19 手加減してください
「王都が片付くまであなたをミオネート伯爵領で過ごしてもらいます」
リゼン女史からの短い説明でした。ありがとうございます。
もっと言葉を増やして欲しいけど、わたしに求める勇気はないので状況に流されました。
ミオネート伯爵領は辺境にある。授業で地図を見せてもらったけど、王都から遠いんだな~と言う感想しかなかった。
けど、いざミオネート伯爵領に向かうとなると、その距離がとっても遠いと実感させられた。
今まで乗ったことがある馬車とは比べ物にならないくらい快適ではあるけど、四日も乗ってるとさすがにお尻が痛くなってきた。
……旅ってこんなに辛いものなのね……。
旅の過酷さも知らないで憧れていた昔の自分に説教してやりたい。お前みたいな軟弱者は一生王都に籠ってろってね。
「明日にはミオネート伯爵領に入るわ。もう少しだからがんばりなさい」
リゼン女史はミオネート伯爵領出身で、年に何度も行き来してるから平然としている。それどころか馬車の中で平気な顔で読書してたわ。
……わたしは三十分もしないで馬車酔いしました……。
陽が暮れる頃、旅最後の宿に到着した。
ミオネート伯爵家からお金が出ているようで、宿は一流でお風呂完備のところだった。
「クレーティア様。ますはお風呂に入りますよ」
リゼン女史もそうなら仕える侍女さんも強かった。ベッドに倒れ込もうとしたところを首根っこつかまれてお風呂へと入れられてしまった。
「クレーティア様。お風呂で寝てはいけませんよ」
ミオネート伯爵家で働く方々は皆さん強くて厳しいです。いや、わたしが軟弱なだけね。もっと体力をつけないと……。
「寝ない!」
「──はひっ!」
二人がかりで体を洗われ、磨かれ、着飾れる。
……どこのお姫様よ……。
わたしは男爵令嬢でも下のほう。侍女どころか女中もつけれない身分だ。自分のことは自分ですると育った身としては落ち着かなくてしょうがないわ。はぁ~。
「まったく、貴族令嬢に向いてないわね」
「……わたしもそう思います……」
まあ、底辺の男爵令嬢なんて庶民みたいなもの。下手に貴族の生活を知ったらあとが大変だわ。
「……わたし、普通の扱いで構わないのですが……」
王都中どころか国中の賊を眠らせたことにより、それを可能とする祝福の持ち主がいると知られてしまった。
祝福を悪用する者は天罰がある。
そう祝福教会は教えているけど、天罰をしているのは教会であり国とのこと。祝福を悪用すると神様から取り上げられるんじゃないかと言う恐れからか、厳しく取り締まっていると、リゼン女史が言っていた。
教会や国が厳しく取り締まろうと犯罪者は隠れて悪いことをする。わたしを拐おうとする。そうならないために今、王都では大規模な摘発をしているとのこと。それが終わるまでわたしはミオネート伯爵領にて匿われると言うことみたい。
「あなたはもう国の重要人物なの。ミオネート伯爵家が後ろ楯にならなければどこかの貴族と婚姻を結ばれ、一生外に出れなくなるわよ」
そ、それは嫌な未来でしかないわね……。
「ですが、ミオネート伯爵様に迷惑がかかるのでは……」
「塾生を見放したとあればミオネート伯爵家の名折れ。これまで築いてきた信頼を地に落とすことになるわ。あなたが拒もうとミオネート伯爵家はあなたを見捨てないわ」
毅然と宣言するリゼン女史。ミオネート伯爵の十二守護神と呼ばれるだけはある。ちょっとときめいてしまったわ。
「まあ、それは建前で、あなたを囲い込むためね。ミオネート伯爵家はいろいろ妬まれたり憎まれたりしているからね。あなたの祝福を利用させてもらうわ」
うん。知ってた。貴族は損得勘定が働かなければ利用され、捨てられるだけ。お金はなくても賢くあれ。それがアートン家の家訓だ。
「持ちつ持たれつ、ですね」
「フフ。あなたは大人しそうでいて芯はしっかりしてるわね」
「男爵の娘ですから」
「前言撤回させてもらうわ。あなたは貴族令嬢だわ」
なんだかリゼン女史に認められると言うのはこそばゆいわよね。
「まだまだ未熟な貴族令嬢ですが、これからもご指導よろしくお願い致します」
貴族令嬢らしく、リゼン女史に礼をとった。
「ええ。ミオネート伯爵領についたらしっかり指導してあげるわ」
「あ、いえ、その、手加減していただけると助かります……」
と言うか、一対一のご指導はさすがに身も心も持たないと思いますので……。
「してくれる人がミオネート伯爵家にいると思う?」
いないです。と、無言で答えた。