2 アートン家の朝
アートン家の朝は早い。
初代様の働きにより我がアートン家は男爵の位をいただき、八代目のお父様まで続いている名門である。
と、自慢したいところだけど、我がアートン家の位は男爵の中では低い方なのよね。
まあ、八代も続くのだから無能って訳じゃないけど、これと言った特筆したものもない。そのため役職も低く、お給料も安い。でも、仕事は多いとかで出勤は早いのだ。
だから早く出勤するお父様や幼年学校に通う妹弟のためにお母様とわたしは早く起き、今日も元気に働けるように朝食とお昼のお弁当を作るのだ。
男爵なのに? とよく言われるけど、領地を持ってない男爵なんて一般庶民よりちょっと裕福な小金持ち程度。権力なんてないに等しいわ。
八代続く我が家でも下男下女を雇うのが精一杯で、男爵令嬢(笑)でも家事をしなくてはいけないのだ。
まあ、貴族の義務だ、誇りだと、そう言った堅苦しいものないのだけマシ。いえ、今の生活が大満足だわ。
眠りの良いわたしらは目覚めるのも良く、決まった時間に快適に起きられる。と言うか、たぶん、これも魔法のせいだと思う。
小さい頃のわたしはとにかく寝坊助で、十時くらいまではグデグデだった。それが、いつの頃からか快眠快適起床になっていたんだから魔法を使ったに違いないわ。
アートン家で一番の早起きたるわたしは、ベッドから下り、身繕いをしてパジャマから普段着に着替える。
「……服がキツいわね。成長したのかしら……?」
姿見の前に立ち、自分の姿を見る。
昨日まではそんなこと感じなかったのだけれど、いろんな動いてみると、やはりキツいと感じた。
「人の成長ってよくわからないものね」
自分の成長はよくわからないけど、妹や弟を見ていると、確かに日々成長しているのがわかる。お母様やお父様から見たらわたしも成長しているってわかるのかしらね?
「しょうがない。作るか」
料理同様、無意識に魔法をかけたらしく、わたしは裁縫の腕も上がってしまった。材料さえあれば一日で服を作ってしまうくらいにね……。
なにかズルしたような気がしてならないけど、裕福ではない状況で料理と裁縫は必須能力。節約の前には微々たる問題だわ。
「私塾が終わったら布を買いに行こうっと」
部屋を出て洗面所へと向かうと、お母様が先にいた。のんびりしてたから先を越されちゃったか。
「おはよう、お母様」
「おはよう、ティア」
ティアとはわたしの愛称で、家族や親しい人はそう呼んでいるわ。
「わたしは先に歯を洗うから顔を洗っちゃいなさい」
「はい、お母様」
水瓶から洗面器へと水を汲み、顔を洗う。うっ、冷たい。
「……湯沸かし石があればなぁ……」
春とは言え、朝の気温は低くく、水は冷たい。目覚めるには良いけど、やはり温かいほうが良いわ~。
「アルバイトして湯沸かし石買おうかな?」
安いものなら一月アルバイトしたら買えるし、十四歳なら雇ってくれるだろうしね。
「ふふ。働き者の男爵令嬢ね、ティアは」
土いじりする男爵夫人に笑われる謂われはありません。
「おはよう」
と、最近お腹が出てきたお父様がやって来た。
「おはよう、あなた」
「おはよう、リア」
万年新婚の夫婦がハグをして、お互いの頬にキスをする。そういうのは娘のいないところでやってください。ったく。
「おはよう、お父様。アリエやバルヘが起きて来る前に終わらせてよ」
お父様のハグがこちらに来ない前に洗面所から即座に撤退。十四にもなって父親とハグなんて恥ずかしいもの。
厨房へと向かい、竈に火をつけ、まずお湯を沸かす。
最近は便利になったもので魔道具が一般庶民にも手に入れるようになり、お湯を熱いまま保持できるポットやら食材を冷やしたり出来る冷蔵庫なんかがあったりする。
けど、冷蔵庫やコンロは高くて、我が男爵家の厨房には存在しない。精々、湯ポットが二個あるくらいよ。
「冷蔵庫があればお肉や魚を保存しておけるのにな~」
魔法で出しちゃおうかしら? なんて誘惑に駆られるけど、わたしの魔法は家族にも秘密。知られて怖がられたくないもの。
それに、魔法にばかり頼っていては持って生まれた才能が育たないし、努力しない人間になってしまうわ! なぁ~んて言っちゃいますが、小さいことには遠慮なく使ってるわたしであります。ゴメンね☆
竈の火が勢いついたので、昨日の夜に仕込み、一晩寝かせた野菜煮を温める。
もう一つの小さな竈には鉄板を乗せ、温まるのを待つ間に小麦を水で溶いて卵と砂糖を混ぜる。
「残りちょっとか~。大事に使ってたのに~」
最近、砂糖の値段が上がってちょっとしか買えないのよね。まったく、もっと安くならないかしら?
「お父様の給料日まで薄パン巻きね」
小麦粉を水で溶いて鉄板の上で丸く薄くして焼き、野菜やベーコンを巻いたり、ジャムをぬって巻いたりするもので、体には良いんだけど、お腹には溜まらないのよね。食事と言うよりおやつに合うものね。
鉄板が良い具合に熱くなったので、バターを薄くぬってタネを流し、一人分の焼きパンを作って行く。
何枚か作っていると、妹のアリエと弟のバルヘが起きて来た。
「食器を並べてちょうだい」
妹のアリエは十歳で弟のバルヘは七歳。どちらも幼年学校に通っているので制服姿だ。
「「はぁ~い」」
素直な妹と弟でお姉ちゃんは嬉しいよ。
朝食が完成して、アリエとバルヘに盛りつけを任せ、わたしはお父様や妹たちのお弁当作りに取りかかった。
私塾は九時から開始なので、八時までに出発しなくちゃならない三人を優先させるのだ。
お弁当はだいたいサンドイッチが基本で、職場にコンロがあるお父様には小型の鍋に野菜煮を詰め、漏れないように蓋を固定するように包み布で覆う。
幼年学校にはコンロがないので乾し果物やクッキーを入れてあげる。友達と交換したりする用にね。
お弁当を包む頃に三人は食べ終わり、各自にお弁当を渡す。
「気をつけていってらっしゃい」
お父様の相手はお母様に任せ、わたしは、妹と弟の服装の確認をしてやり、ハグといってらっしゃいのキスを頬にしてあげる。
二人を見送り、自分の用意に取りかかった。