱいある。世界に目を向けたら魔王だっていたりする。
この王都にも魔王が魔物の大軍を引き連れて襲って来た歴史はあるし、犯罪も毎日のようにある。
幸いにして、我がアートン家は裕福な者が住む第二南区にあり、スラム街がある第六北区から遠い上に騎士の家系が多く住むので、子供が一人で歩いてもそれほど危険はない。
まあ、危険がまったくないとは言えないので、お金がある者は護衛をつけたり、それなりのところは下男下女をつけたりしてるわ。
わたし? わたしは剣を嗜んでいるから大丈夫よ。これでも私塾では一番の技師と呼ばれてるんだから。
なんて冗談(技師なのは本当よ)はともかく、わたしには魔法一日一回∞の祝福がある。いざとなれば使って撃退するなり捕縛するなりして自分の身を守れば大丈夫。対処法はいろいろ考えてあるしね。
私塾に向けて歩いていると、前方に幼馴染みのカルチェがいた。
カルチェとは幼年学校に一緒に登校していた仲だが、騎士見習いになってからはたまにしか会わなくなった。
「カルチェ、おはよ~」
壁にもたれかかっていたカルチェが、驚いたように跳ね上がり、なにか取り繕ったような笑顔でこちらを見た。
……邪魔しちゃったかな……?
「お、おう。久しぶり、ティア」
何日かぶりだけど、見る度に体格が良くなっているよね。昔は体が細くて女の子に見えたのにね。
「久しぶりだね。今日は休みなの?」
騎士見習いとは言え、休みなしなんてはあり得ない。けど、そう多くはもらえないみたいで、日も決まってないそうよ。
「ああ。昨日の夕方から明日の朝まで休みさ」
「相変わらず騎士見習いって大変ね」
どんなことをしているかはよくわからないけど、カルチェの遠い目をしながらの説明では訓練に次ぐ訓練で、精神や肉体をすり減らしているそうよ。なのに、強くなるんだから不思議よね。
「まーな。でも、それを乗り越えたら騎士になれんだから泣き言は言ってられないさ」
ふふ。相変わらずね、カルチェは。昔から騎士なることを夢見て頑張っている。幼馴染みとして鼻が高いよ。
「ティアは私塾か?」
「うん、そうだよ。今日は剣の訓練なんだ」
振り返り、背負った剣袋を見せた。
「あと何年かすれば女の騎士団が生まれそうだな」
女が剣をと不快に思う男性が多い中、カルチェは女が剣を持つことに否定はしない。それどころかたまに剣の稽古に付き合ってくれるわ。
「女の騎士様はいるんじゃないの?」
高位の貴族令嬢や王族の女性には女の騎士がつくって、カルチェが言ってたじゃない。
「そう言う騎士は護衛が仕事で戦いには出ないんだよ。あと、城にいる騎士は王宮騎士で貴族しかなれん。おれのような平民は縁のないところさ」
「確かにお城の騎士様はいつも綺麗だね」
まあ、お城と言ってもその周りを巡回している騎士様を見ただけなんだけど。
「末端の騎士はキツい汚い危険の働き蟻さ」
そう卑下しているけど、騎士は男の子の憧れ。英雄だ。それでも目指す者は多い。と、お父様が言ってたっけ。
「カルチェなら直ぐに出世して騎士団長にはなれるよ」
実際、カルチェは頭も良いし、剣の腕もある。仲間思いで兄貴分なところがあるので、下からも慕われている。本人は否定してるけど、女の子からのウケもよく、狙っている子も沢山いるわ。
「そんなの先の先だよ。見習いの中にはおれより強いヤツは沢山いるからな」
へ~そうなんだ。やっぱり才能がある男の子は騎士を目指すものなのね。
男の子がなりたい職業ナンバー1だけど、なれる者は極少数。見習いになるにも試験があり、百人受けて十人も受からないらしいわ。
カルチェが受けた年も二百人近くも受けたのに、十七人しか受からなかったんだって。厳しいのはわかるけど、そんな人数で騎士が足りるのかしらね?
「でも、カルチェなら直ぐ追い越しちゃうよ。カルチェが誰よりも努力してるもの」
努力を見せるのが嫌いなカルチェだけど、幼馴染みの目を誤魔化せる訳もない。と言うか、努力しているところしか見てないわ。
「……お、おう……」
ふふ。照れちゃて。そう言うところは昔のままね。
「じゃあ、わたし行くね」
久しぶりにおしゃべりしたいけど、ゆっくりもしてられないしね。
「あ、いや、送って行くよ!」
「嬉しいけど、せっかくの休みなんだからゆっくりしなさいよ。なんならセシルかアルミナと遊びに行けば? 二人とも会いたがってたわよ」
セシルとアルミナはもう働いているけど、家の手伝いだし、重要な仕事でもない。それに、あの二人なら親の反対を押し切ってもカルチェと遊ぶと思う。昔からカルチェが好きな二人だから……。
「あ、あの二人とはそのうちにな。今日はティアに付き合うよ。昼は見習い仲間と旨いもの食いに行く約束してるし」
男の子も集まって食事に行ったりするんだ。そう言うの、女の子しかしないと思ってたわ。
「そうなんだ。なら、私塾まで送ってもらおうかな。カルチェと話すのも久しぶりだしね」
大きくなるにつれ、幼馴染みとの縁も少なくなって行く。機会があるなら大切にしなくちゃ。
「お、おう! 任せろ!」
なにか凄い喜ぶカルチェ。カルチェも幼馴染みとおしゃべりしたかったのね。
エスコートしてくれるカルチェと昔話をしながら私塾へと向った。